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手袋を買いに行ったら大好きな人ができました 3

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 襖を開いた先には、複雑に入り組んだ階段や廊下、障子で閉ざされた数えきれないほどの部屋が、無秩序に広がっていました。
 階段を上った先が壁で行き止まりだったり、廊下が途中で下に向かって伸びていたり。逆向きに据えられて、上ることも下ることもできない階段まであったりします。階段が廊下や踊り場に続いているともかぎりません。下には床がない階段まであるので、うっかりすれば、いったいどこまで落ちてしまうのかわからないのです。上下も左右も関係ないその光景は、まるでだまし絵のようでした。
 襖から続く踊り場に恐る恐る進んだ炭治郎たちは、首をすくめつつ周囲を見回しました。炭治郎たちがいる踊り場からは、上へと続く階段はありますが、地下に続く階段は見当たりません。長く細い階段を上り切った場所は廊下のようですが、その廊下が行き着く先は、入り組んだ階段や踊り場に隠れて見えませんでした。
 けれど進まないわけにはいきません。どうにかして地下へと降りる道を見つけ出して、無惨の前で柱様を呼ばなければいけないのですから。

「とりあえずこの階段を上ってみよう」
 炭治郎たちは並んで階段を上っていきました。階段は細くて、一人ずつでないと上れません。どんどん上ってようやく廊下に出ると、今度は左右に伸びた廊下の先はどちらも上と下に伸びていて、このまま歩いていっても先に進めそうにはありませんでした。
 下に伸びた廊下は、どうやら障子で閉ざされた部屋に続いているようです。上に伸びた廊下は踊り場に続き、そこから下へ向かう階段が見えました。
「このままどうにかして下の部屋に飛び降りるか、上によじ登って階段で下に行くか……どっちがいいんだろう」
「どうせ下に行くんだ、パパッと飛び降りちまうほうが手っ取り早いに決まってんだろっ」
「なに言ってんだよ、部屋があるのはかなり下だぞ! 飛び降りたら怪我するに決まってるだろ!!」
「上に行く廊下も、垂直だから上れそうにないね。どうする? お兄ちゃん」
「うん……よしっ、まずは上に行ってみよう! 今までも罠があるほうが正しい道だったろ? 行けないって思う上が正解な気がするんだ」
 炭治郎の言葉に禰豆子はうなずきましたが、善逸と伊之助は不満顔です。
「上に行くって言ったって、崖と違って廊下じゃつるつるで登れないぜ? きっと俺たちこのままここで死んじゃうんだっ」
 そう言って善逸はべそべそと泣きだしますし、伊之助は伊之助でイライラと声を張り上げます。
「ぐじゃぐじゃ泣いてんじゃねぇよっ! 飛び降りたほうが早ぇって言ってんだろ! とっとと行くぞ!!」
「待てってば! もうっ、善逸も伊之助もどうしたんだ?」
「お兄ちゃん、二人ともお腹が空いてるんじゃないかなぁ」
 禰豆子が言った途端に二人のお腹がぐぅっと鳴って、炭治郎と禰豆子は顔を見合わせました。
「そう言えば、朝ご飯を食べてからなんにも食べてないな」
「でも今日はお弁当を持ってきてないよ? 年の替わる夜まで私たちなんにも食べられないのかな」
 禰豆子がしょんぼりと言うと、それを聞いた善逸と伊之助も、嫌だ無理だと騒ぎ出しました。
 炭治郎も困ってしまって、どうしようと溜息をつきたくなりました。なにも食べてないのを思い出したら、炭治郎のお腹も空いてきて、おまけに喉まで乾いてきたものだから、ますます困ってしまいます。
 ご飯のことなんてすっかり忘れていたなぁ。困り切った炭治郎は、不意に感じた甘い匂いに鼻を引くつかせました。甘い匂いは、炭治郎が帯に刺している藤の花からしているようです。
 素敵に甘いその匂いに惹かれて、炭治郎が思わず藤の花を手に取りよく嗅ぐと、なぜだか喉の渇きが消えていきます。ペコペコだったお腹もなんだか満腹になってきて、炭治郎はパァッと顔を輝かせました。
「みんな、藤の花の匂いを嗅いでごらん、お腹がいっぱいになるよっ!」
「えぇ~、まさかぁ。そんなことあるわけないだろぉ」
 言いながらも花に顔を近づけた善逸が、本当だ! とうれしそうな声で言うと、伊之助も禰豆子もふんふんと藤の花の匂いを嗅ぎだしました。
「すごいねぇ、お兄ちゃん。お花の匂いでお腹がいっぱいになるなんて」
「さすがはお館様のくれた花だな!」
「でも、年の替わる夜には全部枯れちゃうんだろ? ってことは、それまでに無惨に逢えなかったら、森が襲われるだけじゃなくて、俺たちだってここから出られないまま、飢え死んじゃうってことだよな」
「ケッ、間に合わなかったらなんて考えてんじゃねぇよ。間に合わせるんだろ!」
「うん、伊之助の言うとおりだ! 善逸、なんとしても間に合うように頑張ろうっ!」
 うなずき合って、よし行こうと上に続く廊下に向かって歩き出すとすぐに、善逸がピタリと止まって耳をそばだてました。
「炭治郎、また変な音が聞こえる。っていうか……こ、この音って……っ」
「……うん、なんだか変な匂いもしてる。この匂いは、もしかして……」
 炭治郎は善逸と顔を見合わせ、慌てて禰豆子と伊之助を引き寄せました。
「や、やっぱりこの音、『災い』だよなっ。なんでなんで!? 『災い』は出てこないんじゃなかったのぉ!?」
「しっ! 善逸、静かにしないか。でもたしかに『災い』の匂いがする。まだ残ってる奴らがいたのかもしれない」
 震える禰豆子をしっかりと抱きしめて炭治郎が言うと、善逸も、なら戦おうぜと走り出そうとする伊之助にしがみついて止めながら、オロオロと辺りを見回しました。
「どうしよう、こっちに近づいてくるっ。隠れられるとこなんてどこにもないのにぃ!」
「お兄ちゃん、洋服屋さんの呪文を言ってみるね。なにか力を貸してくれるかもっ」
 そう言って禰豆子が呪文を唱えると、禰豆子が羽織っていた桃色のマントがきらきらと光って、ぐんぐんと大きくなっていきました。
 そうしてマントにすっぽりと禰豆子が隠れてしまうと、マントまですぅっと消えていきます。
「ね、禰豆子っ!?」
「禰豆子ちゃんっ!! 大変だ、禰豆子ちゃんが消えちゃったっ!!」
「子分その三! どこに連れていかれやがった!?」
「なぁに? 私はずっとここにいるよ?」
 炭治郎たちが慌ててきょろきょろと辺りを見回すと、ひょっこりと禰豆子が顔を出しました。きょとんとしている顔の下には、体がありません。思わず叫びかけた炭治郎たちの前で、禰豆子の上半身が出てきたと思ったら、消えていたマントもすぅっと現れました。
 そこで炭治郎はようやく、洋服屋さんが霞で作ってくれたマントが禰豆子の姿を隠していたのだと気づきました。
「すごいぞっ、このマントを被ると姿が見えなくなるんだ!」
「じゃあすぐ隠れようぜっ、ホラッ、もう音が近くまで来てるからぁ!」
 小声で叫ぶ善逸にうなずいて、みんなは大きくなったマントをすっぽりと被りました。不思議なことにマントは完全に透明になってしまって、被る前と同じように辺りを見回すこともできます。
 炭治郎たちが息をひそめてマントのなかで身を寄せ合っていると、話し声が近づいてきました。声のするほうを見れば、イタチの顔をした男の人とコウモリの羽根を生やした女の人が歩いてきます。『災い』です。悲鳴を上げそうになった善逸の口を、伊之助が押えました。