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手袋を買いに行ったら大好きな人ができました 3

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 藤の花は半分以上枯れています。とにかく、この花が全部枯れる前に無惨を探さなければいけません。
「……うんっ。大きな音がしてもマントがあればなんとかなるかもしれないし、俺も頭突きしてみるよ! 今は無惨を探すほうが先だっ!」
 禰豆子たちはしっかりマントを被ってるんだぞと言って、炭治郎は思い切りおでこを壁に打ち付けました。けれどやっぱり壁にはヒビ一つ入りません。おでこに貰ったご加護は、水晶を採るのに使いきってしまったのかもしれません。
 それでも、炭治郎は諦めることなく何度もおでこを壁にぶつけました。たんこぶができている伊之助も、俺もやると壁に体当たりしようとするのですが、善逸と禰豆子が必死に止めました。大怪我をしてしまったら、八枚しか残っていない布で治せるかわからないのですから。
 けれども時間はどんどん過ぎていきます。短気な伊之助は歯ぎしりして壁を睨みつけていました。
「はぁ……まだ駄目か。でも、諦めるわけにはいかないっ。もうちょっと待ってくれ、頑張ってみるから!」
 炭治郎の言葉に、禰豆子と善逸の眉毛が泣き出しそうに下がります。なんにもできずにいるのが、悔しくてたまらないのでしょう。

「うぐぅぅぅっ! 一二三四五六七ぁ…八九十のぉ…十種、の御寶っ!」
「えっ!? 伊之助、お前呪文覚えたのっ!?」

 詰まりながらも大きな声で呪文を唱えた伊之助に、善逸が飛び上がって驚きました。炭治郎と禰豆子もぽかんとしてしまいました。
 驚く炭治郎たちの前で伊之助のリストバンドがきらきらと光りだします。岩柱様のお力を借りる青く染まった水晶がついたリストバンドです。伊之助はニヤリと笑うと、思い切り壁に拳を打ち込みました。
 ガァンッと大きな音がして、壁が大きくひび割れました。
「もぉいっっちょぉおぉおぉぉぉっっ!!」
 大きく拳を振りかぶり、気合十分に伊之助が壁を打つと、とうとう壁はガラガラと崩れて、炭治郎たちが通り抜けられるぐらいの穴が開きました。
「やったぁぁっっ!!」
「すごいぞ、伊之助!」
「へへん、俺様にかかればこんなもんよっ。さぁ、行くぞお前ら!」
 飛び上がって手を叩き合った炭治郎たちは、急いで穴を潜り抜けました。禰豆子がペンダントを翳すと、壁の向こうに続いていた廊下の先が、さっきよりも赤く光っています。
 きっとあそこだ! 炭治郎たちは先を急ぎました。本当は姿を隠したいところですが、マントを被ってしまうと動きづらくなってしまうので、『災い』たちが出てきそうになるまでは我慢するしかありません。

 油断していないつもりでも、一心不乱に走っていたからでしょう。『災い』が近くにいることにすら気づかずにいたようです。突然、廊下の先からひょっこりとイタチ顔の『災い』が姿を現して、炭治郎たちは揃って飛び上がり上がりました。
「なんだぁっ!? 動物のガキがなんでここにいやがるっ!!」
「どうしたんだい……おやまぁ! なんておいしそうな狐なんだろうね。しかも二匹もいるじゃないか」
 しまったと思っても後の祭りです。『災い』たちは、どうしようと泡を食う炭治郎たちを、ニヤニヤと笑って見ています。
「どっから紛れ込んだかはわからねぇが、こんなチビ助ぐれぇ、俺たちが食ってもあの方だってお叱りにはならねぇよな?」
「だよねぇ? これぐらいはご褒美さ。あんたはねずみとイノシシを食いなよ。狐どもはあたしがいただくよ」
「ヒィィッ! おおお俺はおいしくないですぅ!」
 悲鳴を上げて善逸が飛び上がるのと同時に、『災い』たちは一足飛びに炭治郎たちに走り寄ってきます。逃げ出そうと後ろを向く間もなく、『災い』たちは目の前に迫っていました。

 どうしよう! なにか戦う方法はっ!? 炭治郎は必死に考えましたが、もう間に合いません。

 襲いかかるイタチ顔の『災い』の爪が、炭治郎の顔を引き裂こうとした瞬間。

「ギャアアァァァァアアアァァァアァァッッ!!」

 つんざくような悲鳴を上げて、イタチ顔の『災い』が床に転がりました。
 ぽかんとする炭治郎の胸元が、青く光っています。青い光は、凪いだ水面に広がる波紋のようにどんどん広がって、やがて炭治郎を守ろうとするかの如くに炭治郎の体を包み込みました。
「こ、こいつっ、柱の加護を持ってやがる!!」
「なんだってっ!? 嘘でしょう、なんでこんな狐のガキが、あんなに強い加護を貰ってんのよっ!!」
「俺が知るかよっ! あの加護の強さ、柱の中でもかなり上位の柱だぞっ、ありえねぇ!!」
 炭治郎は呆然としながら、そっと胸元に触れてみました。そこはほっこりと温かくて、炭治郎は懐に手を入れると、温もりと光を放っているそれを取り出しました。

 深く澄んだ泉の色のような、青いハンカチ。洋服屋さんがくれたお守りです。

「洋服屋さんが守ってくれた……っ」
 炭治郎の大きな瞳に、じわりと涙が浮かびます。
「ぼんやりしてんじゃねぇ、権八郎! あいつら逃げるぞっ!!」
 ハッとして炭治郎が顔を上げると、『災い』たちはもう廊下の先にいます。
「潰されちまいなぁ!!」
 コウモリ女は笑いながらそう言うと、壁にあるレバーを下げました。ガタァンッ、ガガガガガッと大きな音がして、廊下の天井が下りてきます。
「大変だっ、潰されるぞ!」
 慌てて炭治郎たちは廊下の両隣にある部屋に逃げ込もうとしましたが、どの障子も開きません。天井はどんどん迫ってきます。
 『災い』たちがいる場所まで走り抜け、レバーを戻さなければ止まらないのでしょう。ぐんぐんと下がってくる天井は、とても重たそうです。たとえ加護の力があっても、天井の重さに耐えられるとは思えません。このままでは炭治郎たちはぺちゃんこになってしまうでしょう。
 もう駄目だっ。思わず目をつぶって衝撃を覚悟したそのときです。

「一二三四五六七八九十の十種の御寶ぁっ!!」

 炭治郎にしがみついて震える禰豆子を見たと同時に、善逸が思い切り叫ぶように呪文を唱えました。
 すると、善逸のブーツがきらきらと光り、ふわりと善逸の体が浮いたではありませんか。
「大丈夫だよ禰豆子ちゃん!! 禰豆子ちゃんは絶対に俺が守るからっ!!」
 とんっ、と善逸が空を蹴って走り出すと、風を切り善逸の体はぐんっと進んで、あっという間に『災い』たちの元に辿り着きました。善逸は呆気にとられる『災い』たちの前でレバーを掴むと、力いっぱい元へと戻しました。
 途端に、下がってきていた天井がピタリと止まりました。けれど、善逸のすぐそばには『災い』たちがいます。
「チィッ、このくそねずみがぁ!」
 『災い』たちは怒りに顔を歪ませて、善逸に襲いかかりました。
「ひぇぇぇっ! ちょ、ちょっと待って! 嘘ぉ!? お、お守りは? なんで光んないのぉぉっ!?」
 ハンカチの光が助けてくれると思った炭治郎や善逸を裏切るように、青い光は現れません。
 間一髪避けた善逸が真っ蒼な顔で辺りを見回すと、お守りのハンカチは『災い』たちと善逸の間に落ちてしまっていました。