手袋を買いに行ったら大好きな人ができました 3
溜息交じりに善逸が言うと、禰豆子がうれしそうにポンと手を叩きました。
「そうだよ、お兄ちゃん! 洋服屋さんが言ってたじゃない!」
「あっ、そうか!」
禰豆子に言われて炭治郎が顔を輝かせると、善逸と伊之助も顔を見合わせてうなずきました。
「よしいけっ、権八郎!」
「さては伊之助、お前まだ覚えてないんだろっ、覚えろって言ったのにぃっ!」
ギャアギャアと言い合う善逸と伊之助をよそに、炭治郎と禰豆子はすぅっと息を吸い込むと、こくんとうなずき合いました。
「一二三四五六七八九十の十種の御寶!」
声を揃えて言い終えた刹那、伊之助のマフラーの端がふわりと浮いて、きらきらと金色の光を放ちだしました。
「うおぉっ、なんだなんだっ!?」
「えっ、えっ、なにこれっ!? 伊之助、大丈夫なのかよ!」
善逸と伊之助は慌てていますが、炭治郎と禰豆子は大興奮です。やったぁ! と手を叩き合うと、伊之助のマフラーをしげしげと眺めて、炭治郎は言いました。
「このマフラーに洋服屋さんは、炎柱様からいただいた火の花を使ってたんだ。もしかしたら、炎柱様のお力を使えるかもしれない」
それを聞いた伊之助は、よしっ、とマフラーを外し茨に向かって思い切り振りました。するとどうでしょう、マフラーから炎が飛び出し、あっという間に茨を焼き尽くしてしまったではありませんか。
炎は茨だけを焼いたのか、恐る恐る足を踏み入れた部屋の障子や襖には、焦げ跡一つありませんでした。
「すっげぇっ!」
「うわぁぁ! えっ、そしたらさぁ、ほかの物も呪文を言ったらなにか力が使えるのかな! なぁなぁ、試してみようぜっ!」
大興奮で善逸が呪文を唱えてみましたが、もうマフラーも光りませんし、善逸の耳当てや禰豆子のマントもなにも変わりません。
「どうしても力が必要なときだけ、呪文が効くんじゃないかしら」
「そうだな、禰豆子の言うとおりだと思うよ。きっと、俺たちだけじゃどうにもならないことにだけ、手助けしてくれるんだ」
洋服屋さんのお手伝いだって、自分たちで頑張らなければ、柱様たちからの試練には合格できなかったのです。柱様の力を貸していただくのも、きっと同じことなのでしょう。
それでも心強いことに変わりはなく、炭治郎たちは意気揚々と先へ進むことにしました。
前の部屋と同じように、せーので障子を開けると、次の部屋はそれぞれなにもありませんでした。さっきのようにほかと違う部屋があればそこを選ぶのですが、これではどちらに進めばいいのかわかりません。
「どっちに進む? それとも一度戻って別の部屋に入ってみようか」
言いながら炭治郎が入ってきたほうを見ると、さっきまでいた部屋に続くはずの襖はいつの間にか消えていて、そこには白い壁しかありません。
「うっそぉぉっ!! えっ、なにこれ! もしかして後戻りはできないのっ!?」
慌てて善逸が壁を叩きましたが、壁はびくともしません。伊之助や炭治郎が頭突きしてみても、壁が壊れることはなくて、どうやらほかの部屋に進むしかないようです。
「うーん、やっぱりどの部屋に入るか決めなくちゃ駄目かぁ」
「どれも同じ部屋に見えるよね、どの部屋に進めば首魁がいるところに行けるのかしら」
困ってしまいましたが、いつまでもグズグズとはしていられません。
「とりあえずまっすぐ行ってみようか」
炭治郎が次の部屋に足を踏み入れようとした、そのときです。
「ちょっと待った! なぁ、あっちの部屋からなんか変な音がするんだ。なんの音だろう?」
そう言って善逸が別の部屋を指差すと、耳当てに縫い付けられた銀の鈴が、チリリンと澄んだ音を立てました。今までどんなに走ろうと、一度も鳴らなかった鈴が鳴ったのです。炭治郎たちは驚いて、まじまじと鈴を見つめました。
「ねぇ、善逸さん。もしかしたら正解の部屋だとその鈴が鳴るんじゃない?」
「試してみろよっ、紋逸!」
試しに善逸が違う部屋を指差しても、鈴は鳴りません。最初に指差した部屋をもう一度指差すと、またチリリンと鳴ります。
「これも柱様のご加護じゃないかな。音柱様のお力なのかも」
「きっとそうだぜ! よしっ、こっちだな!」
「えぇ~っ、でも呪文を言ったわけじゃないんだぞ? なのに助けてくれるかなぁ。もしも罠があったらどうすんだよっ」
「罠があったら正解ってことだろ? ほかに手がかりはないんだ、進むしかないよ」
「進まないわけにはいかないもの。ねっ、とにかく行ってみましょうよ」
禰豆子が促したので、ようやく善逸も渋々うなずきました。
鈴が示した部屋に入ると、また全員で障子や襖を開きます。鈴の音を頼りに次々に部屋を進んでいくと、だんだん善逸の顔色が悪くなっていきました。いくつか部屋を進んだとき、とうとう善逸は叫びました。
「なぁっ、やっぱりやめようよ! そっちから変な音がする!! ビュンビュンなんかが飛び回ってる音がしてるってぇぇっ! 絶対に罠があるんだぁぁぁっ!」
「よし! じゃあ道は正解だな!」
「ちょっ、炭治郎ぉぉぉっ!? 人の話聞いてるっ!? 開けちゃ駄目だって言ってんだろぉがぁぁぁぁっ!!」
善逸の制止を聞かず、炭治郎が襖を開け部屋を覗き込んだのと同時に、ビュンッと鋭い音を立ててギラギラと光る針が飛んできました。
「うわっ!」
「お兄ちゃんっ!!」
とっさに避けた炭治郎の頬を掠めて飛んできた針は、炭治郎たちがいる部屋に入った途端に、パッと消えてしまいました。針は次の部屋のなかでしか実体化できないのでしょう。この部屋にいれば飛んでこないようでした。
「大丈夫かっ、権八郎!」
「だから言っただろっ! 炭治郎といい伊之助といい、どうしてお前らは人の話を聞かねぇんだよ、この馬鹿野郎どもがぁ!!」
「ご、ごめん、善逸。でも、罠があるってことは、正しい道はやっぱりこの先だよ。どうにかしてこの部屋に入らなきゃ!」
炭治郎は素直に謝りましたが、それでもこの部屋に進まなければ、年の替わる夜までに無惨の元に辿り着けません。けれど、善逸はとんでもないと目をむいて、また怒鳴ります。
「どうやって!? 見ろよ、こんなに針がビュンビュン飛び交ってるんだぞ!! 入った途端にハリネズミになっちまうに決まってんだろっ!」
「はぁ? 馬鹿か、ハリネズミの針は尖ったほうが外を向いてんだぞ。刺さったってハリネズミになるわきゃねぇだろ」
「馬鹿はお前だァァァァッ!!」
「なんだとぉっ!!」
「喧嘩はよさないかっ! そんなことより、どうやってこの部屋に入るか考えなきゃ!」
言いながら炭治郎は、敷居を超えないよう気をつけつつ隣の部屋を見回しました。今度の部屋は、今までの部屋よりずっと広い大広間です。
茨と違って金属でできている針では、炎柱様の炎でも燃やすことはできないでしょう。打つ手なしとはこのことです。
けれども、このままじっとしているわけにはいきません。なにか解決策はないかなとよくよく見ると、針は壁から飛び出すのではなく、次々に空中で現れては飛び交い、壁や床に刺さると消えています。
作品名:手袋を買いに行ったら大好きな人ができました 3 作家名:オバ/OBA