手袋を買いに行ったら家族が増えました
炭治郎がお遣いに来たときに、義勇が強い加護を炭治郎に与えていることに、気づいてはいました。眷属を一人も迎えてこなかった義勇が、こんな幼い子に加護を与えるとはと、みな一様に驚いてもいました。ですが、まさか誰ともかかわろうとしてこなかった義勇が、こんなにも炭治郎に執着しているとは、誰も思わなかったのです。
戦いの最中で炭治郎が参戦したことで、日の神の力を持つ天狐の末裔なのだと悟り、義勇が炭治郎を気にかけている理由はこれかと柱はみな思いました。
けれど、目の前の義勇の様子を見れば、炭治郎が天狐の末裔だからというだけで義勇が加護を与えたのだとは、到底思えません。音柱や岩柱、それに蟲柱などは、このまま炭治郎が命を失ってしまったら水柱もどうなるかわからないと、義勇のことも心配していました。
とはいえ、傷ついた炭治郎のことも、泣きながら取り乱す義勇のことも、どうしてやることもできません。みな手をこまねいて見ているしかなかったのです。
誰かが神気を注ぎ込めば、失われていく炭治郎の神気を満たしてやることはできるでしょう。けれども、炭治郎の魂は神としてはまだ脆く、不安定なのが治らない傷でわかります。傷が癒えるほどの神気を与えてしまえば、炭治郎の魂が変質してしまうかもしれません。
そうなれば眷属よりももっと強くその神に縛り付けられて、傀儡と化してしまいます。炭治郎自身の意思も、感情も、失われてしまうことでしょう。柱たちは誰一人として、そんな炭治郎など望まなかったのです。
それでも炭治郎の命を救うには、もう時間がない。堪えきれずに義勇は、自分の神気を与え炭治郎の傷を癒そうとしました。それを止めたのは蟲柱でした。
「冨岡さん、今の炭治郎くんに冨岡さんの神気は強すぎます。おわかりでしょう? もっと穏やかに傷を癒していかなくては……」
「それならどうすればいいんだっ! 頼む胡蝶っ、炭治郎を助けてくれ……この子を俺から奪わないでくれ……っ」
血は神にとっては穢れです。己をも損ないかねないものでした。それを承知で、血に塗れた炭治郎を抱きしめる義勇に、蟲柱も言葉を失い目を伏せました。治癒や癒しを得意とする蟲柱でさえ、神と普通の狐の間で揺れる炭治郎の魂を変質させずに助けることはできなくて、どうしようもなかったのです。
「お兄ちゃんっ!!」
「炭治郎ぉぉぉっ!!」
「権八郎っ、親分の俺様を差し置いて勝手なことしてんじゃねぇぞっ!!」
そんな悲痛な声が響いてきたのは、柱たちにとっては驚くべきことでした。ご来光によって『災い』たちは消えたものの、瘴気を含んだ塵はまだ辺りにただよっています。瘴気は動物たちには猛毒で、神である柱たちだからこそ耐えられるものなのです。
声の主は炭治郎の妹や友達だと、みんなすぐにわかりました。神となった炭治郎と違って普通の動物の子供たちです。この場に来れば、子供たちもただでは済まないかもしれません。
「玄弥ァっ! テメェなんでそいつらを連れてきたァ!!」
「カナヲ、アオイ、駄目よっ! その子たちは瘴気に堪えられない、早く連れ戻してっ!」
禰豆子たちを運んできた眷属の子たちに向かい、風柱や蟲柱が声を上げました。
けれども眷属の子たちは、その声に逆らい、禰豆子たちを連れたまま降り立ちます。誰もがもう、炭治郎が危ない状態だと理解していたのです。せめて禰豆子たちを炭治郎の傍にと思うのを、止められなかったのでしょう。
柱たちの厳しい声など耳に入っていないのか、禰豆子たちは降り立った途端、一目散に炭治郎に駆け寄り、義勇にすがりつきました。
「洋服屋さんっ! お兄ちゃんは……お兄ちゃんは大丈夫なのっ!?」
「炭治郎を助けてくれよっ、洋服屋さんなら不思議な力でできるだろっ!?」
「お前、本当は神様なんだろっ!! 権八郎を早く治してやれよっ!!」
義勇の腕に抱きかかえられた炭治郎の傷だらけの体を見て、禰豆子たちが泣きながら口々に言うのに、義勇もハラハラと涙を落として小さく首を振りました。
真っ蒼になった禰豆子たちを見て、柱たちもまた、みな一様にそっと顔を伏せました。神であってもできないことはあるのです。
神の力は万能ではありません。動物や人が捧げる祈りの心がなければ、力を失い消えてしまうことだってあります。『災い』の攻撃で命を失った神だっていました。炭治郎を救うことも同様に、柱たちですらどうにもできないことだったのです。
「お兄ちゃん、いっぱい怪我してる……っ」
「布っ! そうだよ、あの布まだ残ってるよ禰豆子ちゃんっ!!」
善逸が小袋から白い布を取り出すのを見て、義勇はまた首を振りました。
「駄目だ……。お前たちの体の傷は癒せても、今の炭治郎は、その布ではどうにもならない……」
「うるせぇっ!! やってみなくちゃわかんねぇだろうがっ!!」
伊之助が怒鳴り声を上げたのと、禰豆子と善逸が炭治郎の大きな傷に布を当てたのは、同時でした。
神気が漏れ零れる大きな傷は九つ。伊之助も加わって、禰豆子たちは一所懸命に傷を拭いました。
「禰豆子さん……その布では神気を失うほどの大きな傷は治せません」
「諦めずに頑張ればお遣いだってできたもんっ!! 洋服屋さんのお手伝いで知ってるものっ!!」
蟲柱様がそっと止めようとしたのですが、禰豆子は振り返ることなく叫び、一心に炭治郎の傷を拭い続けます。瘴気に冒されているのでしょう、その手は震えていました。息もどんどん苦しげに掠れていきます。
その声に、震えながらも止まらぬ手に、柱たちはみな息を呑みました。義勇も同様です。
禰豆子が、善逸が、伊之助が、涙を流しながらも真剣に傷口を拭い続けるのを見て、義勇は泣き止むと、ぐっと唇を引き締めました。
抱きかかえていた炭治郎をそっと地面に横たえると、義勇は、四人を包み込むようにゆっくりと両腕を広げました。途端に禰豆子や炭治郎が持っていたお守りのハンカチが光を放ち、青く透き通った光に包まれて、加護の力が瘴気を禰豆子たちから遠ざけていきます。
禰豆子たちの体にも、傷はたくさんありました。手も、顔も、足も、痛々しい傷や痣がいっぱいです。それでも三人は痛いとも苦しいとも言わず、必死に炭治郎の傷を拭い続けました。
やがて、禰豆子が拭っていた傷が塞がりだしました。続いて善逸や伊之助が拭っている傷からも神気が漏れるのが止まります。それを見て、蛇柱の色違いの両目が驚きに見開かれました。
「祈りか……。おい、もっと祈れ。必ず治ると信じろ。水柱から渡された布を信じろ。こいつの命の強さと自分達の想いを信じて、一心に祈れ。きっとそれがこいつの力になる」
俺は水柱のことは信用していないがなと言って、蛇柱はフイッとそっぽを向きました。その様子にポッと頬を染めた恋柱も、そのとおりだよと禰豆子たちを励まします。
「我らも祈ろう……この子供たちの祈りの強さと、新たな神の魂の強さを信じよう」
岩柱の言葉に炎柱と音柱も強くうなずきました。
「そうだな! この子供たちならば大丈夫だっ! 狐の少年、いや、我らが仲間の強さはこんな傷に負けるものではないっ!! この子達の想いの強さは必ずや神をも救うと俺も信じようっ!!」
作品名:手袋を買いに行ったら家族が増えました 作家名:オバ/OBA