手袋を買いに行ったら家族が増えました
「もちろん。それどころか、禰豆子さんはもしかしたら、甘露寺さんのお付きを頼まれるかもしれません。そのつもりでいたほうがいいかもしれませんよ?」
クスクスと含み笑う蟲柱様に、私がですか!? と頬を赤く染めて禰豆子が困惑するのを、炭治郎もニコニコと笑って見ていました。
ベッドに起き上がってお喋りする許可が下りて以来、禰豆子たちは、毎日部屋に遊びに来てくれます。義勇も毎日来てくれるので、おかげで炭治郎は退屈したり寂しい思いをせずにいました。
ときどきはほかの柱様たちもお見舞いに来てくださいます。とくに頻繁に来てくれるのは、霞柱様と炎柱様。お二人とも炭治郎たちのことをとても気に入ってくださったようで、みんなと楽しくお喋りしてくれるのです。
音柱様がいらっしゃるときには、三人のお嫁さんもご一緒で、とても賑やかです。恋柱様もよくいらしてくださいます。だけど恋柱様はお忙しいのか、ほかの方と違い、あまり長くはいられないようでした。
「恋柱様がお忙しそうだったのは、ご婚礼が決まったからだったんですね!」
「そういえばさぁ、神嫁様とご伴侶様の違いって結局なんなんだろうな? 恋柱様は蛇柱様のご伴侶様になるんだろ?」
善逸の疑問に、炭治郎たちも揃って首をひねると、蟲柱様に視線を向けました。
「そうですねぇ……神嫁は眷属がなるものですが、ご伴侶様は、神や神の血筋でなければなれません。神嫁は何人でも迎え入れることができますが、ご伴侶様はただお一人。お館様にも認められた正式なお嫁さんですね。柱の名を継ぐのは柱が認めた眷属でも可能ですが、神嫁は柱にはなれません。神嫁はあくまでも柱に仕える存在なんです。神嫁が生んだお子様も同様です」
「へぇ。それじゃ、音柱様の神嫁様たちは、柱様にはなれないんですね」
「ええ。ですが、ご伴侶様は違います。伴侶となられた方は同等のお立場ですから、ご自身が柱を継ぐこともできますし、お子様も柱を継ぐことができます。もちろん、柱の務めを果たせることが大前提ですけどね。それでも、ご伴侶様がお産みになったお子様が柱を継ぐのは、もう確定事項のようなもので、お子様がいるのに、ほかの眷属を次の柱に据えることは滅多にないんです。音柱様のように、ご伴侶様をお迎えせずに神嫁様たちを慈しんでいらっしゃる方もいますけれど、多くの柱はいずれご伴侶様をお迎えして、次の柱となるお子様を得られるものです」
蟲柱様のお言葉に、禰豆子や善逸たちは感心していましたが、炭治郎だけはきゅうっと胸が痛くなって少し俯いてしまいました。
お子様を得るためにご伴侶様をお迎えするのなら、やっぱり水柱様の──義勇のご伴侶様になるのは、炭治郎ではないのでしょう。お館様がなんで義勇のご伴侶様に炭治郎がなるなんて思われたのかはわかりませんが、きっとなにかの間違いなんだろうと炭治郎は思いました。
神様になっても、やっぱり炭治郎は、大好きな義勇とずっと一緒にはいられません。いつか炭治郎が日柱を襲名する日が来たら、義勇の眷属でもいられなくなるのですから。
義勇といつまでも一緒にいられるのは、義勇のご伴侶様や神嫁様だけなのです。
知らず知らず泣き出しそうになっていた炭治郎に気づいているのかいないのか、蟲柱様はやさしく笑って言いました。
「きっと冨岡さんと炭治郎くんのお子様はかわいらしいでしょうね。性格は炭治郎くんに似たほうがいいと思いますけど」
「えっ!? 炭治郎が赤ちゃん産むのぉっ!?」
「ご、権八郎、お前メスだったのかよっ!!」
善逸と伊之助が驚いて飛び上がりましたが、炭治郎だってビックリです。禰豆子もぽかんとしてしまっていました。
そんな炭治郎たちに蟲柱様は楽しげに笑って、炭治郎の頭を撫でてくれました。
「神様ですからね、普通の動物さんたちとはちょっと生まれ方は違いますけれど、ちゃんとお子様は生まれますよ」
「……なにそれ、神様ってなんでもありかよ。炭治郎と洋服屋さんの子供なんて、想像もつかないんですけど」
善逸はげんなりと肩を落としていましたが、炭治郎はそれどころじゃありません。赤ちゃんが生まれるなら、炭治郎だって義勇のご伴侶様になれるかもしれないのです。そしたら義勇とずっと一緒にいられるってことではありませんか。
「炭治郎くんは冨岡さんの真名をもう知っているでしょう? 真名というのは本当に大事で、ご伴侶様やご家族しか知らないものなんです。それを教えてもらっているんですもの。きっと冨岡さんもそのつもりだと思いますよ?」
少し悪戯っぽく言った蟲柱様の言葉は本当でしょうか。ずっと義勇と一緒にいてもいいのでしょうか。
「でも俺、義勇さんのこと名前で呼んじゃってるから、蟲柱様や禰豆子たちだって真名は知ってますよね? あっ! また呼んじゃったっ!!」
知られちゃいけないお名前なら、何度も義勇の名を口にしているのは本当はいけないことだったのかもしれません。
どうしよう、義勇さんにご迷惑かけちゃったかも。慌てる炭治郎に、蟲柱様はニコニコ笑い、禰豆子たちはきょとんと顔を見合わせました。
「禰豆子さんたちは、いま炭治郎くんが口にした名前を言えますか?」
蟲柱様の問いかけに、禰豆子たちは、ふるふると首を振りました。
「洋服屋さん……じゃなかった、えーと水柱様のことを言ってるのはわかるんだよ。けどさ、ちゃんとは聞こえないんだよなぁ。名前を呼んでるんだなってのはわかっても、その名前が聞こえなくて、でも誰のことを言ってるのかはちゃんとわかるっていう……。なんか改めて考えると気持ち悪っ」
善逸がぶるりと体を震わせると、禰豆子もちょっと困ったような顔でうなずきます。
「蟲柱様に言われるまで、私はよく聞こえないことにも気づかなかったよ。お兄ちゃん、ずっと洋服屋さんのお名前を呼んでたの?」
「名前なんて誰のことかわかりゃそれでいいじゃねぇか」
「お前はそうだろうねっ! いい加減人の名前ぐらいちゃんと呼べよなぁっ」
「呼んでるだろっ、紋逸!」
「だから誰なんだよそれはっ!」
善逸と伊之助は、いつものように言い合いを始めてしまいました。伊之助にかかると炭治郎の悩みなんてちっぽけなものみたいです。
「お、おい、やめないかお前たち。蟲柱様の前なんだぞっ」
オロオロと止めようとする炭治郎に笑って、蟲柱様は「ね、大丈夫でしょう?」と指先でちょんと炭治郎のおでこをつつきました。
「真名は、お館様のほかには、本人から直接教えられた者にしかわからないものなんです。炭治郎くんが冨岡さんの真名を口にしても、お館様以外にきちんと聞き取れるのは、冨岡さんご本人と、冨岡さんが真名を教えた方だけです。安心してくださいね」
そういうものなのかと、炭治郎はホッとするのと同時に感心してしまったのですけれど、少しだけ不安もありました。
「あの……義勇さんは俺じゃない人にも、真名を教えてるんでしょうか」
もしそういう人がいるのなら、その人が義勇のお嫁さんになるのかもしれません。男の炭治郎でも義勇のお嫁さんにはなれるといっても、義勇は、炭治郎よりももっときれいでかわいらしい人をお嫁さんにしたいと思ってるかもしれないのです。
作品名:手袋を買いに行ったら家族が増えました 作家名:オバ/OBA