手袋を買いに行ったら家族が増えました
だって、今日から炭治郎は正式に神様の仲間入りをするのですし、大人になって柱修業を終えたなら、日柱を襲名して義勇のご伴侶様になるのですから。未来の伴侶である義勇に、恥をかかせるわけにはいきません。
式典の日が決まる少し前、炭治郎は義勇から宝物のような約束をもらったのです。
炭治郎が大きくなって神として独り立ちしたら、伴侶になってほしいと、義勇は言ってくれました。
もちろん、炭治郎が断るわけがありません。
「炭治郎は日の神の血を受け継ぐ天狐の末裔だ。いずれかの柱の眷属となり修業を経たのちに、正式に日柱を襲名することになる。炭治郎を眷属に迎えたがる柱は多そうだけれど……炭治郎、どの柱のもとで修業したいかな?」
お館様のお言葉が終わるや否や、大きな声を張り上げたのは炎柱様でした。
「お館様! 僭越ながら俺が炭治郎を眷属に迎えたいと思いますが、いかがでしょうか!」
「僕も炭治郎に眷属になってほしいな。ねぇ、炭治郎、僕のところにおいでよ」
霞柱様にもお誘いされて、炭治郎は目を白黒させてしまいました。お二人ともとても炭治郎によくしてくださいますし、お話しするのも楽しい方です。けれどもまさか、眷属に迎えたいなんて仰ってくださるとは、思ってもみなかったのです。
どうしようと困っていると、義勇の腕にぐっと力がこもりました。抱っこというよりも、抱きしめられていると言ってもいいぐらいに、義勇は炭治郎をしっかりと腕に抱え込んでいます。
義勇の表情は変わらず無表情なのですが、その腕の強さが嬉しくて、炭治郎は思わずおでこをすりすりと義勇の胸にこすりつけました。
「おやおや、炭治郎はずいぶんと気に入られているようだね。炭治郎、どうする? 炎柱と霞柱の二人から選ぶかい?」
「いいえ、お館様。俺が眷属になりたい人は決まってますから。炎柱様と霞柱様、ありがとうございます! でも、ごめんなさい。俺は義勇さんの眷属になって、日柱になったら義勇さんのご伴侶様になります!」
にっこり笑って元気に言った炭治郎に、義勇は少し驚いた顔をしましたが、炭治郎と目が合うと小さく微笑んでくれました。
それを見ていたお館様は楽しげに笑って、炎柱様と霞柱様に向かって言いました。
「いずれ水柱に輿入れするなら、炭治郎は水柱のもとにいたほうがよさそうだ。残念だろうが、眷属ではなく友人として、炭治郎と仲良くしてあげてくれるかな?」
お二人も炭治郎の答えはわかっていたのでしょう。笑ってうなずいてくださいました。
「うむ、残念だがしかたがない! だが、冨岡のもとでなにか困ることがあれば、いつでも頼ってくれ!」
「お館様が仰るならしょうがないね。炭治郎、冨岡さんと一緒でつまらなかったら、いっぱい遊びに来なよ。いつでも歓迎するから」
「はいっ! ありがとうございます!」
元気よく答えた炭治郎に、義勇はちょっぴり眉を下げてなんとも言えない顔をしましたが、炭治郎がいずれ義勇の伴侶になることは、柱様たちにも受け入れられたようです。蟲柱様や恋柱様はニコニコとしていますし、音柱様も楽しげです。岩柱様は泣きながら何度もうなずいていました。
風柱様と蛇柱様は、いかにもどうでもいいというお顔でそっぽを向いていましたが、文句を言うつもりはないようでした。
「さて、それではお披露目も済んだことだし、褒賞を与えなければね。まずは炭治郎、欲しいものはなにかな?」
「はい、お館様! 俺は、洋服屋さんのお店にある椅子とお揃いの椅子が欲しいです。お店のテーブルには椅子が四つしかないんです。俺と禰豆子と善逸たちが座ったら、義勇さんの分の椅子がなくって、一緒にご飯が食べられません。だから、みんなで一緒にご飯を食べられるように、お揃いの椅子を下さい!」
炭治郎の明るい声が響いた途端に、柱様たちは揃って驚いた顔をなさいました。義勇もビックリしたのか目を丸くしています。
「炭治郎、お館様への願いがそんなものでいいのか?」
「もちろんです! だって、義勇さんも禰豆子たちも無事で、お館様や柱様たちだってご無事なんですよ? それに義勇さんとずっと一緒にいられるし。あとは一緒に座れる椅子があれば完璧です」
これ以上にうれしいことはないし、一番欲しいものはもうもらえたと笑った炭治郎に、義勇はわずかに眉を寄せて泣きそうな顔をしました。けれども、涙を零すことはなく、代わりに炭治郎のおでこにやさしく接吻してくれました。
顔を真っ赤に染めた炭治郎に笑ったお館様は、「それじゃあ炭治郎には椅子を贈ろうね」と仰って、続いて禰豆子たちを呼びました。
ずっと緊張したままだったのか、義勇の隣に座るまで善逸と伊之助はなんだかぎくしゃくとしていましたし、禰豆子も少し硬い顔をしています。けれど、お館様に欲しいものは? と聞かれ、揃って答えた三人の声は、はっきりとしていました。
「柱様の眷属になって、ずっとみんな一緒にいられるようになりたいです!」
今度は炭治郎がビックリする番でした。だって禰豆子たちがそんなことを考えていたなんて、思ってもみなかったのです。
でも、もしもそれが本当に叶ったのなら、どんなにうれしいことでしょう。
つらい想いをすることなく神様の力を手に入れてしまうのは、先代水柱様たちに申し訳ないとは思います。それでもやっぱり、禰豆子や善逸と伊之助がずっと一緒にいてくれるのは、炭治郎にとっては義勇と一緒にいられるのと同じくらい、幸せだったのです。
「はいっ! お館様、禰豆子ちゃんを私の眷属に迎えます、よろしいでしょうか」
とても明るい声で恋柱様が真っ先に仰って下さったのを皮切りに、続いて音柱様が、それならそこのねずみは俺様が引き受けようと笑います。岩柱様と炎柱様が同時にイノシシの少年は自分がと声を上げ、伊之助はにんまり笑うと炎柱様のところへ行くと宣言しました。
「岩山じゃどんぐりも拾えねぇからなっ」
「伊之助……お前、そういう理由で自分の行く末決めるのやめろよなぁ! ごめんなさいっ、岩柱様! こいつ馬鹿なんですぅぅっ! 悪い奴じゃないんですけど馬鹿で馬鹿でどうしようもないんですっ!!」
「なんだとぉっ!? てめぇだって馬鹿じゃねぇか、紋逸!」
「こらっ! お館様の前で喧嘩はやめないか!」
「そうよ、お行儀よくしないと眷属にしてもらえなくなっちゃうわよ?」
いつもどおりワイワイと騒いでしまった炭治郎たちに、お館様も柱様たちも大きな声で笑いだして、大広間はすっかり笑い声で包まれました。
ちょっぴり恥ずかしくなった炭治郎ですが、義勇も小さく笑ってくれたので、やっぱりうれしい気持ちが溢れて笑みが零れます。
炭治郎の耳飾りがカランと鳴って、やさしい手が、代るがわる頬を撫でてくれたような気がしました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きなキメツの森の外れにある小さなお店に、キャッキャと楽しげな笑い声が響いています。小さな子供の声です。そっと覗いてみましょうか。
「こらっ、義勇さんのお仕事の邪魔しちゃ駄目だろ?」
「邪魔してないもん。ねぇ、お父さん?」
「見てるだけだもん。ねぇ、お父さん?」
「ああ。炭治郎、あまり叱るな」
作品名:手袋を買いに行ったら家族が増えました 作家名:オバ/OBA