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消えてしまう前に

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「え、知らない知らない」あやめはひょうきんな顔で手を忙しく振る。「え、最近ですか?」
「つ~かコッパだよ!」
「あら……」
 それを聞いたあやめの顔も、木端微塵(こっぱみじん)になっていた。
 学校に到着した後は、すんなりと正門を通り過ぎる。正門前には毎朝、体育教官が待機しているが、通学途中に立ち寄る公園の公衆便所で、スカートの丈を調節しているあやめとレイには、何でもない壁であった。

「あねえねえあやめちゃん、レイちゃんってマジでコッパんなったの?」
 教室に到着した後は、すぐに情報交換が始まる。あやめとレイといえば、この学校の生徒達はその大抵の情報を持っているだろう。それはそのはず、黒人のような見た目をしているギャルは、この学校であやめとレイしかいない。
「それよか、あやめちゃんの方がヤバいって話あるよ~」
「え?」
 あやめは素直に反応する。描き忘れていた短い眉毛がピクリと動いていた。
「今野先輩、なんか彼女疑惑でてきてんですけど。あやめちゃんどうする?」
「え……。ふーん」
 あやめは涼しい顔をするが、短い眉毛は正直に痙攣(けいれん)していた。
 昼休みにはレイと学食へ向かう。学食の食券は並ぶのが長いので、あやめとレイはいつも持参しているパンをそこで食していた。そこで飲む缶ジュースは毎朝登校時に購入している。
「あやめちゃん、今野先輩の彼女疑惑、もう聞いた?」
 あやめの黒い艶のある頬(ほお)がピクリと反応を示す。レイはそれを見て「はぁ」と深い溜息をみせた。
「マジでもう言っちゃいなって」レイはあやめを睨んだままでパンにかじりつく。「時期的にもう今しかないよ?」
「今は……」あやめは余所を向いたままで顔をしかめた。
「心の準備が、できてないって?」レイはそう言ってから、片方の頬に力を込めてあやめを睨みつける。そのままでパンをひとかじりした。「好きんなってから一年も準備したでしょうが~。あんたねえ、告白もしないではい終わりましただけは最っ悪だよ。それしたらもう美白に走んな」
「だって……」と呟いてあやめもパンをかじる。しかしそれは袋の部分であった。クシュクシュクシュ、という擬音があやめを赤面させる。しかし実際はまだ黒い。「袋食べちゃったよ」
「あんたねえ、おおマジでコッパ食らった私の身になってみなさいよ」レイはあやめの袋事件にはニヤリともしなかった。「親友が逃げるんだ? 一人だけ……、あ~そう」
「ちょっと待ってよ、だって私最初っから告るなんて言ってなかったじゃん」あやめは今度こそ本物のパンをかじったが、それを噛まないままで、レイに真剣な顔を見せる。「しかも今野先輩彼女いるんだよ?」
「ん~なのわっかんないじゃーん」
「やだよ」あやめは噛み始める。そしてまたすぐに途中で興奮する。「コッパんなってほしいだけでしょ~?」
「何それ……」レイはパンをパサリとテーブルに置いた。その表情は静止画のように静かである。「それどういう意味っすか」
「ごめん」あやめはこざっぱりとそう言って、またパンをかじる。「言い過ぎた」
「私はね、あんたに、告ってもらいたいわけなのよ」
 あやめは黙々とパンを食べながらレイの言葉に耳を傾ける。
「ちゃんと後悔しなくて済むように……」レイは頷く。「コッパんなれよ」
「やっぱそうじゃんかよ~!」
「コッパれ~!」
 昼休みはいつも変わらない。あやめとレイは二人してくだらない会話で昼休みを埋める。その後の授業は体育が多い為、あやめとレイは、よく体育を見学して昼休みの会議を延長していた。
 体育館フロアの端に体育座りしたあやめとレイは、その会議を更に深刻なものへと進行させていた。
 もう一人の見学者を、短くあごで示しながら、レイがあやめの耳元に寄る。
「あの子でしょう? 今野先輩と一緒にいたって子」
 あやめはそちらを一瞥する。あやめとレイから少し離れたところで一人体育を見学している、見学常連の女子生徒であった。
 あやめは、レイに頷いた。
「あの宮永って子でしょ? あやめ全然勝ってるから」レイは余裕ある顔であやめに頷いた。
「勝ってるとかじゃないから……」あやめは膝の上にあごを置き、おどけた顔で小声で呟く。「もう付き合ってるかもしれないんだって……」
 レイは大きな溜息を吐いて、あやめの事を強く突(つつ)いた。
 あやめは体勢を崩して、大慌てで手を付こうかと思ったが、そのまま見学常連の女子生徒の近くに倒れ込んでしまった。
「あ、はは」あやめは体育座りで転がった可笑しな格好のままで、下から見上げるようにその女子生徒に笑いかけた。「す~いませんねえ」
 その女子生徒はつんとした態度で、あやめを睨みつけた。
「あ、はいどうも、すいません、はい」あやめはへらへらとしながら、起き上がる。
 すぐにバタバタと膝歩きでレイの元へと戻ろうとしたが、あやめはふいに、その女子生徒の事を振り返った。
 見学常連の女子生徒は、あやめの事を強く見つめたまま、またその一言を呟いた。
「私、今野って人と、付き合ってないから」
 あやめはふいに真顔になる。
「それ大嘘だから……。私彼氏なんていないし」
 その女子生徒はそう言って、また体育の授業に注目する。
 あやめはしばらくの間、その女子生徒に視線を奪われたままであった。
 体育の授業が終了すると、レイは笑顔であやめの肩を叩いた。あやめは頷き、その時に気持ちを決めた。
 放課後を待ってから、あやめは男子バスケットボール部の部室前で、三年の今野を待った。
 今野があやめに気付いた時、あやめの心拍数は異常なほどに急上昇した。
 じんわりと、胸にきつい炭酸がしみた。
 言葉は出て来てくれたが、感情がどうにもいう事をきかなかった。
 それは、何度か今までにも体験してきた、あやめの苦手な感情である。
 じんわりと胸にとけ入るそれは、まるで、暖かな大地にとけていく、白い初雪のようであった。
 それからしばらくして、あやめは正門前で体育教師と談笑していたレイと合流する。
 あやめはすでに泣いていた……。
 レイは深刻な顔ですぐにあやめに声をかけた。
 しかし、間も無く声を発したあやめに、レイは特大の溜息で満面の笑みを返した。
 そのあやめの顔は、辛辣(しんらつ)な緊迫からようやく解き放たれたような、とても素直で、透き通った崩れ笑顔であった。

       6

 あやめはようやくカレンダーから動き出した。そのまま静かに階段を降りて、一階の台所へと向かった。
 外には雪が降っているのだろう。流し台の上に構える曇り窓の向こうに、うっすらと氷柱(つらら)の列が垂れ下がっていた。
 トントントン、と、台所には包丁の音が鳴り響いている。
 それを止めてしまう事を、少しだけ躊躇しながら、あやめは母の背中に声をかけた。
「お母さん……」
 包丁の音はすぐにそのまま作業を止め、母の声を聞き取りやすくした。
「どうしたの……、お腹すいた?」
 振り返らぬままで、母は長年変わる事のなかったその優しい声を台所に響かせた。
 あやめは窓の氷柱に一瞬だけ気を取られ、すぐにその視線と声を母の背中に向けた。
「お母さん……。お母さんって、人を好きになったら、どうする?」
作品名:消えてしまう前に 作家名:タンポポ