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竜胆

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 恋に落ちたその瞬間など覚えていないが、恋心を自覚した日のことはよく覚えている。あの日も冨岡と共同で任に当たった。木枯らしが吹く、寒い夜だった。恋だと気づいたあの日の歓喜は、今も煉獄の胸を甘くうずかせる。
 冨岡に恋をするのに、特別なきっかけがあったわけではない。気がつけば目が自然と冨岡を追い、声を聞ければうれしくて。ゆっくりと、いつの間にやら恋い焦がれていた。自覚は唐突で、以来、煉獄は自分の存在を冨岡の心に植え付けるべく努力しているけれど、特筆すべき進展はない。話しかけてもろくに答えは返らず、会話はもっぱら煉獄が一方的にしゃべるばかりだし、食事に誘っても色よい返答は得られないままだ。冨岡との共闘も、あれ以来なかった。
 この任務で、少しでも冨岡との距離が縮まるといいのだが。思いふけりながら歩みを進めていた煉獄の耳に、嬉々とした男の声が飛び込んできた。
 
「竜胆、やっと逢えた!」
 
 聞えた声にハッと我に返り、声のしたほうへ煉獄が視線を投げると、路地の暗がりから人の気配がした。
 とっさに壁に身を隠し、路地をうかがい見た煉獄の目が思わず見開く。月明かりだけに照らされた薄汚れた路地で、紳士然とした男に言い寄られているその人影は、見慣れた隊服ではもちろんない。だが、見間違えるわけもなかった。冨岡だ。
 それでも、煉獄の頭にとっさに浮かんだ言葉は
「誰だ、あれは」
 だった。

 袖を通さず肩に羽織っただけのトンビ(インバネスコート)の下の襯衣(シャツ)は、胸元近くまで釦(ボタン)が開けられ、くっきりとした鎖骨が露わになっている。街灯もない薄暗がりだというのに、わずかにのぞくその肌は、仄白く淫靡に発光しているかのように見えて、知らずゴクリと煉獄の喉が鳴った。
 動きを妨げぬよう余裕のある隊服と違って、肌にピタリと貼りついて見える洋袴(ズボン)は、脚の形が明確に見てとれる。張りのある太股やふくらはぎは、布地に包まれているというのになぜだか淫らな姿を見ている気にさせられて、煉獄は下腹がズンと重くなるのを感じた。ひどく喉が渇いてくる。
 丈の長い上着を羽織っているし、煉獄のいる曲がり角のほうを向いているから、腰回りは見えない。だが、だからこそ脳裏には締まった腰の細さや臀部の丸みが想像されて、今すぐにも邪魔な布地をはぎ取りたい衝動に襲われる。
 月明かりに映える白皙。小ぶりな唇はうっすらと開かれている。伏せられた長い睫毛に隠され、星月夜を思わせる瑠璃の瞳は見えない。いつもの凛とした佇まいではなく、どこか気だるげで隙のある立ち姿だ。
 あれは、誰だ。また思う。婀娜めいて頽廃的な色香をまとわせる男娼など、煉獄は知らない。あんな姿は、煉獄の知る彼とはちっとも重ならない。

 けれど、たしかにそれは、冨岡義勇その人だった。

「あぁ、本当にきれいだ、竜胆」
 酔いしれて聞こえる男の声音と、冨岡の鎖骨をなぞる手に、煉獄は脳髄がカッと熱を帯びるのを感じた。それに触れるなと怒鳴りたくなるのを、強く奥歯を噛みしめこらえる。悋気が胸を焼こうとも、煉獄は柱だ。怒りに我を忘れることはない。
 気配を消したまま、煉獄は静かに刀の柄(つか)に手をかけた。そのとき、わずかに顔をあげた冨岡の瑠璃色の瞳が、一瞬、煉獄の瞳をとらえた。迷わず煉獄は鯉口を切る。
 するりと冨岡の手が動いて、男の胸をトンッと押しやった。
 
「煉獄、こいつだ」
 
 冨岡の声は、小さいけれどよく通る。無言で剣を鞘走らせて駆け寄る煉獄に、男の形相が変わった。
「テメェら鬼狩りかっ!」
 ぐわりと開いた口に剥きだされた牙が、月光を弾いて光る。冨岡に伸ばされた手には切っ先の如き鋭い爪。その爪が冨岡に触れるより早く、サッと身をかわした冨岡の肩から上着が落ちて、次の瞬間には、背にした日輪刀が抜き放たれていた。
「なぶり尽くしてから食ってやるつもりだったのに、騙しやがって!」
「勝手なことを抜かすな」
「冨岡、よくわかったな!」
 人に紛れ生活しながら得物を狙う鬼は厄介だ。気配を隠し人のふりをするのがうまい。
「……触れられたとき、鬼の気配がした」
 本性を隠せぬほど興奮しきっていたということか。
 悟った瞬間、煉獄の剣が気迫とともに鬼に迫る。猛火のような苛烈さで振り抜かれた切っ先を、鬼は寸前でかわした。
 間髪入れずに冨岡の剣が襲う。波濤を思わせるその剣も、やはり髪一筋ほどの差でかわされた。届かない。鬼は大仰な動きをしているわけではないのに、ふたりの刃は鬼には届かず、空を切る。

「……遠近感が狂ってる」
「うむ、擬態というよりも目くらましの術を使うのかもしれんな。距離感がつかめん」

 油断なく刃を構えたままの冨岡の声に、煉獄も鬼から視線を外すことなく応えた。二人の会話に鬼が吼えた。
「ごちゃごちゃウルセェ! この際くたばってからでもかまわねぇや、こんな上玉をしゃぶりつくせる機会、滅多にねぇ。今まで食ったなかで、一番きれいだ。味もいいんだろうなぁ、いろいろと」
 ニヤニヤと笑う鬼は、不快感ばかりを煽る。舌なめずりする音も淫猥で、よしんば鬼でなかったとしても、こんな下衆の目に冨岡が映し出されることすら許しがたい。
「笑止!!」
 もはや怒りを押し殺す必要もないと、煉獄も吼えた。猛る獅子のような怒号をとどろかせるが、それでも冷静さを欠いてはいない。
「俺もまだ触れていないというのに、鬼風情に冨岡の肌を汚させるわけにはいかんなっ!」
 煉獄のふるった刃は、やはり鬼には届いてはいない。だが、鋭い斬撃の空圧は鬼にたたらを踏ませるには十分だった。以心伝心。呼びかけは必要なかった。鬼が見せたわずかな隙を見逃すことなく、冨岡の刃が鬼の頸へと迫り、一刀のもとに斬りはらう。
 悪態をつきながら塵になっていく鬼を一顧だにせず、ビュンと刃をふるって血のりを払う冨岡は、先ほどの退廃的な風情など露とない。凛と立つその姿は、凛々しく雄々しい。
 その姿に、煉獄は息を飲み見惚れた。

 あぁ、冨岡だ。

 不思議に深い感慨でもって、煉獄は冨岡を見つめる。
 婀娜めき欲を掻き立てる男娼のふりした冨岡の姿は、美しかった。だがそれ以上に、凛とした剣士として立つ冨岡こそが、煉獄を魅了するのだ。冨岡の洗練され優美とさえいえる剣は、冨岡そのものだと煉獄は思う。
 竜胆。たしかに冨岡に似合いの名だとふと思った。
 花の名の由来となった水神たる竜は、きっと冨岡のように気高く雄々しいのだろう。そして、竜胆は晴れた空の下、日に向かって咲く。猥雑な夜の闇のなかなどではなく。
 見惚れたままわずかに放心していた煉獄に、なにを思ったのか、冨岡が不意に口を開いた。

「……触りたいのか?」
「は?」

 唐突な冨岡の言葉に、煉獄は目を見開いた。いったいなんのことだろう。
 煉獄の答えを待っているのか、わずかに小首をかしげている冨岡に、煉獄も思わず首をひねってしまう。
 なにを言いたいのだろうと考えた刹那、先ほどの己の発言を思い出し、煉獄の顔がたちまち朱に染まる。
「すまんっ! 俺はとんでもないことを!」
「べつにいい」
 言うなり襯衣の襟元をさらにくつろげ、ん、と促してくるから眩暈がする。
作品名:竜胆 作家名:オバ/OBA