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大好きのチョコ

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 ビックリしたけれど、ひとつ年上だって義勇が愛らしくてやさしい子であるのに違いはない。義勇と友だちになりたい気持ちには、なんにも変わりがなかった。だから素直に自分も間違えたことを謝ったのだけれど、義勇は、笑ってはくれなかった。しょんぼりとしたままだ。
「俺、いつもこうなんだ……二年生なのに迷子になるなんて、恥ずかしいよね」
「そんなことはないぞ! 迷子になるのに年は関係ない。前に従兄のお家と一緒に遊園地に行ったら、叔母上がはぐれてしまったことがある。初めて行った場所では、大人でも迷子になることがあるのだ。義勇はここに来たのが初めてなのだから、迷ってもおかしくはない!」
「……本当?」
「うむ!」

 また花のように笑ってほしくて力強くうなずけば、義勇は、杏寿郎が望んだとおりのはにかんだ笑みを浮かべてくれた。

「義勇もいつも行くところでは迷子にならないだろう? 俺だって初めてならば迷うこともあると思う。それに、この商店街はとっても大きいしなっ。だから義勇も気にすることはないぞ!」
 笑って言うと、義勇ははにかんだ笑みはそのままに、少し困ったようにまた小さくうつむいた。
「ありがとう……なんか、うれしい。俺、いつも錆兎たちに、迷惑かけてばっかりなんだ。義勇は一番下なんだからしょうがないって言われるんだけど、ちょっとだけ、悔しくって」
「一番下?」
「錆兎より俺のほうが一ヶ月お兄ちゃんのくせに、俺はふたりよりもうまくできないこと多いから。俺が従姉弟のなかでは末っ子って言われてる」
「錆兎って一緒に来た従弟か? ふたりということは、もうひとり誰かいるのか?」
「うん。真菰もいるよ。今日は来てないけど。従姉弟はね、俺も入れて四人。俺のお姉ちゃんが一番上で、今、小学六年生。俺と錆兎と真菰は二年生でね、俺、本当は三人のなかでは真ん中なんだ。でもね、ふたりとも義勇は末っ子って言うんだ。お父さんやお母さんも、伯父さんたちも、義勇は小さいからふたりともちゃんと面倒みてあげてねって言う。俺だっておんなじ二年生なのに。でもしょうがないんだ……今日も迷子になっちゃったし」
 しょんぼりとした様子は、なんだか見ていて悲しい。杏寿郎の胸もギュッと痛む。だから杏寿郎は、ポケットのなかの義勇の手を強く握りしめた。
「迷子になったのはしかたのないことだと言っただろう? それに、義勇が一番うまくできることだって、きっと見つかるはずだ。それを頑張ればいいじゃないか。義勇がうまくなるよう俺も応援する!」
 立ち止まって、大きな声で言った杏寿郎に、義勇も足を止めた。そろりと顔を上げて、杏寿郎を見つめてくる瞳が揺れている。握った手は、もう冷たくはない。ポカポカと温かいその手が、そっと杏寿郎の手を握り返してきた。

「本当に……? 俺でも、錆兎たちよりうまくできること、あるかな。迷惑にならないようになれる?」
「もちろんだ! それに、俺だって同じだ。弟が大きくなったら、弟のほうが俺よりうまくできることがあるかもしれない。そのときには、俺のほうができないと悲しむよりも、できるようになろうと頑張ったり、俺にできることを頑張るつもりだ。弟のほうができてズルいと言うよりいいと思う。義勇もそうすればいい!」

 父や母にも、人と自分を比べて卑屈になるなと、いつも杏寿郎は言われている。羨ましいと思うなら近づけるよう頑張ればいい。別のことで頑張るのでもいい。あの子は自分よりうまくできてズルいと拗ねたり、人の邪魔をするようなことだけはするなと言われている。そうしてうまくできたのなら、できない人を馬鹿にするなとも。
 できる自分が特別なわけじゃない。誰だって頑張っているのだ。できない人や自分よりも弱い人には手助けしてやれ。それが、できるようになった者の、強い者の義務なのだと、父も母も言う。だから杏寿郎は、人を馬鹿にしたことなんてない。なんでできないんだと怒ったこともない。みんなを助けてやれるぐらいに強くなろうと思っている。
 きっと義勇の従姉弟や両親たちも同じだろう。義勇を馬鹿にしているわけじゃないはずだ。義勇だって、従姉弟たちをズルいとは思っていないに違いない。
 できないことが悔しいと思ってはいるだろう。それでも、義勇の言葉にも表情にも、そんな人たちを疎ましがる様子は微塵も見られなかった。 

「大人だっていろんなことができない人もいるぞ。それに、遊園地に行ったときに叔母上が迷子になったと言っただろう? そのとき、叔母上は自分がはぐれたのを従兄のせいにしていた。なにかができないのよりも、そういうののほうが恥ずかしいことだと俺は思う!」

 従兄のことは好きだが、杏寿郎は、叔母をはじめとした親戚の大人たちがあんまり好きではない。父や母の前では愛想よく笑っても、ふたりがいないところで口汚く母を馬鹿にするような人たちだ。従兄の母である叔母も、やけに杏寿郎と従兄を比べたがるし、従兄を駄目な子だとけなすのは聞いているだけで嫌な気分になる。そのくせ、自分のことは母よりも偉い、すごいと思っているようなのが、杏寿郎には不思議でならない。
 大人だろうといけないことをしたら、杏寿郎は、それはいけないことだと言ってしまう。そのときも、勝手にひとりで行ってしまってはぐれたのは叔母なのだから、従兄はちっとも悪くないと言ったのだが、叔母はすごく怖い顔をした。

 義勇の周りの大人の人や従姉弟たちは、叔母のように恥ずかしい人ではないだろう。義勇の様子を見ていればわかる。だからきっと、義勇が頑張るのを褒めてくれるはずだ。末っ子が頑張っても無駄だなんて絶対に言わないだろうと信じられる。

「……うん、俺も杏寿郎みたいに頑張る。杏寿郎、ありがとう。杏寿郎はすごいね、お日さまみたい」
 義勇が憂いのない顔で笑い返してくれたのはうれしいけれども、褒め言葉は思いがけなくて、今度は杏寿郎のほうがキョトンと目を見開いた。
「お日さま?」
「だって、杏寿郎はとってもやさしいし、俺よりも年下なのにお兄ちゃんみたいで格好いいし、笑ってくれるとお日さまみたいにピカピカだもん。それに、とってもあったかいから」
 義勇はそう言ってニコニコとかわいい花のように笑っている。今度は杏寿郎のほうが赤くなる番だ。義勇は杏寿郎の笑顔をお日さまだと言ってくれたけれど、義勇の笑顔は風に揺れる小さな白い花のようだ。やさしくって愛らしい、白い花。
 海や空みたいにきれいな青い目をして、やさしくてかわいい花みたいに笑う義勇。ドキドキする胸はなんだか苦しいぐらいで、杏寿郎は、なにも言えなくなって真っ赤になった顔を少しだけうつむけた。
 恥ずかしくってなにも言葉が出てこない。黙り込んでしまった杏寿郎に、義勇が少し心配そうに眉を寄せたのが見えた。義勇を心配させてしまうのは駄目だ。慌てて顔を上げ、褒めてくれてうれしいと杏寿郎が言おうとしたよりも早く、あーっ! と子供の声が響いた。

「義勇っ! 蔦子姉ちゃん、義勇いた!」

「錆兎だっ。杏寿郎、錆兎が来てくれた!」
 突然聞えた声に、パッと顔を輝かせた義勇がうれしげに言う。ポケットのなかから、義勇の手がするりと抜け出した。
作品名:大好きのチョコ 作家名:オバ/OBA