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五月雨と君の冷たい手 後編

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 派手さはないが、義勇はとてもきれいな顔をしている。憧れる生徒がいるのも、考えてみれば当然だ。無愛想な態度や感情の読めない表情に隠された義勇のやさしさに気がつけば、ほのかな恋心を抱く子が現れたって、ちっともおかしくはないのだ。
 たとえ噂や無愛想さで敬遠されがちだとしても、義勇に惹かれるのは、なにも自分ばかりではない。
 当の義勇は、周りの者たちが自分に向ける関心になど、ちっとも気づいてはいないようだけれども。


 ともあれ、そんな義勇が明らかに心を開いている相手――それが錆兎だ。
 その錆兎とこんなふうにふたりきりで相まみえている現状は、予想もしなかったことだけに、どうしたって身構えてしまう。
 いったい錆兎はなにを言い出すつもりなのだろう。緊張を抑えこみ、じっと見すえる杏寿郎に、錆兎は明るい笑みを崩さず言った。
「まずは、義勇と親しくしてくれて感謝する。いつも教室で話しかけてくれてるんだってな。ありがとう」
「礼は無用! 義勇に話しかけるのは、俺が楽しいからだ。俺が話をしたくてしているのだから、礼を言われる必要はないな!」
 闊達な声で杏寿郎が即答すると、錆兎は驚いたように目を見開き、ついで、思わずといったふうに吹き出した。体を折り曲げてククッと笑いを噛み殺している様は、いかにも愉快そうだ。
 そんなおかしなことを言っただろうか。杏寿郎はキョトンとしてしまったが、不思議と腹は立たない。
 誘い出された意図はまだ読めないが、錆兎の言動からは、杏寿郎に対する害意や反感は見つけだせずにいる。杏寿郎の返答を小馬鹿にした様子もなければ、クラスメイトが以前言ってきたような、お節介な忠告をする気配もなかった。義勇に関わるなと牽制されるのだろうかとの危惧は、杞憂に過ぎなかったようだ。

「なるほど。義勇の話どおりだ。いいやつだな、杏寿郎。気に入った」
「それは、義勇が俺のことをいいやつだと言っていたということか? それはうれしい!」

 たいそう口が重い義勇が、自分のことを褒めてくれている。じかに言ってもらえないのは少しばかり残念だが、義勇に好感を持たれているというのは、先々に希望が持てるというものだ。思わず杏寿郎は破顔した。
 けれども、うれしさのなかにはやっぱり、ほんのちょっとの割り切れなさがある気がする。
 苛立ちのようでもあり、焦りのようでもあるモヤモヤとした不可解な心持ちは、言語化されるには至らず、杏寿郎の胸のうちで小さくくすぶっていた。
 杏寿郎の返答のなにがツボに入ったのか、錆兎はなおも楽しげに笑っている。屈託のない笑みは、けれどやがて苦笑めいて、端正な顔にわずかばかりの陰りが落ちた。

「義勇が誰かのことを話すのは、杏寿郎が初めてだったんだ。――あの事故以来」

 ドクン、と、杏寿郎の胸がひときわ大きく鼓動を打った。知らずゴクリと喉を鳴らす。ごまかしようのない緊迫感から勝手に体は固くこわばり、杏寿郎は笑みを消すと、グッと唇を引き結んだ。
 錆兎が、杏寿郎とふたりで話がしたいと言い出した本来の目的は、これなのだろう。
 義勇の身になにが起こったのか。どうして義勇は花のような笑みを失っているのか。自分を価値のない者としているような態度の理由も、きっと錆兎は、すべて知っている。杏寿郎の知らないなにもかもを。

 牽制ではないと思ったのは、早計だったか。否。杏寿郎は疑いを即座に打ち消した。

 笑みを消した錆兎の真摯な瞳には、お節介なクラスメイトたちの目にあったような、若干の疎ましさは微塵も見つけ出せない。
 錆兎はきっと、義勇に話しかける杏寿郎をいらざる存在だなどとは考えていないだろう。なぜだか不思議とそう信じられる気がした。
 錆兎のことだって、杏寿郎はまだよく知らない。為人はすべて伝聞だ。錆兎のことで杏寿郎が実感を伴い知っているのは、義勇が心を開いている、その一点のみである。

 だが、杏寿郎にはそれが一番重要で、それだけで十分だった。

 幼いころに見た光景が胸によみがえる。迷子になって心細げにしていた義勇が、ひときわ明るい笑みを浮かべたのは、錆兎の姿を見つけたときだった。錆兎が迎えにきてくれたと杏寿郎に告げた声は、もうなんの心配もいらないと言わんばかりで、あの一瞬だけでふたりの仲の良さは痛いほど知れたものだ。

 義勇が信頼している人。それだけで、杏寿郎にとっても錆兎は信頼たり得る。胸が締めつけられるような、不思議な痛みはともかくとして。

「事故のこと、どこまで知ってる?」
「なにも。義勇が語らない以上、詮索するつもりはないからな」
 心なし観察者のように感じる眼差しをして聞いてきた錆兎に、間髪入れずに答えれば、また錆兎の顔に苦笑が浮かんだ。だがそれも、小さなため息とともに消える。
「一応、耳に入れておくべきかと思ったんだが……どうするかなぁ」
 錆兎の呟きは、杏寿郎に向けてというよりは、自問自答の独白めいていた。
「義勇の許可はとっているのか? 錆兎が必要だと判断したのだとしても、義勇のことならば、義勇自身が俺に聞かせるべきか否かを決めるのが筋ではないだろうか」
 知られたくないと義勇が思っているのなら、たずねる気など杏寿郎には毛頭ない。
 気にならないと言えば、嘘になる。義勇のことならば、なんだって知りたいのは確かだ。けれどそれは、義勇自身の意思が介在しないところで、他者から打ち明けられるべきものではないとも思う。
「……なるほど。たしかにそれが筋だな。うん。聞いてもらっとくか」
「よもや!?」
 憂いが晴れた顔でうなずく錆兎に、杏寿郎は思わず目を見開いた。
「なんでそうなるんだ! 錆兎、俺の話を聞いていたか!?」
「もちろん。だからこそ、話そうとしてる。確実に信用できると判断できたからな」
「今のは俺を試したのか?」
 口をついた言葉の意味は、不満ではなく、確認だ。
 錆兎の立場であれば、杏寿郎の為人を見定める必要ありと判断するのはうなずける。義勇の身を案じるならば、杏寿郎だってそうするに決まっていた。
 不用意に義勇を傷つける者が近づかぬよう、確信が持てるまで警戒するのは当然のことだ。杏寿郎だってきっと、幾重にも神経を張り巡らせ、相手の真意を図ろうとするに違いない。

 義勇を、髪の毛一筋ほども傷つけまいとするのなら。義勇のことが大事だからこそ、俺だってそうする。

 不快感よりも先に立つのは、今度こそ合格かという期待と奮起だ。気概も露わな杏寿郎に、錆兎はといえば、軽く片眉を上げ肩をすくめている。どこか洒脱なその仕草には、気負いも後ろめたさもまるでない。どことなし面白がっているような節さえ見受けられた。
「いいや。そういうわけじゃない。……いや、ちょっとはそういう気持ちもあったかな。だがまぁ、本音を言えばおまえのことは最初から信用してる。なんせ、昔っからよく聞いてたからな。ずっと前からの知り合いみたいで、ほぼ初対面だなんて思えないぐらいだ」
「昔から?」
 思わず杏寿郎がオウム返しに問うと、錆兎はまた軽く肩をすくめて忍び笑った。