忘れないをポケットに。
「逆に、のぎルームで、飛鳥ちゃんからきいちゃんに手紙が届いた時も、きいちゃんは感激しながら真剣に聞いていたね……」稲見は思いだすように言った。「しかも、手紙を読んでくれたのは、どちらの時も、まなったんだ。きいちゃんは泣きそうに声を詰まらせながら、飛鳥ちゃんの事を、特別な存在だと言っていたよ。その後、キス顔を飛鳥ちゃんに贈ったきいちゃんは、いつまでも一番の親友でいてねと、照れて笑っていた」
「どうですか、友情は顕在ですか?」夕は微笑んで、日奈子と飛鳥の事を見る。
北野日奈子は眼を見開いて、答える。「人前でわざわざイチャつかなくても、ずっと心で繋がっていられる存在になったというか……うん」
稲見瓶は言う。「逆に昇格したんだね。空気のような存在と、家族や、大事な人との関係をそう表現するよね」
「うん、そういう感じ」日奈子は微笑んで、飛鳥を見る。「ねー、あっしゅん!」
「はいはい」飛鳥は適度に頷いた。
「ライブか何かで、地方に遠征した時」稲見は飛鳥と日奈子に言う。「ホテルの一室で、飛鳥ちゃんときいちゃんが泣きながら語り合った話は、ファンの間じゃ周知の事実だ」
「なのによぉ、乃木中のバレンタイン企画で、きいちゃんがチョコあげたのはまいやんだったよな」磯野は笑った。
「ほんとだよ」飛鳥はさっぱりと言って、日奈子を一瞥する。「びっくりですよ、こっちは」
「はい、……日奈子、呑みます」日奈子は苦笑いを浮かべながら、小さく挙手していた。
「カクテルのヒナコ、呑んだ事ある?」夕は日奈子に確認する。日奈子は首を横に振っていた。「カクテルのヒナコは、カルーアミルクだよ」
「えーそうなんだー、あー好き好き」日奈子はそこで、虚空を見上げる。「イーサン……、カクテルのヒナコ、一杯下さい」
タイミングもいいという事で、皆も各々が好ましい新しいドリンクを電脳執事のイーサンに注文した。
BGMがブラックストリートの『ノー・ディギティ』になった。
「そういえば、リトグリさんの新曲がね、カバー曲の3月9日というタイトルの曲なんだけど、MVにさくちゃんが主演で出てる」稲見は思いついたかのような表情で言った。「観てみるといい、かなりいい作品になってるよ」
「そういえばさ、ノーベルブライトさんのツキミソウ、て曲のMVで、若様が主演で出てるよな」夕は皆に言った。「観た事ある?超綺麗だよ」
全員が「ある」と頷いた。
「ノーベルブライトなら愛結び、つう曲のMVに生駒ちゃん出てんぞ、主役で」磯野は皆に言った。「儚い生駒っちゃん。知ってた?」
全員が「存じている」と答えた。
「与田ちゃん寝てんの、それ」夕は可笑しそうに笑って、祐希を見つめた。
「ううん起きてる」祐希は眠そうに、微笑んだ。「ちょと、眠い…ふふん」
「れんたんも眠そうだね」稲見は蓮加を見つめて微笑んだ。
「うん、もう、寝ますね」
岩本蓮加は、ゆっくりとその場を立ち上がり、乃木坂46の先輩メンバー達に挨拶をしてから、ふらふらとした脚付きで〈BARノギー〉を後にした。
「美月ちゃん眠い?」夕は美月を見つめる。「顔、赤いけど。大丈夫?」
「大丈夫だよう」美月は小さくグラスを持ち上げて、天使のように微笑んだ。「眠たくないよー。まだまだいけるよ~」
「飛鳥ちゃんは?」夕は飛鳥を見つめる。
「そうだな……うん、もうちょっと、いる」飛鳥はそう言ってから、夕を一瞥した。夕は瞬間的にウィンクをする。飛鳥は無言で眼を反らした。
「じゃあ謎の後半戦、いっちゃいますか!」磯野はぐっとテンションを上げて、グラスを持ち上げる。「きいちゃんと飛鳥ちゃんの友情に、乾杯!」
乾杯――。
「じゃあ世界一いい曲をかけようぜ」夕は微笑んで、虚空に語りかける。「イーサン、ザップ&ロジャーの、アイ・ウォント・トゥ・ビー・ユアー・メン、流して……」
風秋夕の魅力的な言葉に、七人は最初の間だけ耳を澄ます……。その場に、メロディアスなR&B、ザップ&ロジャーの『アイ・ウォント・トゥ・ビー・ユアー・メン』が流れ始めた。
6
天野川雅樂(あまのがわがらく)は、何度も何度も、スマーフォンのライン画面にて風秋夕に説明されている案内書きを読み返す。
来栖栗鼠(くるすりす)は可笑しそうに微笑み、天野川雅樂の持つスマートフォンを覗き込んだ。
「雅樂さん、ちゃんとわかってる?」来栖はにこやかに小さく笑った。
「うるせえ来栖、馴れ馴れしくすんな、つったろ」天野川はスマーフォンの導きに従い、エレベーターのボタンを押した。
〈リリィ・アース〉地下二階のエントランスフロアに、星形に成って五台並んでいるエレベーターの一台に、天野川雅樂と来栖栗鼠は乗り込んだ。
高い天井の景色に圧倒されていた宮間兎亜(みやまとあ)が、幼稚園生のような動作で、少し遅れて、エレベーターに乗り込んだ。
「あんた、本当にあってんでしょうねえ」兎亜はその眼を座視にして天野川を睨んだ。
「うっせえ、女。気安く話しかけてんじゃねえよ」天野川は睨み返した。「おら、お前らも早く乗るんなら乗りやがれ」
そう言われた御輿咲希(みこしさき)は、周囲の景色に呆気にとられながら、くるくると長い巻き髪を指先でくるめながら、エレベーターに乗り込んだ。
「少し、お話の段階では、疑っていたんですけれど……。これは本当に、もはや秘密結社ね」咲希はにこにことしている来栖に言った。
「ね。僕も想像してた以上です」来栖は微笑んだ。
比鐘蒼空(ひがねそら)も辺りを見回しながら、ゆっくりとエレベーターへと足を踏み入れた。
「比鐘、のろいんだよてめえは」天野川は苛つきながら、地下の八階を押した。
エレベーターが起動する。
「夕君、本当にいるのかな?」来栖はエレベーターの電光掲示板を見上げながら呟いた。
「もうすぐ深夜ですわね。夕君には、夜行性と聞いてますわ。いるんでしょうね」咲希はお得意の慣れたお嬢様口調ですらすらと述べた。
「あんたらお金持ってんの?」兎亜は背の高い皆を見上げて言った。「こんなところ、滞在するだけでぼったくられるんじゃないの?」
「お金は一切必要ないと、夕君はおっしゃっていたわ」咲希は横目で答える。
「僕、お金はあんまりないなぁ」来栖は穏やかに言った。
「着いたぞ」天野川はエレベーターの開くボタンを押したままで言った。
最初に、比鐘蒼空が無言のままでエレベーターを降りた。続いて、御輿咲希、宮間兎亜と降り、更に続いて来栖栗鼠、天野川雅樂と、エレベーターを降り立った。
少し迷いながら、五人はエレベーターから、くるりと反転した場所まで移動した。
「あの突き当りんとこの壁に、二つでっけえドアがあんだろ」天野川はスマートフォンを確認しながら説明する。「あの左っかわのドアの向こうだ。そこにバーノギー、つう店があるらしい」
「バーノギーかあ……」来栖は躊躇なく歩き始める。「僕、BARなんて初めてだな~」
「昔、自宅の二階にBARカウンターがありましたわ」咲希もそちらへと歩き出した。
「なんの自慢よ」兎亜も後をついて歩く。「今じゃ一文無しの癖して」
「プライドはお金じゃ買えませんわ」咲希はつんとして言った。
作品名:忘れないをポケットに。 作家名:タンポポ