忘れないをポケットに。
「はぁい」来栖は天野川の後ろに隠れた。「よろしくです……」
「磯野ぉ……」天野川は磯野を睨みつける。「ファン同盟には入りてえが、てめえと手を組むわけじゃねえからな……。勘違いすんなよ、こら」
「けっ」磯野は座視で、知らん顔でそっぽを向く。
「え、こことここは、元から知り合いなの?」飛鳥は、磯野と天野川と夕を指差して不思議そうに言った。「え? どういう事?」
「雅樂だけは、中学ん時から顔知ってる関係」夕はにこやかに飛鳥達に説明する。「波平も同じく、雅樂とは中学から知り合いね。友達なのかどうなのかは、知らないけど」
「んふ。どう見てもケンカしそうだったけど」日奈子は笑った。
「おお~、きいちゃんが笑った~」兎亜はハスキーな声ではしゃぐ。「データに出来ないのが悔しい~」
「まさしく、記憶に焼き付けろ、ですわね」咲希は日奈子に見とれながら囁いた。
「本物ってこんなにお顔小さいんだ~」来栖は飛鳥達にそう言って、祐希に微笑む。「よ~だちゃん。神推しでぇす。今日からよろしくねぇ!」
「はぁ……」祐希は恐る恐るで頷いた。
「美月ちゃん!」咲希は毅然と言う。美月は「はい!」と驚いてグラスのビールをこぼしていた。咲希は関係なく続ける。「わたしく、美月ちゃんは神推しなので、これからもとてつもなく美しすぎる美月ちゃんを崇拝します! よろしく遊ばせ」
「あ、よろしく~」美月は笑顔で頷いた。
「僕だって美月ちゃん大好きだからね、御輿さん。独り占めはダメだよう?」来栖は咲希に言う。「箱推しだからね、基本僕らは」
「わかってるわ、そんな事」咲希はつんと答えた。
「でぇ、てめえは何でなんにも言わねんだ比鐘ぇ」天野川は比鐘に眼くれて言う。
「……だって、…夢見てるだけだから」比鐘は女子達を見回して、ぼそぼそと言った。「こんなの……、現実なわけない……」
「じゃあ夢だってのか、ああ?」天野川は比鐘を威嚇する。
「雅樂、ちょっと怖いぞ、お前……」夕は苦笑して天野川を見た。「お前って、そんな感じの奴だったっけ?」
「あす、すいません……。つい」天野川は頭をさすった。
「ま、いっか」夕は改めて、女子達を見つめる。「改めまして、これがうちらの新メンバーです。俺の人選を勝ち抜いた人材ばかり、くせ者ですよ、お姫様達。どうぞ、よろしくね。とりま座ろっか?」
天野川雅樂は、磯野波平を睨みつけたまま移動する。磯野波平はしかめっつらで、知らん顔を決め込んでいた。
来栖栗鼠は、行儀よく椅子に腰を下ろした。その眼はにこやかに、与田祐希をちらちらと観察している。与田祐希は「ん?」という表情を返していた。
宮間兎亜はすとん、と椅子に飛び込んだ。御輿咲希は上品な仕草で椅子に腰を下ろす。
「おら、てめえから座れ、比鐘」天野川は比鐘に即した。
比鐘蒼空は、暗い視線で天野川雅樂を一瞥して、無言で椅子に着席した。
続いて、天野川雅樂も椅子に着席した。その眼は、ちらちらと眼の前の乃木坂46を見つめている。
「さあ、何飲みたいか言葉にして言ってみて」夕は天野川の隣に着席した。「メニュー表もあるけど、ますは試しだ。即興で飲みたいもの、言ってみて」
「じゃあ、ファンタオレンジ」来栖は笑顔で言った。
「ビール」天野川は緊張しながら呟いた。
「アイスティーかしら」咲希は正面席の乃木坂達をチラ見しながら囁いた。
「ビールね」兎亜はそう言ってから、にっこりと飛鳥に微笑む。
「水……」比鐘は呟いた。
風秋夕は空中に語りかける。「さあイーサン、今の注文を聞いてたか?」
はい――と、何処からともなく、注文されたメニューを繰り返す老人のしゃがれた声がテーブルに響いてきた。
乃木坂46ファン同盟の新メンバー達は、不意に響いた老人の声の居所を、驚いた眼で探し始める。
「イーサン、今すぐそれを注文する。至急届けてくれ」夕は、天野川の肩に腕を回して肩を組んだ。「うちの頼れる執事のイーサンだ、これからよろしくな、みんな」
7
春の日差しが温かな光陽をもたらし始めた二千二十二年三月十三日。今日と明日は乃木坂46のメンバー達にオフが多かった。今宵も〈リリィ・アース〉に訪れているメンバーが何名か存在する。
乃木坂46二期生の鈴木絢音は、その大きな瞳を見開いている。同じく二期生の山崎怜奈も一緒であった。
乃木坂46四期生の賀喜遥香は、黙ったままで、眼を見開いて、乃木坂46ファン同盟の新メンバー達を観察している。
同じく四期生の遠藤さくらも、北川悠理も、金川紗耶も、掛橋紗沙耶香も、佐藤璃果も、林瑠奈も、筒井あやめも、清宮レイもそうであった。
与田祐希は、片手で紹介する。
乃木坂46ファン同盟の新メンバー達の顔つきが強張った。
「こちら……えっと、ファン、同盟? の新メンバーさん」祐希は一瞥して言う。「はいじゃあ、自己紹介、お願いします」
「来栖栗鼠でぇーす!」来栖は一瞬だけ背伸びをして、にこにこと挨拶する。「神推しの与田ちゃんと、筒井あやめちゃん以外があ、箱推しでぇす! てか元々は箱推しだったんです。二千二年の十一月七日生まれの十九歳、男です。身長は百七十センチ、血液型はAB型ぁ、好きな言葉は、小さな事はいちいち気にしない。これ与田ちゃんの名言なんですよ~、凄いでしょう!」
「そゆのいいから。はい、次。次の人」祐希は片手で紹介する。
「あたいは宮間兎亜。よろしくどうぞ」兎亜は半眼をにやりと笑わした。「二千一年七月二十二日生まれの二十歳。身長は、自称百五十五。特徴は声がハスキーなとこでしょうか……。神推し、齋藤飛鳥さんでぇす!あ全員も箱推しでぇす!ので、よろしくどうぞ」
「はい、次の人、いいですか?」祐希は眼を見ないように、一瞥して言った。「どうぞ」
「天野川雅樂……千九百九十九年十月十日生まれの二十二歳」天野川はがちがちに緊張しながら、眼を泳がせながら言う。「身長は、百七十七センチ、で……血液型はB。箱推しっす。よろしくお願いします……」
「はい。次」祐希はほっとして、淡々と次の人を片手で紹介する。
「わたくしの番ね。名前は御輿咲希、二千年生まれの二十一歳」咲希は気品漂わせながらにこにこと説明する。「身長は百六十五センチぐらいですわ。基本的に箱推しですが、わたくしにも神推し、いますの。山下美月ちゃん、梅澤美波ちゃん、白石麻衣ちゃん、ですわ。よろしく遊ばせ」
「はい、最後。自己紹介、お願いします」祐希はそちらを一瞥して、片手で紹介した。
比鐘蒼空はイヤホンを両耳から取る。
「おいらは、比鐘、蒼空、です……。二千一年六月六日生まれ、二十さい……」比鐘はぼそぼそと説明する。天野川が苛ついていた。「身長? は、百七十六ぐらいかな……。基本箱推しです……。神推しいます。西野七瀬さんと、松村沙友理さん、です……。よろしく」
「はい、とこう、いうわけです」祐希は皆に微笑んだ。「何でこんな大事な時に、夕君達いないんだろうねえ」
そこは〈リリィ・アース〉の地下二階のエントランスフロアの東側に在るラウンジのソファ・スペース。通称〈いつもの場所〉であった。
「どうやってファン、同盟? になったの?」紗耶は気になった事をそのまま口にした。
作品名:忘れないをポケットに。 作家名:タンポポ