忘れないをポケットに。
「久保ちゃんのラインライブでさ、ほら、久保史緒里の乃木坂上り坂、てあるじゃん?」夕は楽しそうに説明する。「その、番組開始の時に、こう、手の平にさ、先っちょにぬいぐるみの付いたスティック? 棒をさ、手の平でこう、バランスを取りながら始まるの」
皆は食事を取りながら有意義に聞いている。
「それでさ、その日のゲストがきいちゃんなんだけど、まだ紹介されてないのね? まだ紹介されてないんだけど、見えないところでさ、きいちゃんもやってんのよ、手の平で棒立てを……。久保ちゃんはちゃんとMCしてんだけど、棒を床に落とす音がガッシャンガッシャンしてるわけ。それで久保ちゃんが何度か呆然としちゃってMC止まっちゃうシーンもあるんだけど、きいちゃん、久保ちゃんがしゃべり出すと、またやるわけ。棒立てを。何度も何度も、ガッシャンガッシャンって……。で久保ちゃんがとうとう呆れてしゃべるのやめたら、見えないとこからきいちゃんの声が聞こえてきて……。やんない。もうやんない。もうやんない。もうやんないからごめん。もうやんないから、ごめんなさい、はい。てさ、笑いながらきいちゃんが謝るのよ。それ観ててちょ~ぜつ可愛すぎた!」
「最近のっすか?」天野川が言った。
「まあ、46時間終わってからだからな。最近のか」夕は答える。「最近だよねえ? 生配信だから」
「うん、ついこの前、ぐらいだよ」日奈子は苦笑した。「あれね、なんか、やりたくなったら、やめられなくなっちゃったの。どこがやめどころなのかわからなくなっちゃって」
「学校でモテた?」紗耶は天野川にきいた。
「?」天野川は急いで紗耶と眼を合わせる。「俺っすか?」
「うん」紗耶は笑みを浮かべる。
「いや、どうなんすかね。全然、モテねえと思いますけど……」
「不良なの?」沙耶香は興味津々で天野川にきいた。
「一匹狼タイプの不良だわな、こいつは」磯野は座視で囁いた。
「優等生では、ないっすね、はい……」天野川は緊張して、顔を赤らめた。
「来栖さんは、彼女とか、いなかったんですか?」悠理は来栖を見つめた。
「いましたよ」来栖はくす、と笑った。「小学生になるまで、いました、彼女。別々の小学校になっちゃったけど」
佐藤璃果は比鐘蒼空を見つめる。「ヒカネ、君は?」
「おいら? ですか?」比鐘は考える。「東京に出てくる前まで、いたのかな……」
「どこから上京してきたんですか?」璃果は比鐘にきいた。
「大阪から……」比鐘は答えた。
「え、関西弁じゃないね」日奈子は驚いた顔で言う。「じゃしゃべれるんだ? しゃべろうと思えば、関西弁」
「まあ……」
「大阪の時には、彼女はいたって事? ですか?」瑠奈は比鐘に不思議そうにきく。「別れてきたって事? ですか?」
「おーおー、比鐘ぇ、人気あるじゃねえかぁ」天野川は不敵に笑った。「ちゃんと答えろよな、せっかくのご指名なんだからよぉ」
「別れた、とかじゃ、ないかな……」比鐘はぼそぼそと呟く。「そもそも、付き合ったつもりないし……。でも、付きまとってくる奴がいて……、一緒に下校したりは……」
「ふう~ん」瑠奈は感心する。
「兎亜ちゃんは?」レイはにこやかに、兎亜を見つめた。「彼氏っていたの?」
「高一の時に、一人だけ、いたわね」兎亜は強調的な半眼で答えた。「何か月か付き合って、別れたわ。男なんてつまんない」
「へ~」レイは関心を持った。「すご~い……」
「咲希ちゃんはいた?」怜奈は咲希にきく。「彼氏?」
「いました」咲希は微笑む。「でも、金運が消えると、そういった連中も消えていきましたわ。本当に、男ってつまらないものだわ」
「おいおい、一緒にすんな、つの!」磯野は爽やかなハンサムで、咲希達に微笑んだ。
「こんなんばっかりなわけ? 男って」兎亜は溜息を吐く。
「夕君には期待しています」咲希は眼を輝かせて、夕を見つめた。
「ごめんね~、この人、チャラいんです~」怜奈は疑似的な笑みを浮かべて咲希に言った。
「ごめん。チャラいみたい」夕はにっこりと咲希に微笑んだ。
「アクチュアリ~、ウォーウォー、気づいてなぁ~い、キザが邪魔して、ハンサムを、見うし~なう!」磯野は歌い終えた。
御輿咲希と宮間兎亜は溜息を吐いた。乃木坂46達は毎度のことながら、呆れて笑っている。風秋夕は嫌そうに磯野波平を見つめていた。
「てめえ、馬鹿なんか……」天野川は驚いた顔で呟いた。
「当たり」夕は眼を瞑って囁く。
「誰が馬鹿だねこんの馬鹿たれども!」
「これから楽しくなるな~」来栖は満面の笑みで囁いた。
「あ、イーサン?」
与田祐希は、お寿司の特上と馬刺しの特級を、おかわりした。
9
地下二十階フロアの北側に在る〈ハードトレーニング・ジム〉にて、乃木坂46一期生の秋元真夏と和田まあやと齋藤飛鳥、二期生の北野日奈子と、三期生の梅澤美波と与田祐希と伊藤理々杏と岩本蓮加と久保史緒里と吉田綾乃クリスティーと、四期生の黒見明香と柴田柚菜と田村真佑と松尾美佑と矢久保美緒は、ひたむきなトレーニングに身を委ねていた。
乃木坂46ファン同盟からは、風秋夕、磯野波平、姫野あたる、来栖栗鼠、駅前木葉、宮間兎亜、御輿咲希が参加していた。
「与田ちゃん、すっごいんだね~」来栖は楽しそうに、祐希の姿を眺めた。「僕にもできるかな~?」
「やってみたら? んはあ!」祐希は身体を休ませる。
与田祐希はヒップスラスト・マシンで美尻の筋力に磨きをかけていた。
来栖栗鼠は肩にかけたタオルで汗をふきながら、ちょうど〈レストラン・エレベーター〉の近くまで立ち寄ったところであった。
「ゆうき、八十キロ、最高で持ち上げられるから」祐希はタオルで汗をふきながら、来栖を見上げた。「凄いでしょ」
「すっごーい!」来栖は一瞬の背伸びで、喜んだ。
「君は、鍛えないの?」祐希は来栖を見上げながら、寝そべったままで言った。
「君って呼んだ~。あーダメだよ与田ちゃーん」来栖は苦笑する。「来栖か、栗鼠って呼んでくれないと~」
「来栖、君?」祐希は言う。「でいい?」
「はーい!」来栖は一瞬だけ背伸びをして、右手を上げた。
「生まれた時、女の子だった、ていう事は、ないよね?」祐希は恐る恐るできいてみた。
「女の子じゃないですよ」来栖はにこっと笑う。「僕は絶対的に健全な男の子。だって、乃木坂が恋愛対象だもーん」
「恋愛対象、なんだ……」祐希は頷く。「ふう~ん……」
「僕の妹は、蓮加ちゃんに少し感じが似てるんだけど、蓮加ちゃんは完全に僕の恋愛対象なんだよ」来栖は明るく笑う。「顔が少し似てるみたいだね、僕も」
「あー、蓮加に似てる、かも」祐希は少し驚いた表情を浮かべた。「誰かに似てるなーって思っとったけど、蓮加か~……」
「僕ね、小学生の時に、男子の先輩からラブレターもらった事もあるんだー」来栖はけらけらと笑った。「女の子っぽい顔なんだねーきっと」
「うん。かなり」祐希は頷いた。
齋藤飛鳥と秋元真夏と和田まあやと北野日奈子と、梅澤美波と岩本蓮加と久保史緒里は、ランニング・マシンでジョギングに挑戦している。風秋夕と姫野あたるもここにいた。
作品名:忘れないをポケットに。 作家名:タンポポ