忘れないをポケットに。
「あ、まずいっすかね?」天野川は頭の後ろに後ろ手をやって、飛鳥に苦笑した。「てめえは無いっすよね?」
「無ぁいでしょう」飛鳥は苦笑する。「ねえ?」
「無いねー」日奈子は決め顔で天野川を見た。「言葉が悪いよ」
「あ。気を付けます」天野川はぺこぺこする。
「態度が違うわね~」兎亜は笑った。「そ~こまで温度差あると、わらけてくるわさ」
「貴様に言ってねえ」天野川は兎亜を睨んだ。
「貴様って……」飛鳥は苦笑して、天野川をまじまじと見つめる。「わざと、やってます?」
「あえ?」天野川は驚いた顔を返す。「わざ、わざとじゃないっすけど……。あ貴様はまずかったっすよね?」
「まぁずいでしょう」飛鳥は苦笑した。「ねえ?」
「うん。ダメ」日奈子は天野川を見つめた。「口が悪いな、君は」
「天野川っす」天野川はぺこぺこする。
風秋夕と磯野波平は、毎度のことであるが、今日も口喧嘩を始めていた。
稲見瓶は口喧嘩を始めた二人に挟まれて、迷惑している。
「天野川君、ね」日奈子は言い直した。「口が悪いよー、天野川君は~。ダメだよ~、女子には優しくしないと~。モテないぞ!」
「すいやせん」天野川はぺこぺこと苦笑した。
「わたくしも常日頃からそう思っていましたわ」咲希は天野川を見つめる。「口下手の癖に、言葉遣いが最低ですもの、あなたは」
「て……。あんたに、言われたくねえよ」天野川は、苛つきながら、一瞥していた咲希から視線を外した。「けど、悪りい。気を付ける……」
「あらら」兎亜は笑みを浮かべる。「凄いもんね、乃木坂の説得力って」
「愛の力でしょうね」咲希は上品にフライドポテトをつまんだ。
「夏だろうが! 夏の方が女が薄着になるだろうが!」磯野は叫んだ。
「冬だ! 冬は厚着した女の子が可愛いんだよ!」夕も叫び返す。
「こーいつらは……」飛鳥は溜息をみせる。「なんなんだろうね……。いっつもいっつも」
「自然現象」日奈子は笑った。
「夕さん、がんばれ!」天野川は拳を握る。
「煽るな」兎亜は座視で言った。
「どうなさっちゃったの、夕君ってば……」咲希は驚いた顔で二人を見つめる。
「これがこいつらですよ」飛鳥はコーヒーを口元に運びながら、呟いた。
「ジーザス」稲見は腕時計を見て囁いた。「もうこんな時間だ。夜更かしは健康の大敵だよ。よし、みんな寝よう」
「夏はビーチに水着女子がいんだろうが!」
「冬はプレゼント持ったサンタクロースがいるわ!」
「やめろ」飛鳥は溜息をつくように、そう呟いた。
11
四月一日。世間ではエイプリル・フールで知られる二千二十二年の四月のこの日、〈リリィ・アース〉地下二階のエントランスフロアに在る東側のラウンジこと通称〈いつもの場所〉には、乃木坂46の一期生秋元真夏と齋藤飛鳥と、二期生の北野日奈子と、三期生の梅澤美波と久保史緒里と岩本蓮加と、四期生の遠藤さくらと賀喜遥香が、仕事終わりに立ち寄っているのであった。
つい先程まで、朝日テレビ系列のミュージックステーション春の3時間SPにて生放送の中、生歌を披露してきた乃木坂46のメンバー達と、卒業を控えた乃木坂46の北野日奈子は、乃木坂46ファン同盟の風秋夕と、稲見瓶と、磯野波平と、来栖栗鼠と、宮間兎亜と、御輿咲希と、他愛もない話に花を咲かせていた。
「今日さ、俺とイナッチと波平はさ、生放送でMステ観れてないんだよ」夕はにっこりと女子達を見回しながら言った。「さあ何ででしょう?」
「え?」真夏は夕を一瞥してはにかむ。「ヒントも何も無し?」
「何、いきなり。ふに」日奈子は無邪気に微笑んだ。
「ヒントぐらいちょうだいよ」史緒里は口先を尖らせて言った。
「生放送見守ってくれないのには、そーれなりの理由言ってもらわないと。こっちも一生懸命頑張ってるわけだから、納得させてほしいよね」美波は美しく口元を引き上げて言った。
「ヒントだってよ」磯野は夕と稲見を一瞥して言う。「つーか日にちでわかるよなあ?」
「じゃあ」稲見は低い声で発言する。「今日は何の日でしょう?」
「エイプリル?」史緒里は?な顔で言った。「違う? えそう、でしょ?」
「ヒントその2。エイプリルフールは無関係」稲見は低い声で抑揚もなく言う。「さくちゃんの名前に、ヒントが隠されてる」
「え?」さくらは己を指差して驚いた。「私?」
「さくら……」飛鳥は呟いてみた。「さくら。あ、花見?」
「ブブー」夕は飛鳥を一瞥して、蓮加を見た。「池袋の、シネマ・ロサに行ってきました。三人で」
「どこ?」日奈子は変わった発音できいた。
「シネマ、ロサ?」さくらは日奈子に小首を傾げながら言う。「映画館?」
「え~、そういうのは誘って下さいよ~」来栖は笑顔で夕に言った。「絶対れんたんの映画じゃーん。四月一日からロードショーだもーん」
「舞台挨拶は、明日だ」蓮加は呟いた。
「世の中にたえて、桜のなかりせば。ですわね」咲希は両手を合わせてうきうきする。「もう観たのね! どうでした? 評価は?」
「れんたんの前で評価とか、図太いね、御輿さんは」来栖はにこにこと言った。
「そうですか?」咲希は来栖を冷静に一瞥した。「ごめん遊ばせ」
「もうね、とくかく」夕はそこで、口を止める。兎亜が片手を夕に向けたのである。
「ネタバレは禁止。あたいだって観に行く予定はあるんだから……」兎亜は夕を見つめながら、ハスキーな声でそう言った。
「ネタバレしねえで感想言ったってわかんなくねえ?」磯野はそう呟いてから、己を見つめた咲希と兎亜に、ハンサムに微笑んだ。「はは、わかんなく、ねえですか? はは大丈夫かなー伝わるかな? ははでも、ネタバレハラスメントはいけねえですよね、お嬢さん……」
「あんた、自分の軍団の仲間にも色目使ってんの?」飛鳥は呆れ顔で磯野を見つめる。
「レディだからね!」磯野はハンサムに飛鳥に返した。「でもどうしても一人にしぼってっつうんなら、かっきーだけな、レディ扱いしよっかなー!」
「や、いいから」遥香は表情を険しくさせた。
「で、映画はどうだったの?」真夏は眼をきょろきょろとして、三人の男子に言った。
「泣くところは、五か所ぐらいあるよ」夕はにっこりと微笑んだ。「笑うところも一か所あるね」
「とにかく、メッセージ性が強い」稲見は思い出しながら呟く。「人間関係の、どの立場にいる人でも、深く感じれるはずだよ」
「とんにっかく、れんたんがかんっわいいのなんのってよぉ!」磯野は大喜びで言った。
「あー、でもほんとだよな。ずっとれんたん出てきてくれるから、かなり見惚れるのは確かだな」夕は腕組みをして納得しながら囁いた。
「何で誘ってくんないかなー」来栖は恨めしそうに夕を見つめる。「僕れんたんの映画、もうどれぐらい前から楽しみにしてたのか、自分でも憶えてないぐらいなんですよ~? ずっと観たかったのにー」
「いいよ。もう一回観たいから」夕は来栖に頷いた。「行こうぜ、リッスン」
「行くー!」
「えひなこも観たぁい……」日奈子は夕を見つめながら呟いた。
「一緒にお出掛けしたら、問題になっちゃうね」夕は日奈子に苦笑してみせた。「きいちゃんと映画館なんて、夢でしかないけど。一緒に行きたいね。いつか行こうね?」
作品名:忘れないをポケットに。 作家名:タンポポ