忘れないをポケットに。
「あそういうつもりで言ったんじゃないんだけどさ……」日奈子は苦笑して夕から眼を反らした。「え初日から行くとか、超熱くない?」
「熱いよ」夕は微笑む。
「待ちきれなかった」稲見は頷きながら呟いた。
「舞台挨拶ん日のは売り切れててよ~」磯野は顔をしかめた。「だったら初日っしょ、て感じだわな~」
「イーサン、アイスコーシー……ちょだい」飛鳥は呟いた。
電脳執事のイーサンが応答した。
「あ、私も。クリアアサヒ欲しいかも」真夏は小さく空中を見上げる。「イーサン?」
電脳執事のイーサンが注文を繰り返し、確認した。
「はい。お願いします」真夏はにっこりと笑みを浮かべた。
「あ。とんこつラーメン、いいですか? イーサン」遥香は空気中に顔色を窺うようにして囁いた。
「あんた、がっつり行くね」飛鳥は遥香を見つめる。
「はい、がっつり。ちと行こうかなと」遥香は微笑む。
「深夜に?」日奈子は笑った。
「あ、イーサン?」美波は横目で虚空を見上げて言う。「今日のチーズケーキ、一つお願いします」
「あ。チーズケーキ、食べたいです」さくらは薄く微笑み、小さく片手を上げた。
「あ、イーサン?」美波は虚空に再度話しかける。「やっぱり今日のチーズケーキ、二つ、お願いしまーす」
電脳執事のイーサンがメニューを繰り返し、確認する。
「はーいお願いしまーす」美波は、さくらに立てた親指を見せて微笑んだ。「そういえば私、ケーキ屋さんでバイトしてた事あるんですよ」
「えー梅ちゃんが店員さーん?」来栖は嬉しそうにはにかんだ。「毎日通っちゃいそうで怖いなー」
「通うでしょ」夕はにこやかに言った。
「うん」稲見は声で頷く。
「それは通いたくなりますわね」咲希は美波に微笑んだ。
「あれ、弓木ちゃんもケーキ売りしてたよね? 店長に、クリスマスにケーキ貰って食べてたとか……」夕はそう言ってから、眉を顰める。「あー……、あれはコンビニでか」
「コンビニなら、まいちゅんもやってたよね」稲見は誰にでもなく言った。「まあ、ケーキを販売してたかどうかは、不明確だけど」
「梅ちゃんのケーキ屋さんかあ~」磯野は眼を瞑って想像してみる。「おおっほ! いや毎日見ててえなぁ!」
「お客さんついてたでしょう?」兎亜は、半眼で美波ににんまりと笑顔を送った。
「え、と……、どうだろう」美波は小首を傾げて考える。
齋藤飛鳥の注文したアイスコーヒーと、秋元真夏が注文したクリアアサヒが、早速近場の〈レストラン・エレベーター〉に届いた。
稲見瓶は、それらを各々のポジションへと運んだ。
「クリスマスに、サンタの衣装着て、売ってました」美波は笑った。
「うっわ。もうプレゼントじゃん」来栖は驚いた顔をする。「ほんとにそんな凄いケーキ屋さんあったのー?」
「凄いかどうかはわかんないけど。ありました」美波は苦笑して答えた。
「写真集!」
「きゃあ!」
「わあっ!」
磯野波平は突然に大声で叫んだ。皆は驚愕している。
「写真集出んだろ? かっきーよう!」磯野は、どうしようもなくにやけて、遥香をじとっと見つめた。「こら! かっきー、こら! こらかっきー! 好きを超えてしまうよもう!」
「びっくりした~……」遥香は体勢を整える。「やめてよ、もう~っくりするから~!」
「もうケータイの待ち受けは君だよ!」磯野はいそいそとスマートフォンを取り出して、それを遥香に見せる。「くれたメールの写真だ!」
「あ、待ち受けってみんな何?」夕は女子達に向けて言った。「俺は、今日れんたんだ」
「え、すぐ変えちゃうかも……」蓮加は夕に言った。
「ひなこもすぐ変えちゃうからな~」日奈子は囁いた。「でもチップかな」
「私も、気分で変えちゃうかな」美波は呆然と呟いた。
「変える変える」史緒里も呆然として囁いた。
「まなったんは、ピンクガネーシャでしょ?」夕はにっこりと真夏に微笑んで言った。
「いやいや。秒で変えたから、ピンクガネーシャは」真夏は苦笑する。「まいちゅんがあれだよ、ピンクガネーシャだったよ? お願いしまくってるから、あの人」
「飛鳥ちゃんは?」夕はにこやかに飛鳥を見つめた。
「私も、何も設定してないな……」飛鳥はそう言ってから、夕と視線を合わせた。
「かっきーとさくちゃんは?」夕はにこやかにそちらの二人を見つめる。
「私は、風景、画?」さくらはぎこちなく答えた。「えいや……。わかんない、見ないと忘れちゃう……」
「私は、てきとーに」遥香は夕にゆるく微笑んだ。「アニメとかもあるし、乃木坂とかもあるし、て感じ」
「イナッチは?」真夏は稲見にきいた。
稲見瓶は答える。「きいちゃんだね」
「波平君は?」真夏は磯野の顔を見る。
「だ、かっきーだっつうの」磯野は無表情で答えた。
「あそうか」真夏は苦笑する。「来栖君は?」
「きいちゃーん!」来栖はにこにこと微笑んで答えた。
梅澤美波と遠藤さくらが注文した今日のチーズケーキが届いた。
稲見瓶がそれを二人の元へと運んだ。
「かっきーの写真集とか、やっばくねえ?」磯野は愉快に笑う。「買いまくるっきゃねえだろうが! だってそうだろうよ! でしょうよ! でしょうがだってえ!」
「うるっせえなー……」飛鳥は呟いた。
「年上の人の写真集って、なんか興奮するんですよねー」来栖ははにかんで言った。「あねえねえ、かっきーちゃん。水着もあるのぉ?」
賀喜遥香は、初々しい表情で、頷いた。「あり、ます……」
「うわああ、僕はそもそも変質者だから興奮するよ~、うふふふ~」磯野は楽しそうに言った。
「それって僕ですか?」来栖は苦く笑う。
「ぽっくんはエロメガネだからじっくりとどろっどろと1ページを、何時間もなめるように見ちゃうんですよぐふっふふふ!」磯野は尚も楽しそうに言った。
「それは俺か……」稲見は低い声で言った。
「俺は芸術品としてなめまわすからね!」磯野は更に楽しそうに言った。
「俺か、その変態は……」夕は嫌そうに磯野を見た。
「なんか、恥ずかしくなってきた……」遥香は潤んだ眼を輝かせながら苦笑する。「え~」
「見たいものは見たいです」咲希は上品に、遥香に微笑んだ。「大丈夫ですわよ、スタイル抜群じゃないですか、かっきー」
「いやー、いやいやいや」遥香は謙虚に首を横に振った。
「どんな写真集が好みですか?」美波は乃木坂46ファン同盟の女子二人を見つめて言った。
「潮騒(しおさい)ね」兎亜はにんまりと笑って即答した。ちらっと飛鳥の事を一瞥する。
「いいですから」飛鳥は苦笑していた。
「やっぱり、水着カットは欲しいですわよね」咲希は美波を見つめて答えた。「それこそ、可愛いものであったり、セクシーなものであったりは、その人の持ち味でいいんですの。露出が欲しいんです」
「同じ事、言えます? 男子として」来栖は、夕を見つめて、笑った。
「まあ、ね。そりゃ見たいさ、好きな人の水着なんか」夕は苦笑した。「ただね、がっつくとああなっちゃうから……」
「つまりはよぉ! お前のものは俺のもの! 俺のものも俺のもの!」磯野はガッツっポーズで立ち上がる。「買っちゃえば一生俺のもんなんだぜ? それが微銭(びぜに)出して買えちゃうんだぜ? 熱すぎんだろうがっ!」
作品名:忘れないをポケットに。 作家名:タンポポ