忘れないをポケットに。
「木葉ちゃんって綺麗だよね」未央奈は髪をかき上げながら言った。「変顔するの、知ってる? 知ってるか」
「んもちろん知ってる知ってる」日奈子は早口で答えた。
「みーんな、欠点、ていうか、そゆのあるよね。人間だもんね、完璧な人って、実際いないと思うし」未央奈はそう言って、なぜかゆっくりと水面下に潜った。
「あ潜った!」日奈子は驚く。
「ダーリン、て…なんか、わかるんだけど、他のファン同盟のみんなって、どうなのかな? 欠点とかって」絢音は周囲の皆の顔を窺いながら呟いた。
「駅前さんは、あれじゃない?」怜奈は言う。
「ぷはあ!」
堀未央奈は水面から勢いよく顔を浮き上げた。息を整えながら、梯子を使ってプールから上がろうとする。
「駅前さんは、緊張したり興奮したりすると、あの…お顔が。ね」怜奈は苦笑した。「あれなのが、欠点、というか、特徴なんじゃない? 普通ないよ、だって。木葉ちゃんもそれ以外に欠点って見当たらないし」
「美央ちゃん上がるの?」日奈子は未央奈を見上げる。
「うーんちょっとぉ、喉乾いた~」未央奈は背を向けたままで答えた。
「波平君は?」絢音はきく。「欠点、とかある?」
「小学生の時から、近くの中学校に波平君のファンクラブがあったんだって」怜奈は面白がって思い出した内容を言った。「見た目は確かに、って感じだよね。でもさ、性格、ゴリラじゃん?」
「ああー……」絢音は納得する。「えじゃあイナッチはぁ?」
「なに、欠点?」日奈子は笑みを浮かべながら会話にのる。「あんま笑わないとこ。無表情無表情、視線がたまにきついとこ」
「なんか、女性の人相手に、急に緊張する事もあるよね?」怜奈は思い出しながら言う。「あれ乃木坂だけになのかなあ……。しかも緊張するのって、普通かあ」
「だからイナッチは無表情だって」日奈子は鼻筋に皺を作ってはにかんだ。
「じゃあ、夕、君? え完璧なんじゃないの?」絢音は皆の顔を窺う。
「ナンパ師じゃん」怜奈は笑った。「チャラいチャラい」
「そっか……」絢音は納得した。
「スパダリなんてそうそういないよ」日奈子は笑った。
「スパダリ?」絢音はきき返す。「て何だっけ?」
「スーパーダーリン」日奈子は説明する。「それこそ、完璧な彼氏よね」
堀未央奈は、「冷たい!」と叫びながら、ゆっくりと梯子を使って水中へと身体を浸からせていく。
通称百メートルプールの中央部分では、三期生を中心とした集団が談笑を繰り広げていた。
「え、じゃあ彼女にするなら誰?」美月は笑みを浮かべて男子達を見つめた。
「美月ちゃんかな」夕はとびっきりの笑顔で美月に言った。
「えもう、ほんとに。ガチで」美月は夕を見上げる。
「嘘なもんか。美月ちゃんがいい」夕は微笑んだ。
「あーてんめ! そういうのは無しだ! ナッスィン!」磯野は両腕でばってんを作って騒ぐ。「とりま離れろ!」
「冗談じゃなく、美月ちゃんがいいんだ」夕は改めて微笑んだ。「乃木坂を箱推しなのとは違って、彼女を見つけるとなるとね。話は全く別になる。俺は女性としての美月ちゃんに惚れてる、たぶん」
「そーゆーのが聞きたいんだよう。普段教えてくれないから」美波は微笑んだ。「イナッチは?」
「うーん……、飛鳥ちゃん、かな」稲見は無表情で頭を思考させる。「タイプだと思う。あー、かずみんもタイプだね。ああ…そういうと、梅ちゃんやかっきーもタイプに違いない。もちろん、乃木坂とは別の次元の話でね」
「イナッチ、彼女は一人だよ」美波は面白がって言った。「どうすんの?」
「ごめん。付き合ったことが無いんだ。わからないよ」稲見は苦笑した。
「波平君はぁ?」葉月は磯野の顔を上目遣いで見上げる。「付き合えるとしたら、誰? 誰がいい?」
「でんちゃん、てのも嬉しすぎるなあ!」磯野は楓の姿をまじまじと見つめる。「んひひ……」
「何だよ」楓は濡れたTシャツを片腕で隠して、磯野を睨んだ。「こっち見んな」
「結婚するなら、じゃ誰?」美月は男子達を見つめて言った。
「美月ちゃんじゃ、ダメですか」夕は美月を口説いている。
「てんめ、口説いてんだろこんにゃろう!」磯野は夕に飛び掛かった。
「あっぶね! 何なんだよお前はっ!」
「美月ちゃんを口説けっと思うなよてめえ!」
「ざーんねん」美月は微笑んで、ちろっと舌を出した。「ごめんね、夕君」
「えー!」夕は一瞬そちらに残念な顔をして、磯野に水面下に沈められる。
磯野波平と風秋夕は、半分ふざけて、半分本気で、生死を分ける戦いを繰り広げている。
「イナッチは?」葉月は稲見に言った。「結婚するなら、誰がいい?」
「そうだね。美味しくご飯を食べる人がいい」稲見は頭を思考させる。「本を読む人も、映画を観る人も、好きだね」
「ちゃ、乃木坂なら、誰? て事よ」葉月は説明した。
「乃木坂でいうなら………」稲見はとにかく頭を思考させる。「葉月ちゃんかもしれない。あ、梅ちゃんかもしれないね」
「美味しそうにご飯食べるからだ」楓は稲見にきく。
「そうだね」稲見は頷いた。
「波平くーん」葉月は磯野を呼ぶ。
「ああ?」
風秋夕を片手で水中に沈めながら、磯野波平は前髪をかき上げて、向井葉月に振り返った。
「結婚するんなら、乃木坂で誰がいいとかある?」葉月は磯野にきく。
「ねえ!」磯野は即答した。「潜ってろてめえはっ!」
「きき方が公平じゃないよ」稲見は笑みを浮かべて葉月に言った。「波平、結婚する人を、乃木坂から選べと言われたら、誰?」
「あー?」磯野は顔をしかめて、あごを触る。
「ぷはあっ!」
「たまちゃんと結婚したら、幸せになれんだろうなぁ」磯野は珠美に微笑んだ。「うっし、たまちゃん、結婚しようぜ!」
「いやーだよ」珠美は苦笑する。
「がちょーん……」磯野は顔をしらけさせる。
「ハァ、ハァ、殺す気かっ!」夕は憤怒する。前髪をかき上げる。「っふう! ……だいだい、俺達ファン同盟に、結婚願望ある奴なんていないんだ」
「そゆこと」磯野はにかっと笑った。
「まあね、うん」稲見は頷いた。
「乃木坂という歴史を、どこまで追いかけていけるか、って集団だからな、俺達は」夕は微笑んだ。「乃木坂と結婚できちゃったら、任務完了しちゃいそうだからね。一人でも好きだけど、みんなの事も好きでいたい」
「欲望の塊だね、俺達は」稲見はくすくすと短く笑った。
「プライベートで彼女って作らないの?」美月は男子達に、興味津々できいた。
「違反だよ」稲見はすかさずに答えた。「恋人を作るのはルール違反だ。恋の対象は乃木坂だからね」
「そういうわけで作ったわけじゃないんだけど……」夕は言う。稲見を驚いている。「彼女とか、彼氏とかいるとさ、乃木坂への好きがなんか減りそうじゃん? だから、心を支配して縛るものはルール違反にしたんだ」
「そうだったんだ……」稲見は呟いた。「恋人は乃木坂なんだと思ってたけど……」
「そんなの、自由意志じゃないの?」夕は稲見を一瞥した。「俺なんかは、乃木坂はほとんど神格化してるから、ほんとは神様みたいな存在だよ」
「だ女神、だな」磯野は腕組みをして言った。
「恋愛と同じだよ、俺の場合は」稲見は納得しながらそう呟いた。
「恋の奴隷って感じ」磯野は囁く。「亀甲縛り、て感じ」
作品名:忘れないをポケットに。 作家名:タンポポ