甘求者
のらりくらりとかわす宗矩に適当な冗談を投げても冗談で返されてしまうだけ。
相手の真意は見えないままだが、このまま無為に過ごすのもどうかと思った左近は、杯の中身をすべて飲み干して席を立った。
「ゆっくり話したくても片一方にその気がないなら時間の無駄だ。俺はこの辺で失礼しますよ」
「まあそう急ぎなさんな。…意外とせっかちさんだねェ」
そう言ってこちらの杯を酒で満たし、着席を促してくる宗矩に左近は先ほどと同じ質問をぶつける。
「……天下の柳生さんが、しがない牢人になんの用ですか」
面倒なことは御免ですよと更に低い声音で呟くと、宗矩は一度酒を煽ってから思案げに目を閉じた。
「んー、なんて言うか……逆、なんだなァ」
「逆…?」
わけが判らず復唱するこちらに、とりあえず座ってと体よく勧めてくるあたり食えない男だ。
左近が不承不承あぐらをかいて座りなおすのを確認すると、宗矩は難しそうに眉根を寄せて言葉を選びながら続ける。
「お宅があの島殿だからとか、牢人だから声をかけたんじゃなくて……声をかけた御仁がそうだった、ってこと。」
「……つまり、俺に声をかけたのは偶然だと?」
胡乱げに訊ねるこちらに宗矩はそうそうと首肯していたが、不意に細い目に強い意志を揺らめかせて ああでもねと付け足した。
「甘味処で島殿の隣陣取ったのは、偶然なんかじゃあないよォ」
そういえば宗矩は会った当初、初めて会った気がしないと言っていた。
ということはやはり自分たちは以前どこかで顔を合わせたことがあるのだろうか。
まあ同じ大和の住人。すれ違うことはあるかもしれないが、こんな大男と関わったら間違いなく記憶に残ると思うのだが…
真剣に過去を振り返るこちらを見つめる相手の瞳に、雄の炎がちらついた。
妙に熱い視線に左近が気づいて顔を上げると、くすりと愉しそうに宗矩は笑う。
「…なんとなく気になって……気がついたらおじさん、ついてっちゃってたよォ。これが一目惚れってやつかなァ」
「そりゃ光栄ですが……あんたが言うとぞっとしないね」
「うん?」
初めて会ったばかりの男にいきなり接吻をしてくるような男に、一目惚れなどという単語を使われるとそういう趣味がある人物に思えてくる。
宗矩はこちらの台詞の意味することが判らなかったのか、一度問い返すように小首を傾げたがすぐに合点したらしく笑みを深くした。
「だってそういう意味だもの。接吻よりすごいこと、してみるかい?」
「あー…遠慮しときますよ」
どうやら本当にそういう趣味の御仁らしい。
珍しいといえば珍しいが、別段驚くほどでもなかったので微妙な笑顔をもってやんわり辞退したのだが。
「とか言って、本当は期待してるんじゃないの?」
「どんな期待ですか……てかさりげなくこっち来ないでもらえます?」
じりじりと畳をこすって距離を詰めてくる宗矩から同じくじりじり逃げつつ切り返すものの、宗矩の追撃はおさまってくれない。
最終的にはいつか団子を食っていたときと同じように、大きな手に手首を掴まれてしまった。
「そんなに逃げられたらおじさん傷付くよォ」
「あんたが追っかけてくるからでしょうが…!」
「…要するに、それだけ意識してるってことかな?」
「……意識と警戒は別物だとうおっ!?」
前触れなく伸びてきた長い腕に、唐突に雄の器官を鷲掴みにされて思わず声を上げてしまった。
しかもその手は形を確かめるように怪しげに蠢いている。
「ちょ、柳生さん…!」
「へェ…立派なもの持ってるじゃない、島殿」
「いやあの今言われてもまったく嬉しくないんで離してください」
「どれどれ…」
…聞けよ!
つーか離せよ!
揉み込むような動きに変わった手つきに、最盛期こそ過ぎたが未だ現役を誇る息子が反応しかけている。
万が一にも男の手で勃起したとあってはそれはもう大事件だ。
なんとか掴まれていない側の手で阻止しようとするが、宗矩はするりと左右の手を入れ替えてそれまで股間をまさぐっていた手でこちらの両の親指を捉えていた。
まるで先ほど見た無刀取りの演武のような鮮やかさに左近が瞠目していると。
「島殿のご立派な刀、もう拙者の手の内だよォ」
「…上手いこと言ったつもりかもしれませんけど、全然そんなことありませんからね」
これぞ無刀取りの真骨頂などと得意気に言ってのける宗矩だが、それが本当なら無刀取りは他に類をみない最低の技だ。