甘求者
達したあとの余韻に浸る暇もなく、左近は肩を強引に押されて脱力した体を仰向けに倒された。
直後、親指を掴まれた両腕を頭の上に挙げさせられ、気付いたときにはいつの間に引き抜いたのかこちらの腰紐で手首を縛り上げられていて。
まだ力が入らないながらもはっとして体を起こそうとしたとき。
「動かないほうがいいよォ…?」
のんびりした口調とは裏腹に、どんっという乱暴な音が続いて手首に衝撃が走った。
痛みはなかったので構わず左近が起きあがろうとしたのだが。
「え、あれ…?」
腕が、動かない。
しかし、宗矩は久々に自由になった両手でいそいそとこちらの袴を更にずり下げて、胸元の袷まで引っ張って俺を脱がしている。
自分の身になにが起こったのかと左近が頭で畳を擦って恐る恐る頭上の手元を見やると、柄のようなものが視界に入った。
「…?」
更に首を巡らせて手首を見てみると、柄の先にはそれほど長くはない刃渡りの刃がついていて、手首を戒める腰紐の結び目を貫き畳に縫い付けて……い、て…?
「…これはまた、随分危ないこと平気でしてくれるね…」
「だから動かないほうがいいってちゃんと言ったでしょうよ」
「言えばいいってもんじゃ……ていうかあの、何してんですか」
あの勢いで小太刀を突き立てたのだ、一歩間違えば手を貫いていたかもしれないというのに、天下に聞こえる大剣豪はひとりのおっさんを全裸に剥くことに夢中になっていた。
「…正気ですか。俺男で、ここ飲み屋なんですが」
ダメ元で注進してみるが、一度達してしまった時点で左近も色々と諦めがついていた。
とりあえず店の者にバレているかいないかは置いておいて、暫くは大和から離れよう。
遠い地で何かをやり直すべきだと思う。
そんな覚悟をさせやがった元凶の男は、自分の襟元も寛げて覆い被さり、固くいきり立ったモノをこちらの太股に擦り付けて少し困ったように笑った。
「こんな状態じゃ…正気じゃないかもねェ」
「ちょっと……デカくしすぎじゃ、ないですかね」
触ってもいないのにギンギンに勃起した相手の逸物に顔が引き攣る。
だって、この男は俺を抱くつもりなのだ。
男が男を抱くということはつまり尻の穴に性器を入れるということで。
コレがソコに入るとは到底思えない。
「そんな不安そうな顔されると苛めたくなるんだけどなァ」
「不安を遙かに越えて絶望してるのが判らないんですか」
「でもココ使うの初めてみたいだし、おじさん初心者には優しいから。安心安心」
「……」
人の話を聞け。
加えて言うなら一方的にイかせて刃物で拘束し、これから犯すぞという人物を優しいと評する者など存在しないと思う。
そして自らを正気じゃないと判断する男に抱かれそうになっている俺は一体…
左近が悶々と己の行く末を案じていると、宗矩は懐から何かを取り出した。
無骨な手のひらにすっぽり収まってしまうそれは見上げる形になっているこちらからは確認できないが、蓋を開けるような気配から何かの容器であることが判る。
怪しい薬か何かかと内心身構える左近に、宗矩は目尻を下げて笑った。
「大丈夫だよ島殿ォ。気持ちいいことしかしないって」
「……目の奥が笑ってませんが」
「ん? だあって…目の前に据え膳があったら……ねェ?」
同意を求められても困るし、そもそも据えたのはあなたでは。
言ってやりたいことは山のようにあるが、なんの前触れもなく突然尻に冷たいものが当たった途端文句の数々は霧散してしまった。
「うおっ!?」
「ああ、申し訳ない、ただの軟膏さァ。すぐに馴染む」
「いやっ、てかそんなとこ…」
平然と他人の尻の穴の周りにそれを塗り込んだかと思えば、躊躇なく指が軽く侵入してきて怖気のようなものが肌を走る。
しかしひとまずの目的は軟膏を塗り付けるところまでだったようで、宗矩の指はすぐに離れていった。
「…腕に多いのかなァ」
「何が…」
「んー、刀傷。文字通り肉を斬らせて骨を断つ、ってやつかい?」
言いながら、宗矩は腕や胸に走る古い傷痕に指を這わせる。
「そんな、格好のいいもんじゃないですよ…」
思わせぶりな触れ方に体が固くなり、達したばかりだからかいちいち敏感に反応してしまう。