彼方から 第四部 第四話
だのに、何故だろうか……心がどこか――落ち着かないように思えるのは……
この町に立ち寄ったのは偶然に過ぎない。
ノリコの体調不良も、見知らぬ男に無理に連れて行かれそうになったのも、そして、それを助けてくれた女性が、この町の町長の娘であったことも、祭の主役である、祭神の身代わりを務めることになったのも――――
全て偶然であるはずなのだが、何故だろう……何もかも、『誰か』の予定調和の中にあるように思える。
自らの意思で決めたことであるはずなのに、何かとても大きな流れの導きの中に居るような……そんな気がしてしまう。
同時に――
足下に静かに漂う『靄』のような、掴みどころのない『不安』も感じている。
自分たちが置かれた境遇のせいもあるのだろうが、それだけではないような…………
喜びに浮き立つ花祭の広場。
こんな場に居るからだろうか……そんな風に感じてしまうのは……
「イザーク、行っていい?」
「…………」
不意に訊ねられ、思考が途切れる。
咄嗟に切り替えが出来ずイザークは暫し無言で、愛らしく満面の笑みを見せてくるノリコに、見入っていた。
***
彼女がニーニャと交わしていた話の内容を思い返す。
――確か
――祭の催し物の方を指さしていたな
その『催し物』の方を見やると、確かに何人もの女性が、高い台の上から如何にも楽しそうに、飛び降りている姿が眼に入ってくる。
つい、心配になる。
「…………おまえ、大丈夫か? 昨日まで熱があったのに……」
彼女は一応、病み上がりだ。
本当に何人もの女性が平気で飛び降りている様を見るに、下に張られているという皮の安全面は確かなのだろうとは思うが、それでも、出来れば……
「激しいことはあまり………」
……させたくない。
だが、しかし――――
「おう! 行ってこい、行ってこい! おれ達はここで待ってるからよ」
ノリコの体のことを案じるイザークの思いと『しない方がいい』という言葉は、いきなり後ろから回されたカイザックの腕と言葉で、遮られてしまっていた。
「うん! 熱なら、もう下がったから大丈夫よ!」
明るく、元気な返事。
ノリコはニーニャたちに手を引かれ、催し物の台の方へと足取りも軽く、向かっていく。
成す術なく、その様を見送るイザークに、
「過保護もな、過ぎると束縛になるぜ――あんちゃん」
カイザックは『大人の余裕』とも取れる言葉を、ウィンクと共に投げ掛けていた。
「――――っ!」
一瞬、頬が紅潮する。
昨夜もそう言われたばかりだ。
自分でもよぉーく分かっていることだけに、改めて言われると尚、恥ずかしい思いが先に立つ。
己の男としての『器』がとても小さなものに思え、それをカイザックに見透かされたような、そんな気がして思わず――
「離せっ」
少し手荒く、彼の腕を振り解いていた。
「おおっと!」
振り解かれた勢いと、慣れない松葉杖を使っているせいもあるのだろう。
カイザックの体が少し、よろける。
「あ……」
倒れそうになるのを見止め、イザークは慌てて、彼の体を支えていた。
「おれはケガ人なんだぞ、手荒に扱うなよ」
「済まない……」
至極もっともな言い分に、返す言葉もない。
あのくらいのことで、少し感情的な行動に出てしまった己を、心の中で叱咤する。
杖を支えに、カイザックが体勢を整えたのを確かめ一息吐き……ノリコが向かった催し物の方へと足を向ける。
やはり気になる…………
女性専用の催し物に、参加する訳にはいかないがどうにも――落ち着かない。
だが――
「待った、どこへ行く」
行き掛けた袖口をカイザックに掴まれた。
しかも、
「この、すけべ」
という、セリフ付きで……
「…………っ!」
眉を顰め、思わず振り向く。
『何を根拠に』と、そう思う。
そんなイザークに、カイザックは然も当然と言わんばかりの顔で、
「あそこは、男はあまり近づいちゃいけねーんだよ」
そう応える。
「気をつけて飛んでもやっぱりめくれるだろ、スカートが。……見たいのか?」
続けられた言葉の中に含まれた『意』を察し……
「…………………」
イザークは無言で固まり、頬を赤く、染めていた。
「――わかった」
致し方なく足を止め、
「ここに居ればいいんだろ」
ぶっきらぼうに応える。
言葉通り『ここ』には居るが、瞳は自然と台の方へと、向けられてゆく……
――ノリコの姿が見えない……
自然と……彼女を捜してしまう――
頭上で揺れる提灯の淡く優しい光と、篝火に照らし出される台。
参加しようと、それを眺めようと、それを、見守ろうと……周りに集まる人々。
場から離れ一人、想うの女性(ひと)の姿を求め佇む、その様は物寂しげで――
「なんだか……置いていかれた子供みたいな風情だな……」
傍で見守るカイザックの眼には、そう、見えていた。
***
『なんだか……置いていかれた子供みたいな風情だな……』
――置いていかれた
――……子供……
カイザックの意外な言葉に――
だが、あまりにもしっくり来てしまうその言葉に――
イザークはゆっくりと眼を見開きながら、彼を見やっていた。
「あ、ノリコとうちのカミさん。あーあ、お義母さんまで」
半分、呆れ気味に……残りの半分は『しょうがないな』とでも言うように、カイザックは飛び降り台の上に姿を現した三人を見やり、微笑む。
共に――台を見上げる。
おれは時々
自分が恐くなる
台の飛び降り口に立つ、ノリコの姿を瞳に捉える。
ノリコがいなくなったら
思っていたより以上の高さに、少し、怖気付いたのだろう。
躊躇いの表情が浮かんでいるのが、見て取れる。
おれは、どうなるのだろう……
そんな彼女にニーニャが笑顔で、声を掛けているのが見える。
お手本を見せる為かあるいは単に、自分が楽しみたいだけか……町長が先に、掛け声と共にスカートを抑えながら、飛び降りて見せた。
下に張られている皮の周囲を取り囲む、大勢の女性たちから幾つもの呼び声が掛かる。
続いて飛び降りたニーニャの『ジャンプ二回転』には、眼下の女性たちから歓声が沸き上がっていた。
彼女と出会う以前は
一人など平気だった
『え! あたしそんなのできないー』と……
二人の見事な演技(?)を前に、驚くノリコの声が良く聴こえる。
それでも、意を決したように飛び降り口に立つノリコ……
いや
むしろ楽だったのに
『えいっ!』と両腕を前に突き出し、思い切り良く――
張られた皮に敷き詰められた花々目掛けて、飛び込んでいた。
一呼吸の間を置き……
ボスン――と、花々が柔らかく、ノリコを受け留めてくれた音が聞こえた…………
バリッ!
「きゃあ!」
ドサァッ――
続け様に聞こえた、悲鳴と音。
そして――――
作品名:彼方から 第四部 第四話 作家名:自分らしく