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自分らしく
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彼方から 第四部 第四話

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 町長はそう言い置くと直ぐに、捜しに来た男の人と共に駆け出していた。
「あ……はい」
「頑張って…………」
 笑顔を見せてはくれたものの、些か……焦ったような様子が見受けられる。
 二人は小さくなってゆく町長の背中を、戻ってきたイザーク、ノリコと共に怪訝そうに、見送っていた。

          ***

 人で溢れかえる祭の広場。
 まだ、夜は浅く、露店を覗き込む人の波は絶えることなく続いている。
 男はよほど気が急いているのか……やっと見つけた町長の手を取り、足早に、町舎への道を進んでゆく。
「ねえ、占者は何て言ったの? また、カーン参議が何か企んでるの?」
 手を引かれ、男の歩く速さに何とか付いていきながら、不安げに訊ねる町長……
「いえ、それが――」
 男は足を止めることなく応える。
「動き出したと……」
 占者の言葉をそのまま、
「すべての元凶が」
 困惑と不安に満ちた眼を向け、まるで……

「動き出したと…………」
 
 ……得体の知れぬ『何か』を、恐れるかのように――――

          ***

「何かしら急に」
 一応、『遊んでて』と言われたまま、祭の広場に残ったものの……
 『町長の娘』としてはやはり気になるのか、人の波に紛れてゆく母の背中を見やりながらポツリと、そう呟く。
 寄り添うように歩み寄ってくれながら、
「町長さんともなると、大変ですね」
「そーね」
 町長の労苦を想って、掛けてくれたのであろうノリコの言葉に、
「でも母は、この仕事が好きだから」
 ニーニャはそう言って笑みを返していた。

「ちょっと、おとぼけているけど――」
 ゆったりと揺れる提灯。
 ぼんやりとした灯りの下、祭を楽しむ人々の様子を、少し感慨深げに見渡す……
「真面目に町政のこと考えてるわ」
 日々の、母の『町長』としての仕事ぶりを思い出しながら、
「前の町長は汚職とか野放しにして、遊んでばっかりだったもの」
 ニーニャは『町』のことを少し、口にしていた。
 『そうだな』と……
 彼女の言葉に同意するように頷き、
「前町長は、カーン参議の息のかかった人形さんだったな」
 カイザックは妻の語りに言葉を重ねてゆく。
 ……広場を、散策するように歩き出す。
「お義母さんは、ワイロなどを上納金として、奴に渡したりしないからな」
 擦れ違う人々から向けられる、何気ない視線を感じながら、
「おかげで、お義母さんが当選してから、この町はカーンの風当たりが強くなった」
 以前の『町政』の有様がどのようなものだったのか……窺い知れるようなセリフを、並べてゆく。
 『お義母さんはワイロ自体、受け取らないけどな』と、自慢げな笑みを浮かべながら――――

 カツン……
 カツン……と。
 一歩ずつ、ゆっくりと、松葉杖を突きながら、前を行くカイザック――
「カーンは、自らが中央政府で伸し上がって行くために、金が必要なんだ。彼が町へやって来た時、おれも会ったけど……そのことしか頭にないって感じだった」
 嘆息が……
 言葉の合間から、聴こえてくるような気がする。
 広場を満たしていた騒めきが小さく――どこか遠くで聴こえているような、そんな気がしてくる。

          ……カツン……

「なんでだろ…………」
 杖の音が、耳に残る。

          ……カツン……

「なんで、そんなバカばっかり出世すんだろ……」
 答えの出ない、疑問。

          ……カツン……

「なんで、一番大事な中枢部に蔓延るんだろう」
 やるせない想い。

          ……カツン……
 
「どの国も、どの国も――最近のこの世界は……」
 ……憂いが募る。

          ……カツン……

「まともな頭を持った人は、どんどん、消えていくし…………」
 どうにかしたくても出来ない歯痒さに、カイザックは口惜しさを滲ませ、言葉を紡いでいた。

          ***
 
 あれほど満ちていた喧騒が、ノリコの中で、霞んでゆく……
 世界を、国を想うカイザックの言葉は胸に静かに落ち、ある人の影を――思い起こさせた。

 ザーゴの国、ジェイダ左大公――彼の人のことを……



 穏やかな人だったと、覚えている。
 人柄も良く、話し方もその物腰も、穏やかだった。
 クーデターの汚名を着せられ、ケミル右大公の手から必死に逃げていた。
 その彼の警備隊員として、行動を共にしていたバーナダム。
 左大公の二人の息子。
 この三人はとても仲が良く明るくて、二人の息子は父親と同じく、穏やかで人が良かった。
 
 今……
 どうしているのか――
 
 ……元、灰鳥の女戦士、ガーヤ。
 彼女の姉で占者のゼーナ。
 その助手をしていたアニタとロッテニーナ。
 元傭兵のアゴル。
 彼の娘、幼き占者ジーナハース。
 ナーダの城で親衛隊をしていたバラゴ。
 数奇な巡り会わせで出会った人達……

 各国で同じように失脚していった人達を、捜す旅に出ようと言っていた――――

 彼らのような人達を求める声が、そこかしこから聞こえる。
 今の世を憂う、そんな人達からの声が、聞こえてくる…………
 
 カイザックの言葉は、ノリコの胸にそんな想いを宿らせていた。

          ***

「おれ、やっぱりお義母さんのところに行くわ、足も痛えし、気になるし」

 ふっ……と、喧騒が戻ってくる。
「あたしも」
 夫の言葉に即、同意を示すニーニャ。
 カイザック同様、いや、もしかしたらそれ以上に、町長である母のことが気になっていたのかもしれない。
 ゆっくりと踵を返しながら、
「なあ、あんた達さ」
 不意に、カイザックが声を掛けてくる。
 眼を向ければ、笑みと共に、
「このままこの町に残ったら? 職ならあるぜ」
 そんな申し出をしてくれる。
「彼女がいるんなら落ち着いた方がさ、もう宿の心配とかしなくていいし」
 と……
 それは、その『想い』はイザークの胸の片隅にいつも――――いつも『在る』、想いだった。
 ……けれど――

「いや……」

 頷くことはできない。
「お言葉は有難いが、おれ達は明日の朝、ここを出ていく」
 ノリコの身にそっと手を添えながら、イザークはそう、応えていた。

          ***

 ――そういえば
 ――あたし達成り行きで
 ――本名のまま彼らと接していたな

 ――逃げてる身で
 ――それってまずいかもしれない
 ――イザークもそれを考えているのかな

 優しい、イザークの手の温もり。
「そっか……」
 少し残念そうな表情を見せるカイザックとニーニャを見送りながら、ノリコはふと……
 自分たちの置かれた『現実』を、考えていた。
 
 二人きり――
 提灯や篝火に照らされ、人々の明るい雰囲気に満たされた祭の広場を、そぞろ歩く。
 露店を見回り、覘き込みながら……他愛のない会話を交わす――
 彼の隣で、彼の腕を取り、彼の笑みを見上げながら…………
 並び歩くこの一時に――――『幸せ』を感じる。

 先刻のカイザックの申し出……
 それを想うことは確かにある。
 町から町へ、転々と旅をして歩く中でやはり……