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水 天の如し

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 ポンッと鱗滝に肩を叩かれ、わずかに眉を下げ、深い深い息を吐く。錆兎のそんな様子は、初対面時からのいっそ横柄とも思える態度からは遠くかけ離れていて、ずいぶんと頼りなかった。
「鬼の始祖……そいつが元凶なんですね」
 重々しくうなずいた面の翁――鱗滝老師が、ひらりと空(くう)で手を振った。次の瞬間にはその手には一本の巻物が握られている。もはや驚くことでもない。不思議なことはお腹いっぱいというのが、炭治郎の本音ではあるけれど。
「さて……炭治郎、おまえは卦を知っておるか」
「へ? 卦ですか? えっと、占いですよね。村にも興行師たちと一緒に八卦見がくることがありましたから、知ってます」
 ふたたびうなずいた鱗滝が、シュルリと巻物を解く。
「人の命数とは天によって定められておる。またそれは、人と人との縁(えにし)にもおよぶ。人は誰もみな、その定めからは逃れられぬ。だが……はるか昔、ただ一人、天の理(ことわり)から外れた者がいた」

 それが、鬼の始祖――鬼舞辻無惨。

「ここに一つの卦が残されている。おそらくはおまえも知っておるだろうが」

『その者、陰を凝結したが如き闇を身に宿す、陽を憎む魔道の徒なり。不老不死の術、身につけし其(そ)、とき来たれば、国を焦土とせんと動き出さん。地は異形の者ども跋扈し、人、苦鳴に沈む。されど天は其を阻止せんと、大王のもとに九柱遣わせたり。大王の命に従い九柱打ち揃いしとき、日輪降(くだ)りて十聖(じっせい)となす。十聖、陰を晴らし魔を打ち砕く、破魔の剣とならん。陽の気満ち満ちて、日輪、地を照らし、陰の気ことごとく滅するものなり』

 滔々とした声で巻物を読み上げた鱗滝に、炭治郎は、少しばかり戸惑いながらもうなずき返した。
「はい。この国に住んでたら、小さい子だって知ってますよ」
 それははるか昔、興国から伝わる伝承だ。
 群雄割拠した戦国の世に、一人の英傑があらわれた。それが諸国を併呑(へいどん)し民を導いた現王朝の祖、産屋敷家の始祖である。
 泰平の世が訪れたと人民みな喜びにわいたが、王朝の始まりからまもなくして、その不穏な卦はもたらされたと民間にも伝わっている。
 だがそれは、あくまでも言い伝えだ。恐ろしい異形の怪物が襲ってきても、天が偉大なる大王さまのもとにお味方を送り届けてくださる。だから安心していいんだよと、大王の威光を子に伝えるために口伝される、おとぎ話ではないのか。
「この卦に残された陰の者、それが鬼の始祖、鬼舞辻無惨だ。高祖たる産屋敷初代大王の兄であったと、秘匿された王家の書には書き記されておる」
「……初代大王の、兄? ま、待ってください! 二百年は前ですよ!? 不老不死って……仙人なんですかっ?」
「まさか。あんな輩に仙骨があるはずない。道士と呼ぶのもおこがましい。だから、天の理を外れた輩だと言ってるんだ」
 錆兎の声は吐き捨てるようだった。
「鬼は、鬼の血に毒され増える。鬼舞辻の血によって鬼になるんだ。襲われた人の大半は、そのまま食われる。だが、ときに生き残るものがいる。鬼たちの血に含まれる鬼舞辻無惨の血の因子、それに対応できたものが鬼になる。おまえの妹のように……」
 息を飲み、炭治郎はギュッと拳を握りしめた。
 正直言えば、なにもかもが奇想天外すぎて、頭が理解を拒んでもいる。だが、錆兎の憎しみは本物だ。禰豆子が鬼と化したこともまた、どれだけ悲しくとも現実である。
 信じられないと切り捨てることは簡単だ。だがそれではなにも救えるものはない。
 小さく深呼吸し、炭治郎は強い眼差しをキッと鱗滝と錆兎に向けた。

「教えてください……全部」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ご飯の支度できましたよぉ」
 卓の上には、湯気を立てる粥や翡翠餃子、人参入りの湯円(タンユェン)、ところ狭しと並べられた料理の数々。豪勢なごちそうはさすがに手に余るが、習った薬膳は家庭料理とそう変わらない。それならば母の手伝いもマメにしていた炭治郎にはお手の物だ。
 スンッと鼻をうごめかせ、炭治郎はニンマリと笑った。
「うん、いい匂いだ」
 満足げに独りごちれば、返答はすぐ後ろから。
「本当、いい匂いだねぇ。禰豆子ちゃん、食べられないの残念だね」
 ひゃあっ! と飛び上がり、慌てて振り向けばニコニコと笑っていたのは、予想通りの人物だ。
「真菰刘姐(姉さん)! いきなり現れるのやめてくださいよって、いつも言ってるのに」
「もぉ、炭治郎こそ、よそよそしい呼び方しないでっていつも言ってるでしょ?」
 ちょんと鼻先を突かれ、思わず炭治郎の頬が紅潮する。
「ごめんなさい」
「わかればいいの」
 クフンと笑う真菰の顔は、実に愛らしい。凄く年上の人だからとは口に出さなくて正解だ。頭をかく炭治郎の袴褶(ズボン)がクンッと引かれ、炭治郎は見上げてくる幼い顔に相好を崩した。
「禰豆子、真菰にいっぱい遊んでもらったか?」
 頭をなでてやれば、うれしそうに目を細めうなずく禰豆子の姿は、とても幼い。見た目は幼女でしかなかった。鱗滝老師の手によって暗示と封印を施された禰豆子は、人を食わぬ代わりに眠ることで体力を補うようで、よく眠る。幼い姿も、体力の消耗を防ぐため、本能的にとっているものらしい。
「蹴鞠したんだよねぇ。禰豆子ちゃん、とっても上手だったよ」
 口枷のためにまったく話せぬ禰豆子に代わり答えた真菰も、姿形ならば幼いと言えよう。狭霧山を訪れたころの炭治郎と、その姿はさして年の差を感じさせない。十三、四の少女の容姿である。錆兎と義勇が出逢ったころから、真菰の姿はなにひとつ変わっていないらしい。
 錆兎にとっては同年代の初恋の少女が、いつのまにかずっと年下になったようなものだ。それでも恋心は変わらずに真菰へと向けられているというのだから、一途な人だなと微笑ましさは増すばかりである。

 真菰は、旱(ひでり)の折に水神へと捧げられた、生贄だったそうだ。五穀五葷三厭(ごこくごくんさんえん)を絶ち、一心に天に祈ること七日七晩。命脈尽きるそのときに、仙へと召しあげられたと真菰は言う。以来、真菰の姿は齢を重ねることがない。
 幼い少女が村のため人のためと、命を捨てて身を捧げたのだ。語る真菰はあっけらかんとしていたが、禰豆子や花子の姿と重ね見て、炭治郎の目には思わず涙が光ったものである。
 真菰のように徳により天仙の託宣をうけ入仙した者を、飛仙と呼ぶ。
 一方、鱗滝は地仙だ。修業と徳を積み、己の力で仙人になった。それもまた、どれだけの苦労があったのか。自然、頭が下がる。
 鱗滝と真菰の実年齢はさほど変わらぬようだが、思考は姿に寄り添うのか、真菰はまるで孫娘のように鱗滝を慕っていた。
 いずれにせよ、ただの焼き物職人の子であった炭治郎にとっては、二人はまさしく雲上人である。だが鱗滝も真菰も、たいそう気安く炭治郎たちに接してくれた。もちろん、修業の厳しさは別として、だ。
 とくに真菰は、炭治郎と禰豆子をまるで弟妹のように慈しんでくれている。禰豆子が鬼であることを、承知の上でだ。ありがたいことだと、炭治郎の感謝は尽きない。

「真菰、帰ってたのか」
作品名:水 天の如し 作家名:オバ/OBA