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水 天の如し

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 それに男は甲冑だって着けていない。下級の軍人でさえ、甲冑ぐらいは装備するものだ。それすら果たせぬ捨て駒の如き兵と、男の姿はどうにも重ならなかった。帯刀と手甲だけが、軍人かもと思わせる所以だ。
 とはいえ、炭治郎は兵のことなどよく知らない。大将軍ほどともなれば、陣営深くに陣取り、戦乱のなかで剣を振るうことなく酒を喰らうばかりという御仁もいると聞く。おおむねそんな不名誉は、講談のなかで聞く演義(小説)の登場人物ばかりだけれども。まさかこの男がそんな不徳の輩だとも思えず、疑問ばかりが頭に渦巻く。
 亀甲の文様と臙脂からなる半身半柄の衣は、見るからに仕立てが良い。炭治郎よりもよっぽどいい暮らしをしているに違いなかった。もしも軍人だとしても、貧しさに食い詰めて兵となったわけではないだろう。
 男はまだ若かった。落ち着いてよくよく見れば、やけに整った顔立ちをしている。均整の取れた体つきと、癖の強い黒髪、肌は白い。けれども異形の女のような生白さではなく、清らかな新雪を思わせる肌だ。衝撃的なことばかりで、いまだ現実味が薄いのか、炭治郎の目には、男はまるで戯曲の扇子生(貴公子役)のように映った。

「あ、あなたはいったい……」
「義勇!」

 炭治郎の問いかけが、どこからか聞こえた声にかき消された。
 声のしたほうを見れば、男が葦毛の馬で駆けてくる。雪煙を舞い立ててやってきた新たな青年の髪は宍色で、顔にはやけに目立つ傷があった。
 義勇というのが、恩人の名なのだろう。炭治郎にはまるで関心なさげに向けられることのなかった顔を、男――義勇はゆるりと巡らせ、やってきた青年を迎えた。
「錆兎」
「いきなり飛び出していくから慌てたぞ。なにがあったかは、見ればわかるけどな」
 言って宍色の髪の青年――どうやら錆兎というらしい――が、炭治郎へと視線を投げかけてきた。その瞳はわずかに厳しい。錆兎の身なりは義勇とよく似ていた。というよりも、まるで一対だ。異なるのは衣の半身が臙脂ではなく白なことぐらいだった。刀剣も、帯びている。
 思わず身をすくめ、禰豆子を固くかき抱いた炭治郎に、錆兎は小さくため息をついた。
「……その娘は?」
「まだわからない」
 炭治郎を無視してかわされる言葉は、簡潔であるがゆえに、炭治郎には意味がわからない。
「い、妹の禰豆子です。怪我をしていて……そうだ! あのっ、その馬を貸してください! 禰豆子を早く医生に見せないと!」

「無駄だ」

 義勇の冷えたそっけない声音に、炭治郎の背が凍りつく。だがそれも一瞬だ。すぐさま炭治郎は、憤りのままに眉をつりあげた。
「無駄じゃない! 禰豆子はまだ生きてる!」
「そういう意味じゃない」
「義勇、それじゃこの子には通じないぞ」
 錆兎の声は、苦笑しつつもどこか悼ましげなひびきをしていた。

 不意に、義勇が炭治郎の正面に進み出た。初めて真っ向から見た義勇の顔には、感情の色がいっさいない。炭治郎の自慢の鼻でさえ、義勇がなにを思っているのかさっぱり感じ取ることはできなかった。
 義勇からは、なにひとつ感情の匂いがしてこない。

「医者では治せない。その娘は、鬼になる」

 ひとかけらも感情を含まぬ静かな声で、義勇は言った。
 それは、炭治郎の人生を大きく変える、運命の言葉となった。


作品名:水 天の如し 作家名:オバ/OBA