二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

水 天の如し

INDEX|6ページ/30ページ|

次のページ前のページ
 

「あ……」
 鼎の装飾には、通常、饕餮紋(とうてつもん)が多く使われる。廟に参拝したときに炭治郎が目にしたものもそうだった。けれどもこの鼎には、二人の外套などと同じように波濤が刻まれていた。
 厄除の文様。錆兎はそう言っていた。けれど、炭治郎は波模様にそんな意味合いがあるなど、聞いたことがない。
「娘をこちらに。おまえは甚九郎たちにエサをやってきてくれ」
「え、でも……」
 禰豆子と離れるのは不安だ。眠っている小娘一人を殺すなど、一瞬あればこと足りる。腰の剣を胸に突き刺すのに、時間はかからない。
「殺さない」
「え?」
 唐突に聞こえた声は、錆兎のものではなかった。
「まだ」
 ふたたび聞こえた声は淡々としている。義勇だ。
「まだってなんなんですか!」
 ようやっと言葉をかけてもらえたことよりも、内容の不穏さのほうが気がかりで、炭治郎はつい義勇へと詰め寄った。それでも義勇は静かなまま、表情一つ動かさない。
「今ではなく、後でならという意味だが」
「いや、だから、まだって言葉の意味を聞いたわけじゃなくてですね! 今でも後でも、まず殺さないでください!」
「あー、もういいから。義勇、おまえが説明するのは無謀だ。やめとけ。おい、おまえ。この娘を殺すかどうかは、おまえのいないところでは決めない。それでいいだろう?」
 少し呆れて聞こえる錆兎の言葉に、炭治郎はどうにか激高を鎮めた。
「炭治郎です。竈門炭治郎。焼き物職人の炭十郎の息子です。父さんは去年亡くなりましたけど」
「そうか」
「うん、言葉をつづける気がないなら、ちょっと黙ってようか、義勇。いや、おまえが口をきいてくれるのはうれしいけどな。今はちょっと面倒だから」
「わかった」
 なんだか気の抜ける会話だ。ともあれ、このまま意地を張っても始まらない。今は素直に二人の言葉を信じるよりなかった。
「エサあげてきます」
 禰豆子をそっとおろすと、炭治郎は示された藁束を手にふたたび天幕を出た。なんだかどっと疲れた気がする。
 二頭の馬は仲良く並び、大人しく立っていた。炭治郎の手にした藁に気づいたか、長い首を巡らせ前足で雪をかく様に、なんとはなし癒やされる。
「おぉ、食事の時間か。待ちわびたぞ」
「寛三郎じいさん、あんまりはしゃぐと疲れるぞ? 年なんだからおとなしくしてなよ」

 突然聞こえた声に、炭治郎の目が丸く見開かれた。錆兎と義勇は天幕のなかだ。声も二人のものとは似ても似つかない。けれども辺りに人影などなかった。

「喋ったぁぁぁっ!!」
「やかましい! 馬が話したぐらいで叫ぶな!」

 バサリと音を立てて天幕から顔を出した錆兎と、どこかのほほんとして見える馬たちを、アワアワと交互に見やる。
「いやっ、だって、馬だし! 馬が喋るなんて驚くに決まってるじゃないですか!」
「ただの馬と一緒にするな。甚九郎と寛三郎は俺らの師である鱗滝老師(ラオシー)から借り受けている。仙人が飼っていた天馬だからな。人語ぐらいお手の物だ」
 フンと鼻を鳴らして錆兎はこともなげに言うが、炭治郎の肩がガクリと落ちたのは当然だろう。そんなこと事前に言っておいてくれよと、少しばかり思いもする。
 仙人? 喋る馬? 天馬ってなに! そんなもの、日々陶磁器を焼いて暮らしてきただけの炭治郎にしてみれば、遠い異国のおとぎ話と変わらない。
 大将軍の馬ならば、そういうものもいることぐらいは、炭治郎とて知っている。馬によってはまさに天駆けることもあるとかないとか。けれども炭治郎が住むこの山や麓の村では、仙人ですら見たことがない。仙境など行ったこともない。炭治郎の世界は、せいぜいが都までだ。
 都には宗廟も多く存在するし、辺鄙な山とはくらべものにならないぐらい人も多いとはいえ、市井の営みには変わりがなかった。街角にいるという怪しげな道士にすら、炭治郎は出逢ったことがない。
 呆然と立ちすくんだ炭治郎に、寛三郎がまた口を開いた。

「はよ、飯をくれ」
「あ、うん。ごめん」

 仰天する炭治郎になど、馬たちはまるで頓着していない。早く早くと前足で雪をかく寛三郎と、隣で呆れたようにため息をつく甚九郎に、毒気を抜かれた炭治郎は、藁を手に二頭に歩み寄った。
「はい。いっぱい食べろよ」
「おぉ、うまいうまい」
「じいさん、落ち着いて食えってば。また喉につまらせたら困るだろ」
 すまし顔をしている甚九郎も、腹の減り具合は寛三郎と差がなかったんだろう。やさしい孫のように寛三郎に注意してやりながらも、自分もむしゃむしゃと藁をほおばっている。
 そんな二頭の様子に、炭治郎はようやく頬をゆるめた。言葉を話すとはいえ、見た目はただの馬だ。可愛いものである。
 じゃあねと天幕に戻ったときには、炭治郎はもう落ち着きを取り戻していた。が、それも束の間だった。

「戻ったか。話は飯を食いながらにしよう」
「それ、どこから出しましたか!」

 炭治郎に声をかけてきた錆兎が手にしているのは、大きめな青銅の鼎だ。義勇が湯を沸かしていたものではない。天幕のなかには、そんなものが入るような大きさの荷はなかったはずである。しかも、見間違いでなければ、錆兎はその重そうな鼎を、腰にぶら下げたひょうたんから取り出した。
 少し大ぶりとはいえ、ひょうたんはひょうたんだ。あんな物が入るわけもない。もっと幼いころに一度だけ見た西遊記演義の舞台で、人を吸い込むひょうたんがあることは知っている。だがあれは作り物だ。金角銀角が持つ宝貝(パオペエ)など、実際にはあるわけがない……と、思っていたのだが。

「老師にいただいた宝貝からだが? なかに入れたものも溶けないしな。荷物を入れているだけだ。だからこんな天幕も運べる」
「便利だ」
「はぁ……そうですか」
 驚かされることばかりで、なにから飲み込めばいいのかわからない。炭治郎は、ハハハと乾いた笑い声を立てた。
 人を食う異形の怪物。人語を解する馬。大きさも重さも関係なく出し入れできる、荷袋の如きひょうたん。理解できぬ出来事は、もはや考えるだけ無駄というものだ。
 もうどうにでもしてくれ。遠い目をして笑う炭治郎を見やる義勇の目からは、なんの感情も見いだせなかったが、どことなしキョトンとしているように見えた。

作品名:水 天の如し 作家名:オバ/OBA