オニか、ヒトか。
「君の言う探し物とはなんだ?」
食べ物の匂いに、慣れたと彼は言った。
逆にいえば、慣れなくてはならなくなるほど頻回に、こういった場を訪れなくてはならないということだ。
こちらからの質問が嬉しかったのか、猗窩座は目を細めた。
そのまま気前よく教えてくれるのかと思ったが、彼は小さくかぶりを振る。
「いくら杏寿郎でも、それは言えん。だが長い間、俺はそれを探し続けている」
「鬼に必要なものということか」
「気になるか?お前も鬼になるなら教えてやろう」
「気になるが、鬼にはならない」
ばっさり切って捨てると、ちょうどうどんが運ばれてきた。
自分だけというのはものすごく食べにくいのだが、猗窩座は別段こちらを見るでもなく、卓上に置かれた調味料を摘み上げ眺めている。
…まさかとは思うが、視線を外してくれているのか?
いやそんな馬鹿なことはないだろう。
彼は鬼だぞ。人間に気など遣うはずがない。
有り得ない考えを打ち消し、煉獄はうどんをすする。
「うまい!」
「!」
当然のように口から突いて出たこちらの大声に、猗窩座の肩が跳ねた。
続けて食べ進み、止まらない「うまい」を前に彼の長い睫毛に縁取られた双眸が見開かれる。
ぽかんとしていた猗窩座だったが、しばらくすると思いきり吹き出した。
遠慮のない笑い方に、今度は煉獄が呆気に取られる。
「杏寿郎、お前っ…。何回うまいと言えば気が済むんだ」
「……」
あまりに人間くさい笑顔に、視線が奪われる。
くっくっく、と身を震わせて笑う猗窩座を見つめたまま、ぽろりと言葉が漏れた。
「君は、いい顔で笑うんだな」
途端、はっとしたように猗窩座は片手で口元を覆い隠し、気まずそうに表情を取り繕う。
「…お前のせいだろうが。まさかいつも一口毎に叫んでいるのか?」
「そうかもしれない」
「本当かっ?」
信じられん、とまたもや笑いを噛み殺す姿は、鬼というにはあまりに人間じみている。
「…鬼になる前も、君はそういう顔だったのか?」
こちらの素朴な疑問に、猗窩座は背もたれに寄りかかって軽く腕を組んだ。
「さあな。人間だった頃の記憶はない」
「存外、綺麗な顔立ちをしている。そのほうがいい」
「杏寿郎に言われると気分がいいな」
言われ慣れているのか別段気にした様子もなく、猗窩座は口角を上げた。
「それより杏寿郎。さっき俺が闘気を向ける前に俺の存在に気付いていたな?この短期間ですごい成長だ。何をした?」
気配を感じたときの話だろう。
近いうちに彼が接触してくることを予想し、気を張り詰めていたことも大いに関係していると思うが、おそらく鍛錬の成果だ。
残りのうどんを食べて「うまい」を落としつつ応じる。
「同僚に手伝ってもらったおかげだ。君の頸を斬るためにな」
「……手伝ってもらっただと?」
わずかに、猗窩座の声色が低くなる。
「同僚とは柱か?鍛錬なら俺とすればいい」
「君とはしないと前にも言ったはずだ」
「どこの馬の骨とも知れない輩に杏寿郎の相手など任せられるか」
「それを君が言うのか…」
「俺にしておけ、杏寿郎。もっと強くなれるぞ」