真白の雲と君との奇跡
夕飯を一緒にとの母の誘いは、早めに帰ると告げてきているからと断られてしまった。夕方になる前に帰った義勇に、母も千寿郎も残念がったし、杏寿郎だってたいへん寂しかった。けれども、一番ガッカリした顔をしたのは意外なことに父である。
「俺だけ噂の義勇くんに逢えなかったか」
「義勇さんはとってもおきれいな人でしたよ、父上。それにとってもやさしかったです」
「礼儀正しく躾の行き届いた子でした。千寿郎のことも気遣っていただきましたし、思いやり深い方なのでしょうね。きっとご両親に慈しまれて育ったのでしょう」
千寿郎と母が楽しげに言えば言うほど、父の眉は下がっていく。自分だけ義勇に逢えなかったのが心底無念らしい。
「父上、義勇はまたきてくれるそうです! それと、今週末なんですが研究のために少し遠出をしてもいいでしょうか。義勇と海に行くのです。稽古を休むことになりますが、いいですか?」
「それはかまわんが、遠出するなら車を出してやろうか? 週末なら整体院も休みだからな、送ってやってもいいぞ」
「あなた、週末には庭の手入れをして下さるお約束ですよ。義勇さんに早くお逢いしたいのはわかりますが、杏寿郎の邪魔をなさるのはおやめなさいな。嫌われますよ?」
うちは男の子ばかりでよかったこと。娘だったら気の利かない父で邪険にされること請け合いですと、すました顔で言う母に、父が盛大にうろたえる。
たしかに義勇と出かけるのに、父がついてきたらちょっぴり邪魔……もとい、義勇が気兼ねしてしまうかもしれない。
「すみません父上! ありがたい申し出ですが、義勇と二人で電車で行きます!」
「……杏寿郎、謝るならせめて申し訳なさそうな顔で言え」
恨めしげに言う父には悪いが諦めてくれてよかったと、内心で胸をなでおろしかけたとき。
「兄上、千も一緒に行ったら駄目ですか? 一緒に石拾いしたいです」
「……千寿郎の頼みでは断れんな」
「俺のときと態度が違い過ぎないか? 杏寿郎?」
二人きりのお出かけは、もう少し先になりそうだ。
作品名:真白の雲と君との奇跡 作家名:オバ/OBA