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真白の雲と君との奇跡

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 義勇と初めて逢ったとき、千寿郎はまだ母のお腹のなかにいた。そんな千寿郎が、今では自分の足で立ち、義勇と手を繋いで笑っている。それだけの月日のあいだ逢えなかった義勇の隣に立ち、杏寿郎もまた、手を繋いでいる。
「兄上?」
 黙り込んでしまった杏寿郎を訝しんだか、千寿郎がキョトンと見上げてくる。杏寿郎はあわてて笑みを返した。笑っていないとなんだか泣いてしまいそうだ。
「千寿郎、義勇と仲良くしてもらえてよかったな!」
「はい! あの、義勇さん。義勇さんが兄上に貸してくれたご本、千も兄上に読んでもらいました」
 うれしそうに義勇に話しかける千寿郎には屈託がない。だが、義勇はどうだろう。杏寿郎は不安を覚えたけれども、ちらりと向けられた義勇の青い瞳に、非難めいた色はなかった。
 義勇の答えをドキドキしながら待つ。すぐに千寿郎へと視線を戻して言った義勇の声にも、不快な気配は欠片もなかった。
「おもしろかったか?」
「はい! でも最後は悲しくて泣いてしまいました」
「すまん、義勇。借りた本なのに勝手に読み聞かせてしまって」
「かまわない」
 義勇の声は聞きようによってはそっけない。冷たいと言っていいほどだ。けれど、繋いだままの手は汗ばんで、熱いぐらいだった。
 杏寿郎が謝りたかった本当の理由を、義勇はきっと悟っているだろう。それでも義勇の手は、あの日のように冷たく凍りついてはいない。

 古ぼけたその文庫本を読もうとすると、手が震えて、凍りついて、動けなくなる。義勇はそう言っていた。

 いつかは返せる日がくるといいと思っているが、きっとだいぶ先の話だ。今はまだ、本の話をするのも本当はつらいだろう。だが義勇は、千寿郎の素直な言葉にも、厭うそぶりを見せずにいてくれる。
 義勇の気遣いに対する感謝や、そんな義勇の悲嘆を癒せぬ自分の不甲斐なさへの怒り。正負入り混じった感情は杏寿郎の胸で渦巻いて、乱高下を繰り返す。こんなにも心を乱されるのは、いつだって義勇のことばかりだ。

 もっと大人になりたい。義勇を悲しませるものすべてから、義勇を守れるぐらい、頼りになる大人に。思ってもまだ、自分は全然不甲斐なくて、未熟で、悔しくなるけれど。

 無邪気に笑って話しかける千寿郎に顔を向け、小さく相槌を返す義勇の口元には、わずかな微笑みが浮かんでいる。幼い千寿郎の相手をするのは、まだとまどいのほうが大きいのだろう。義勇の微笑みはいくぶんぎこちない。けれどもやさしい笑みだった。麗しい人。そんな言葉がまた杏寿郎の脳裏に浮かぶ。
 義勇の少しだけ固さの残る微笑みを見つめ、杏寿郎は、胸に強く誓う。
 いつかはきっと、と。必ず、義勇がいつでも花のように笑っていられるように、強い男になってみせるのだと。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 蝉の合唱がひびく居間の座敷で、卓を挟んで差し向かいに腰を下ろしてから、十分ほど。さて研究テーマはどうしようかと相談しだした杏寿郎と義勇は、早くも頭を悩ませていた。
「レポートだけというのはやはり地味だな。なにか標本みたいなものがあったほうがいいだろうか」
「標本って……昆虫採集?」
 提案というには、義勇の声は浮かなげだ。よく見なければわからないほどではあるけれど、眉根もかすかに寄せられていた。
「義勇は虫が苦手なのか?」
 聞けばふるりと首を振る。
「あぁ、虫を殺すのが嫌なのか」
 なるほど、と、杏寿郎はうなずいた。
「じゃあ、それは却下しよう! ふむ、いざ考えるとむずかしいものだな。せっかく義勇と共同研究するのだから、よいものにしたいが……どうしたものか。図書館で調べて終わりというのも味気ないし、かといってあまり金を使うわけにはいかんしなぁ」
 勉学のためとはいえ、殺生は杏寿郎も好かない。昆虫の標本があれば見栄えはそれなりによいだろう。けれども義勇が悲しむのなら、昆虫採集は却下だ。とはいうものの、それならばなににしようかと考えてみても、なかなかいい案は浮かんでこなかった。

 エアコンをつけていない座敷は、窓も障子も開け放たれて、扇風機の風が二人の頬をなぶる。下げられたすだれでいくぶん暑さはやわらいでいるが、それでも二人のひたいには汗が光っていた。
 涼やかな風鈴の音と暑苦しい蝉の鳴き声が混ざりあうなか、話しあいだしてから三十分ほどになろうとしている。だが、一向にテーマは決まらない。麦茶の氷もすっかり溶けていた。
 杏寿郎にしてみれば、義勇と逢える機会が増えるのなら今日決まらなくてもいいかと、少しぐらいは思わないでもない。しかし、やっぱり二人でやるのはやめようなんて言い出されるのは困る。
 本当は、レポートだけでもかまわないのだ。図書館で調べものをしてまとめるだけでも十分に、自由研究としての体裁は整う。だがそれでは、義勇と逢える日が減ってしまうではないか。
 できることなら、二人でいろんな場所に出向く必要があるテーマがいい。ふたりきりのお出かけだ。考えただけでワクワクする。いや、目的はあくまでも自由研究だけれども。勉強のためだけれども、だ。少しぐらいは余禄が欲しくなってもしょうがないではないか。だって、義勇と過ごす初めての夏なのだから。

「兄上、義勇さん、千もおやつを一緒に食べてもいいですか?」
 うーんと唸っていると、座敷の襖が開いて、そっと千寿郎が顔を出した。
 二人は勉強するのだからと母に言われ、素直に自分の部屋に戻っていたのに、めずらしいこともあるものだ。聞きわけがいい千寿郎の、こんなおねだりは初めてかもしれない。ずいぶんと義勇を気に入ったとみえる。
「すまない、義勇、いいだろうか」
 ためらいなく承諾を示した義勇に、千寿郎の顔がパッとほころぶ。
 いそいそと座敷に入って来た千寿郎が杏寿郎の隣に座ると、ふたたび襖が開き、母が顔を出した。杏寿郎が買いそろえておいた茶菓やジュースを持ってきてくれたらしい。盆を置くと、母は静かに義勇に会釈し、千寿郎へと苦笑を向けた。
「ありがとうございます、義勇さん。千寿郎、あまり長くお邪魔してはいけませんよ?」
「はい! 一緒におやつを食べたら部屋に戻ります。あ、あの、それと、義勇さんにも千の宝物を見てもらってもいいですか?」
「宝物?」
 なんだと問うような視線を義勇に向けられ、杏寿郎は、アレかと笑った。
「千寿郎が集めている石だ。義勇は集めたことがないか? 石もよく見るといろんな色や形があって、なかなかおもしろいぞ! 俺も小さいころには集めたことがある」
 言って、杏寿郎はハタと目を見開いた。見れば義勇も同じようになにか思いついたようだった。
「義勇っ、自由研究のテーマは石ではどうだろう!」
「うん。川の上流と河口で違いを調べるとか、おもしろいかもしれない」
「標本にするなら、いっぱい集めないとな! 石の種類も図鑑で調べてみよう!」
 興奮して顔を近づけあう二人に、千寿郎はキョトンと首をかしげ、母は楽しそうに微笑んでいた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作品名:真白の雲と君との奇跡 作家名:オバ/OBA