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真白の雲と君との奇跡

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 なるほど、そういえばこんなのは初めてだ。義勇を心配させてしまうほど、落ち込んだ態度をとってしまったのかと思うと、悔しいやら情けないやらでますます杏寿郎は肩を落とした。
「……すまない、どうしても気になってしまって、不快な思いをさせた」
『なんで? 不快なんて思うわけない。でも、気になることって……やっぱり真菰がなにか言ったんだろう? 真菰が不躾な真似をして悪かった。あとで叱っておくから』
 真菰。そう呼ぶ声は親しげだ。杏寿郎が知るかぎり、錆兎のほかには親しくする人など誰もおらず、誰に対しても感情的になることがない義勇が、叱っておくだなんて。それぐらい、義勇と真菰という女の子の距離は近いのだ。
 それでももしも、錆兎の姉か妹だったのなら、こんなにも気になりはしなかっただろう。だが、受話器から聞こえてきた会話は、真菰という子が錆兎の家族ではないことを示していた。
 なんでこんなにショックを受けているんだろう。自分のことなのにまったく理解の範疇外だ。
 杏寿郎にだって仲のいい女の子はいた。一緒に遊んだりもしたし、電話だってしたことがある。家を行き来したりもしたのだ。いずれも小学校までの、それも低学年での話だけれど。
「ずいぶん、仲がいいんだな」
 呟くように言った声は、はからずも少し責めるひびきになった。気づき、杏寿郎はまた感じる不甲斐なさに、強く唇を噛んだ。
 義勇のことになると、自分の感情が制御できなくなる。どうしてこうもままならないんだろう。忸怩とするが、胸の奥底でフツフツと煮立つような苛立ちは、いかんともしがたい。
 昨日の自分と義勇のように、義勇が女の子とふたりきり向かいあって笑う。そんな姿が脳裏に浮かぶと、息が苦しくなった。冷静にならなければと思うのに、焦燥や不満、悲しさなどが入り混じって、胸が引き絞られるように痛くてたまらない。
『真菰か? まぁ……小さいころから三人で遊んでるし、仲はいいと思う』
「三人? あ、錆兎か」
 思わずパッと顔をあげた杏寿郎に、なおも義勇の声はこともなげにつづけられた。
『従姉なんだ。俺や錆兎と同い年で、小さいころからよくお互いの家を行き来してた。真菰は……姉さんに、よく、懐いてて……』
「義勇っ!?」
 せわしなくなった息づかいが聞こえる。苦しげな声だ。きっと今、受話器を握る義勇の手は、冷たく凍りついている。
「もういい、わかった! 話さなくていい!」
『…………ごめん』
 長い沈黙のあと、義勇はポツリと謝罪を口にした。謝る必要なんてどこにもないのに。その声は今にも泣きだしそうで、けれどもどこか口惜しさを感じているようでもある。
 また杏寿郎の胸が締めつけられる。だがそれは、さっきのモヤモヤとした正体の知れない痛みとは違っていた。

 義勇を不安がらせたうえに、つらい思いまでさせてしまうとは……なんて未熟っ! 恥を知れ、杏寿郎!

 胸中で自分を叱り飛ばし、杏寿郎は、ひとつ大きく息を吸い込むと笑ってみせた。電話では笑ったところで義勇に見えるはずもない。けれどもきっと伝わってくれると信じて、杏寿郎は明るく笑う。
「謝るのは俺のほうだ、義勇。手を握ってやれないときに思い出させた俺が悪い! つらいのなら話さなくていいんだ、気にすることはない!」
 返ってきたのはまたしても沈黙だ。今度の沈黙は、さっきよりも長かった。
『うん』
 ようやく聞こえた声は悄然として、やっぱり不思議と悔しそうに聞こえる。落胆しているようにも感じられるのは気のせいだろうか。
 どうしたと問おうとした杏寿郎の口は、聞こえてきた小さな声に閉じられた。
『義勇、もう出るぞ』
 離れた場所から声をかけたのだろう。錆兎の声は少し不明瞭だ。受話器をふさいだものか、わかったと答えた義勇の声も、はっきりとは聞こえない。
『ごめん、錆兎と学校に行くから』
「……わかった。長話してすまない! また、土曜日にな!」
『うん。千寿郎くんに一緒に行くの楽しみにしていると伝えてくれ』
「了解だ! 楽しい一日にしよう!」
 ほのかな笑みの気配を残して、電話が切れる。ツーツーという電子音をぼんやりと聞きながら、受話器をおろせぬまま杏寿郎は小さくため息をついた。
 今日も義勇は錆兎と一緒だ。わかっていたはずなのに、チクリと胸が痛い。

「杏寿郎」
「は、母上!?」

 呼びかけにあわてて振り返れば、母が台所のガラス戸から顔を出していた。まったく気配に気がつかなかった。いったいいつからいたのだろう。
「狭量な嫉妬は男を下げますよ。義勇さんを信じて泰然自若としてなさい」
「は? え? 嫉妬?」
 クスリと笑った母は、すぐに台所に引っ込んでしまった。
 わずかに聞こえてきた
「父上ではありませんが、お赤飯を炊く日も近いかもしれませんね」
 との声は、どういう意味だろう。独り言なのか、はたまた杏寿郎に向けられたものなのか。それすらわからないが、さらに意味がわからないのは、言葉の内容だ。赤飯とは、いったいなんでだ?
 だが今は、もっと気にかかる一言がある。

「嫉妬……?」

 受話器を置いて、少し呆然としつつ杏寿郎はつぶやいた。
 嫉妬とはなんのことだろう。もちろん意味は知っている。ヤキモチだ。杏寿郎の嫉妬心を母はいさめてくれたのだろうが、嫉妬した覚えなど、杏寿郎にはない。
 だってそんなの、理由がないではないか。嫉妬など、誰に? なんで?

 落ち着け、と、自分に言い聞かせる。冷静に、よく考えてみなければ。

 義勇と錆兎の仲の良さがうかがい知れる光景を目にするたび、胸の奥がモヤモヤとして、歯がゆさを感じた。悔しいし、悲しい思いがするのは、ごまかしようがない。自分を偽ったところでしょうがないのだ。そこまでは認めよう。
 なるほど、思い返してみれば、たしかにあれは嫉妬としか言いようがない感情だ。大好きな友達に、自分よりも仲のいい子がいる。それが悲しくて、悔しくて、気を引きたいと駄々をこねて怒ってみせるのは、幼さの証明めいた微笑ましいヤキモチに違いない。
 もう中学生になったというのに、これではあまりに大人げないし、狭量が過ぎる。母もあきれたことだろう。

 だが――。

 それだけだろうか。知らず腕組みし、廊下に立ちつくしたまま杏寿郎は考える。薄暗い廊下は陽射しがあたらぬぶん涼しく、外の熱気はさほど伝わってこない。けれども頭のなかは焦げつきそうだ。
 錆兎に嫉妬しているのは認めよう。中学生になったというのに、小さな子供みたいだと情けなくはなるけれど、そこまでは杏寿郎にも理解できる。チリチリとした胸の痛みに納得もいった。
 けれど真菰は? 考えると、切なさと苛立ちから吐き気までしてくる。これも悋気ゆえなら、なんて激しい感情なのだろう。錆兎のときとはずいぶんと違う。
 杏寿郎が知っている錆兎と真菰の違いなんて明白だ。性別の差。それぐらいしか、今はまだわかるものはない。ならばきっとこれが、不可解な痛みの理由だろう。
 同じ嫉妬だとして、と、杏寿郎はさらに考える。義勇が真菰と口にするたびに、錆兎に対する以上に苛々と腹が立って、苦しいぐらいに胸が痛かったのは……。

 あぁ、そうか。
作品名:真白の雲と君との奇跡 作家名:オバ/OBA