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真白の雲と君との奇跡

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 不意に思いついたその答えに、杏寿郎の肩がストンと落ちた。
 従姉とはいえ真菰は女の子だ。義勇と恋に落ちる可能性がある、同い年で仲良しな、女の子。錆兎とも……自分とも、違う。義勇の隣で笑いあい手を繋いでいても、誰もとがめない。大人になれば結婚だってできる。一生を義勇とともに過ごせる。
 そうだ。女の子であるだけで、まだ見ぬ義勇の従姉は、義勇の恋人になれる可能性があるのだ。いや、もしかしたら、もうすでに……。杏寿郎は勝手に震える手を知らず握りしめた。
 胸が痛くて、苦しくて、目の奥が焼きつくように熱くなってくる。泣きだしそうだなんて、いったい自分はどうしたというのだろう。
 義勇に恋人ができる。なにもおかしいことなんてない。真菰でなくとも、いつかは義勇にも、もしかしたら杏寿郎自身にも、恋する人が現れるのは当然のことだ。なのに、苦しいのはなぜだろう。どうしてこんなにも胸が痛い?
 杏寿郎は、震える拳で自分の胸をドンッとたたいた。物理的な痛みは、けれどその奥にある苦痛を和らげてはくれない。知らず寄せられた眉根は、深い皺を刻んでいた。

「なんでだ……?」

 思わずこぼれた呟きが、ひびく蝉の合唱にまぎれ誰に聞かれるともなく、かき消えた。
 胸が痛い。さっきまでとは比べものにならないほどに。
 友達に恋人ができるのは、喜ばしいことのはずだ。杏寿郎はまだ恋など早いと思っているが、彼氏ができたとはしゃぐ声を教室でもたまに聞く。義勇に話しかけてきていた女生徒たちも、錆兎や義勇に淡い憧れや恋心を抱えていたのに違いない。
 中学一年生。恋に対する葛藤や悩み、喜びを、抱えだす年頃に自分たちはいるのだ。思春期とはそういうものなんだろう。
 異性を気にし始めるのはきっと当たり前のことだ。自分にだっていずれはきっと、気になる女の子が現れ、恋に落ちる。そうしていつかその子と結ばれて、父と母のような仲睦まじい家庭を築くのだ。

 それは予定調和の未来なはずなのに、なにひとつ現実味がなかった。

 いつでも、いつまでも、隣で笑いあっていたい人。それは杏寿郎にとっては今のところ、義勇ただひとりだ。
 義勇にとって自分がそんな存在になれるかは、わからない。なれたとしても、まだまだ先のことかもしれなかった。だが、諦める気なんて毛頭ない。
 でも、それから先は? いずれはお互い恋人の手を取りあう未来が待っている。義勇の冷たく凍りついた手を温めてやるのは、やさしくかわいらしい女の子になるかもしれないのだ。
 生涯の友人にはなれても、そこで終わりだ。大人になればお互いに、最優先は恋人になり、その末に築くそれぞれの家族になる。どんなに楽しい時間をともに過ごしても、帰るのはお互いに愛する家族のもとだ。一番ではなくなる。それだけの関係に、義勇とはなるのだ。一等好きな友だちという関係は変わらぬままに、誰よりも大切な相手ではなくなっていく。

 なんでそれが、こんなに悲しいんだ……? どうしてこんなにも、嫌だと叫びたくなるんだ?

 昼食の支度ができたとふたたび母が台所から顔を出すまで、杏寿郎は、その場に根をおろしたように動けなかった。
 命を繋ぐために番を求める蝉の合唱が、やけに遠く聞こえていた。
作品名:真白の雲と君との奇跡 作家名:オバ/OBA