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真白の雲と君との奇跡

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 千寿郎もまた気に入ってくれたことに、杏寿郎としては微笑ましさを感じるけれど、この会話には一抹の不安もある。

 あの本は、義勇にとっては姉の形見とも言える本だ。読み返すことすらできなくなった、つらい思い出となってしまった本でもある。こんな話を聞いていて、義勇は大丈夫なんだろうか。

「そうか、ネメチェックはとても勇敢で献身的だったものな」
 言いながら義勇の様子をうかがえば、義勇と目があった。
 杏寿郎の危惧を悟ったのだろう。義勇の深い海の色をした瞳がかすかに揺れて、苦笑とも落胆ともつかぬ色を浮かべて伏せられた。
 とっさに、杏寿郎の視線は、膝に置かれた義勇の手に向かう。義勇の白い手は、梅雨のあの日と違って、震えてはいないようだ。
 安堵したものの心配なのに変わりはない。物言いたげに見つめた杏寿郎に、義勇は今度ははっきりとした苦笑を浮かべた。
「杏寿郎は?」
 問う声も震えてはいない。息苦しさも感じられず、義勇はどこまでも穏やかだ。
 白く整った顔には、淡い笑みがある。その笑みは、義勇が初めて家にきた日に、義勇の両親を褒めた母に対して浮かべたものとよく似ていた。

 そわりと杏寿郎の胸の奥でなにかがうごめいて、見逃すなと警告を発した気がした。

 なにか大事なことがこの笑みには隠されていると感じる。けれども直観は一瞬のきらめきでしかなく、杏寿郎がとらえる前に、義勇のちょっとからかうような一言に霧散して消えた。
「登場人物で」
「むぅ……あれも本心だったのだが。いや、すまん。俺はネメチェックの勇気や献身的な行動も素晴らしいと思うが、赤シャツ団リーダーのアーツがいちばん好きかもしれん。敵味方関係なく、人として尊敬に値する者を認める気概と正義感には、心打たれた。ずぶ濡れでも胸を張り去って行くネメチェックに、団員全員に敬礼を命じ自らも敬意を表したシーンが、俺はいちばん好きだ! 人の上に立つ者のあるべき姿がアーツにはあると思う!」
「……そうか。杏寿郎とアーツは、どこか似てるな」
 つぶやくように言った義勇の声にはもう、からかうひびきは見つけられない。同時に、痛みをこらえるような苦しさもまた、感じられなかった。
 それに安堵した杏寿郎は思い切って、義勇は? と、聞いてみようとしたが、聞くことはかなわなかった。心配よりも、もっと即物的な理由によってである。
「あっ、兄上! 着きました! ここですよね?」
「おぉ、そうだ。千寿郎、よく覚えていたな」
 車内アナウンスにも気づかぬほどに話しこんでいたようだ。千寿郎の弾んだ声に視線を窓に向ければ、スピードを落とした電車の窓に流れた駅名標は、本日の目的地が書かれている。
 悠長に会話をつづける時間はなく、あわてて荷物を手に立ちあがり、三人は電車を降りた。

 海水浴に行くのだろう、杏寿郎たちとともに下車する乗客は、それなりに多かった。
 千寿郎と同じ年ごろくらいの子らが、改札を出た途端にキャッキャとはしゃいだ声を立てて走っていく。親御さんだろうか。走っちゃ駄目って言ってるでしょ! と注意する声が聞こえてくる。大学生らしきグループも、弾んだ声で海水浴の話題に興じているようだ。いかにも夏休みの行楽地らしい光景である。

「みな泳ぎにきたようだな。石を拾いに行く人は少ないかもしれん」
「俺たちだけかもしれない」
 クスリと苦笑しあって、杏寿郎は千寿郎の手を取った。
「はぐれないように手をつないでいこう!」
「はい。義勇さんも」
 笑って差し伸べた千寿郎の手を、義勇の手がそっと握った。千寿郎を真ん中に三人並んで、地図を確かめながら海岸へと向かう。義勇と手をつなげないのはちょっぴり残念な気がしないでもないけれど、こういうのも悪くない。いや、むしろ幸せだ。
 夏の空はかぎりなく青く澄んで、遠く真白い入道雲が見える。

 いつまで経っても、思い出しては楽しかったと笑いあえるような日にするのだ。杏寿郎の胸は決意と期待に満ちて、寝不足なんて感じさせぬほど足取りも軽い。
 快晴の空に負けぬ晴れがましさを胸に笑う杏寿郎に、千寿郎はもちろん、義勇もどこかうれしげだ。
 仲良く手をつなぎ歩く三人を、眩(まばゆ)い陽射しが照らしていた。
作品名:真白の雲と君との奇跡 作家名:オバ/OBA