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真白の雲と君との奇跡

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 駅を出て徒歩十分ほどにある目的地、こゆるぎの浜は、海水浴客でにぎわうエリアより北側に広がっている。漁港が近く、浜辺には砂礫されきが多く岩礁(がんしょう)もあるせいか、海水浴客は少ない。磯遊びや釣りを楽しむ人向けな浜辺だ。
 海水浴のエリアは盛況なようだが、浜にはまばらに釣り客が見えるだけで、喧騒とはかけ離れた穏やかな光景が広がっていた。
 風が強いせいか波はいくぶん大きいが、今日は海に入るわけではない。夏の日射しにきらめく白波は、いっそ胸躍るほどだ。

「きれいな場所だな……」

 感嘆をにじませた義勇の声に、杏寿郎は、千寿郎と顔を見あわせ歓喜の笑みを浮かべた。
 めったにこられるわけではないが、杏寿郎にとってもここはお気に入りの場所だ。千寿郎も同様だろう。そんな場所を義勇も気に入ってくれた。胸がはち切れんばかりの高揚感に、杏寿郎はもちろんのこと、千寿郎も居ても立ってもいられないようだった。
「義勇さん、あっちです! あっちに石がいっぱいあるんですよっ」
 駆けだす千寿郎に手を引かれて、杏寿郎と義勇も走り出す。
「おい、千寿郎! 先に弁当にしよう、もう昼だぞ!」
 走りつつ苦笑すると、千寿郎がピタリと止まった。同時にクゥッと小さくかわいい腹の虫が聞えてくる。
 愛らしさに思わず声をあげて笑うと、千寿郎の顔が真っ赤に染まった。
「千寿郎くん、お薦めの場所はどこだ?」
 やわらかなひびきで義勇に問われ、頬を赤らめたまま千寿郎がキョロキョロと辺りを見まわした。
「えっと、前にきたときはあっちでご飯を食べました」
「花が沢山咲いていたところだな。よく覚えていたな、千寿郎! 時期が違うから今は咲いていないようだが……義勇、あの辺りは浜昼顔が群生していて、初夏には淡い紅や紫の花で埋まるのだ。そりゃあ見事だった!」
 ふたりが視線を向けた先に自分も顔を向けた義勇が、あぁ、と少し弾んだ声でつぶやいた。
「緑が濃くて、花が咲いてなくてもきれいだな」
「よし! じゃあ、あそこで食べよう!」
 家族との思い出の場所に、義勇との思い出が重なるのか。思えば多幸感に包まれて、自然と浮かんだ杏寿郎の笑みは、とろけるようだったかもしれない。

 電車のなかでおやつは少しつまんだが、それでも千寿郎はもう腹ペコだったようだ。ビニールシートを敷いている最中から待ちきれない様子で、目がキラキラとしている。
 それぞれ弁当を取り出したところで、グゥゥッと先ほどより大きく腹の鳴る音がして、義勇と千寿郎が顔を見あわせた。千寿郎や義勇の腹の虫では、ない。
 カァッと顔を赤くした杏寿郎に、ふたりはクフフと肩を震わせ笑いだした。
「すまんっ、千寿郎より俺のほうが腹が減っていたようだ!」
 照れ笑いしながら頭をかいた杏寿郎に、アハハと声をあげて千寿郎が笑う。義勇もおかしそうに微笑んでいた。今日の義勇はいつもの昼休みより、さらに表情豊かに感じる。
 恥ずかしさよりももっとずっと大きな幸福感に満たされて、杏寿郎も明るい声で笑った。
「さぁ、食うか! 義勇、今日もおかずを交換しよう!」
 杏寿郎がスポーツバッグから取り出した弁当は、いつも学校に持っていくものよりも大きい。母が三人分のおかずを詰めてくれたタッパーだ。
 唐揚げに玉子焼き、ぶりの照り焼きやサツマイモの天ぷら。磯辺揚げなども入った和食中心のおかずだ。色どりも兼ねてか緑鮮やかなブロッコリーや、赤く艶やかなプチトマトなども入っている。
 もうひとつのタッパーに入っていた大きなおにぎりは、杏寿郎にもちょっと多めだ。海苔で包まれたものや、とろろ昆布でつつまれたもの、はたまたごま塩がふられていたりと、見た目にも手がこんでいる。きっと具もそれぞれ違うのだろう。
 そんな弁当を見て、千寿郎が、わぁ! と声を弾ませた。杏寿郎の喉も思わずゴクリと鳴る。千寿郎のリュックに入れられたタッパーには、小さく握られた千寿郎用のおにぎりが詰められていた。
 義勇の弁当箱も大きなタッパーだ。おかずはなく、かわりに何種類ものサンドイッチが色とりどりに入っていた。
「義勇のはサンドイッチか! うまそうだ!」
「おばさんが、みんなで食べられるようにって」
「母上もそう言っておにぎりにしてくださいました」
 お互いいかにも行楽弁当らしいラインナップだ。ワクワクとした気分を抑えて、杏寿郎はまずは千寿郎の手を拭いてやる。弟の世話をするのは兄として当然のことだ。そんな杏寿郎を見つめる義勇の唇に、小さな笑みが浮かんでいた。
「杏寿郎は、いいお兄ちゃんだな」
「はい! 兄上はとってもやさしくて、強くて、かっこよくて、えっとそれから」
 目を輝かせて言いつのる千寿郎に、義勇がうんうんとうなずいているのが、なんとも気恥ずかしい。
 照れくささをごまかすように紙コップにお茶をそそぎ、千寿郎と義勇に差し出した杏寿郎に、義勇がどこか遠い目でポツリと言った。
「俺も、小さいころは姉さんに手を拭いてもらった」
 ハッと目を見開き息を飲んだ杏寿郎に気づいたか、義勇は、ためらうように一度口を開きかけ、そのままかすかにうつむいた。唇がおののいているのを見てしまえば、杏寿郎の胸に不安がよぎる。
 話すのがつらいのなら、話さなくていい。そう言って義勇の手を握ってやろうと思うのだが、なぜだか杏寿郎はそうはできなかった。
 憂慮する脳裏の片隅で、チカリと奥で光ったものはなんだろう。疑問の欠けらはやはり捕まえる前に消えてしまって、どうにもモヤモヤとする。なにか見逃してはならないサインがあった気がするのに、とらえどころがなくて焦燥に胸がざわめいた。
「義勇?」
「食べよう。腹が減ってるんだろう?」
 ごまかされた。そう感じたけれど、千寿郎の前で追及するわけにもいかない。

 それでもはしゃぐ千寿郎の明るさに助けられ、談笑しながらの食事はなごやかだった。義勇の顔にも、先ほどかすかによぎった憂いはすでになく、穏やかな顔で黙々と食べている。
 義勇は相変わらず食べながらでは話すことができないようで、口の端につく食べかすもいつもどおりだ。
 杏寿郎が家で義勇の話を頻繁にするものだから、千寿郎もそんな義勇にとまどうことなく、ニコニコと笑っていた。
「義勇、なにがいい?」
 箸を手にたずねれば、モグモグと噛んでいたおにぎりを飲みこんだ義勇は「玉子焼き」とつぶやき口を開いた。杏寿郎がアーンと口に運んでやるのにすっかりなじんでいる義勇は、ためらいがない。
「我が家の玉子焼きは、錆兎の母上と違ってしょっぱいのだ。義勇はしょっぱい玉子焼きでも大丈夫か?」
 学校ではついメインだと自分が思うおかずを選んでしまうので、玉子焼きを食べてもらったのは初めてだ。家々で味付けの異なるものだけに、ちょっぴりドキドキとしながら聞けば、義勇はこくりとうなずいた。パチリとまばたいた青い目は、義勇の口がモグモグと動くたび、ゆらゆらと波ように揺らめいて見える。
 涙など浮かんでいないのに、なぜだか義勇は泣きだしそうに見えた。ドキリと杏寿郎の鼓動が跳ねる。
「……うまい」
「そ、そうか。それならよかった」
 気のせいだったのだろうか。杏寿郎に向けられた海色の瞳にはもう、先の揺らぎは消えていた。
作品名:真白の雲と君との奇跡 作家名:オバ/OBA