真白の雲と君との奇跡
「あるんだっ!! だって、父さんたちも俺のせいで死んだんだ! 俺が絶対に応援にきてなんて言わなかったら、父さんも、母さんも、姉さんだって死ななかった! 俺が……俺が疫病神だからだ。俺が殺したんだ……っ」
くしゃりと顔をゆがめて叫んだ義勇の目に、涙が光っている。叫び声は、聞いている杏寿郎の心をも切り裂きそうに痛々しかった。
「俺は、やっぱり杏寿郎と友達になんてなったらいけなかったんだ。卑怯な裏切り者のゲレーブみたいに、後悔しながら、苦しみながら、生きるべきなんだ。そうじゃなきゃいけない。だって、悪いのは俺なんだから。それなのに……疫病神なのに、頭がおかしいのに、杏寿郎が仲良くしてくれるのがうれしくて、友達づらしてそばにいようとしたから……だから、千寿郎まで死にそうな目に」
「義勇っ!」
うわ言のように話しつづける義勇の息は、荒く浅い。まるで溺れているようにも見える。
たまらずに杏寿郎は、義勇の腕をガシリとつかみ、勢いよくつめ寄った。迫る杏寿郎に、義勇がビクリと身をすくめた。
カタカタと小さく震える様は怯え切っているように見える。ほかの誰でもない杏寿郎に、義勇は今、怯えている。
胸が痛い。義勇を怯えさせたくなんてない。けれどそれでも、激昂は止められそうになかった。
腹が立っていた。無性に悲しかった。たとえ義勇自身からだろうと、大好きな義勇を悪く言われるのは、我慢ならなくて。
ギリッと噛みしめた奥歯から、血の味がした。
「裏切り者のゲレーブ? 疫病神? 違うだろう? 君は勇敢に千寿郎を救ってくれた。事故だって誰が悪いわけでもないものだったと聞いている。頭がおかしい? 悲しみと絶望に必死に抗っていただけじゃないか! 苦しさのなかでも錆兎たちを気遣ってきた君が、そんなものであるわけがない! 二度とそんなことを言わないでくれっ、そんな言葉は聞きたくないっ!!」
まっすぐに強く見据える杏寿郎のまなざしに、義勇はそれでも首を振る。信望あるリーダーへの嫉妬から仲間を裏切り、ネメチェックを窮地に陥らせた卑怯者と同じだと自分をなじり、すべて自分のせいだと己を責める。疫病神だと自分を蔑み、杏寿郎のもとから去っていこうとしている。
かたくなな義勇に、杏寿郎の苛立ちと嘆きもいや増して、どう伝えればわかってくれるのかと焦りも生まれた。このままではきっと、義勇は杏寿郎を遠ざけようとするだろう。二度と心を開いてくれないに違いない。そしてまた沈むのだ。一人きり、悲しみの岩をいだいて暗い絶望の底へと。
「義勇さんは、ネメチェックみたいでした」
不意に聞こえた千寿郎の声に、杏寿郎の体からわずかばかり力が抜ける。義勇の濡れたズボンをキュッとつかんで、千寿郎が見上げていた。
「戻ろうって言った義勇さんは、赤シャツ団たちに水につけられて責められても負けないで、堂々としてたネメチェックみたいでした。兄上と同じで、すごく格好よかったです。助けてくれてありがとうございました」
不安げな色はあるけれども、千寿郎は義勇を眩しそうに見上げ、はにかむように笑っていた。
あぁ、そうだ。杏寿郎は深く息を吐きだした。
今、自分が口にすべきは義勇を追いつめる言葉じゃない。今、言わなければならないのは。
「義勇……千寿郎を助けてくれてありがとう。君がいたから危険な目にあったんじゃない。君がいたから千寿郎は生きているんだ。君のお陰だ。君は、誰よりもやさしく、誰よりも勇敢だと俺は知っている。頼む、俺と千寿郎を信じてくれ。君は、疫病神なんかじゃない。少なくとも、俺たちにとっては絶対に違う」
静かに義勇の目から流れた涙は、義勇の白い頬を伝って千寿郎のまろい頬に落ちて弾けた。またくしゃりと顔をゆがめて、義勇はしゃがみこみ千寿郎をギュッと抱きしめる。
ありがとう。
波音に紛れた小さな声は、それでもはっきりと杏寿郎の耳に届いた。
作品名:真白の雲と君との奇跡 作家名:オバ/OBA