残念ながら重症です、お幸せに
「なんなんですか、これ、なんなんですか? たしかに調査票をお配りしたときに真面目に答えてくださいねって言いましたよ? ええ、言いました。でも! いくらなんでも馬鹿正直に答え過ぎじゃないですか!? あれですよね、これって炭治郎くんがいないときとか炭治郎くんがほかの人と楽しそうにしてるときとか炭治郎くんが微笑みながら義勇さん尊敬してますなんて言ってきたときとか、どうせそういうことなんでしょう!?」
一息に言って、私だって暇じゃないんですよ惚気なんて聞いてる暇はないんですよと、笑顔のままぴくぴくと頬を引きつらせるしのぶに、目を見開いた義勇が口にしたのは。
「なぜわかった」
わからない人がいたら見てみたいですよ!!
「はぁ……もういいです。わかりました。冨岡さん、問診の結果は恋わずらいです。とっとと炭治郎くんに告白して玉砕するなり、まかり間違ってもないだろうとは思いますが恋仲になるなりしてきてください」
はい、お大事に! と常になく乱暴な声になってしまったのは致し方ない。だって心底馬鹿らしい。
お館様の命というだけでなく、これでも少しは心配したのだ。どうにも不器用で天然ドジっ子な同僚が、病気だったらどうしようかと。
それが病気は病気でも恋の病とは。この朴念仁にも春というのは巡りくるのだなぁと、ちょっぴり感慨深くもあるが、それ以上に疲れた。
「……告白は、もうされた」
「はい?」
今、なんと?
思わず凝視してしまったら、義勇はいつもの無表情のまま、ずんっと重い空気をまとい俯いていく。
「えーと、冨岡さん? されたというのは受身形ですよ? それだと炭治郎くんが冨岡さんに告白してきたことになりますけど……」
「だからそう言っている」
いや、だって、それなら。
「それなら問題ないじゃないですか! 恋しい炭治郎くんに告白されたっていうのに、なんだってそんなに落ち込んでるんですか?」
そう。どう見ても目の前の義勇は落ち込んでいる。惚れた相手から告白され、ほとんどの時間をともに過ごしているともなれば、この世の春を謳歌しているはずだが、目の前の男はまったくそんなふうには見えない。
「……炭治郎は、俺のことを好きすぎる」
「お帰りはあちらです」
扉を指差した自分はまったく悪くない。炭治郎に愛され過ぎてつらいと? ただの惚気じゃないですかっ!!
笑みさえ消して怒りに震えたしのぶは、なんで!? と言わんばかりに目を見開いた義勇をじとっと睨みつつも、医療従事者としての矜持で義勇に言い聞かせた。
「あのですね、好かれることのなにが悪いんです? 炭治郎くんは真正直で真っ直ぐな気性ですから、そりゃ愛情表現は大袈裟なのかもしれないですけど。気恥ずかしいのはわかりますが、それぐらい大人の度量で受け止めてあげてもいいんじゃありませんか?」
「そういうことじゃない」
義勇の堅い声に、しのぶは思わず首をかしげた。
無表情ではあるけれど、かすかに眉根を寄せた義勇はなんだか苦しげだ。思いつめたような瞳には恋の喜びなどみじんも感じられない。
「炭治郎は俺と恋仲になれて嬉しいと笑ってくれる。だが、俺の気持ちは炭治郎とは違う。俺のは恋じゃない。炭治郎が俺に向けてくれる埋もれそうなほどの恋心と、俺が炭治郎に向ける気持ちは釣り合わない」
はぁ!? と口に出さなかったのは褒められていいと思うと、しのぶは呆れてまじまじと義勇を見つめた。いったいこの男はなにを言っているのだろう。この調査票に記されているのは、どう見たって炭治郎への並々ならぬ恋心にほかならないというのに。
「……では冨岡さんは、ご自分が炭治郎くんに向ける気持ちはなんだと思っているんです? 炭治郎くんと一緒にいられることや笑いかけてくれることが嬉しくて、元気いっぱいになっちゃうんですよね? 傍にいないと悲しくて、食欲がなくなったりよく眠れなくなったりもするわけですよね? ほかの誰かと炭治郎くんが楽しげにしているだけで、不安だったり腹立たしかったりするんでしょう?」
それが恋でないならなんだと言うのか。
「それがわからないから悩んでいる……」
「はぁ!?」
あ、言っちゃいました。うっかりです。いえ、でも、これはしかたないしかたない。天然ドジっ子だとわかってはいましたけど、ここまでとは。
「えーと、ですね。今のお話ですと、冨岡さんは炭治郎くんの告白を受け入れたわけですよね。そして恋仲になったと。でも、冨岡さんは炭治郎くんに恋をしていないとおっしゃる。……それですと、冨岡さんは炭治郎くんの純真な恋心をもてあそんでいることになりますけど?」
あらあら、冨岡さんが真っ青になるところなんて初めて見ちゃいました。
いやまったく、珍しいものを見たと思いつつ、しのぶは軽い溜息をついた。どうやらこの朴念仁は自分の恋心にさえ気づいていないらしい。まったくもって世話の焼ける。
「冨岡さん、ともかく一つずつ整理していきましょう。そうですねぇ……冨岡さんは恋をするとどのような気持ちになります?」
「それは……相手を想うだけで、心が温かくなって幸せな心地になると。その人に笑いかけられたら、ふわふわと夢を見ているような気持ちになると聞いた」
はい? 聞いた、とは? 自分の体験ではなく?
なんだか雲行きが怪しくなってきた予感がして、しのぶは恐る恐る聞いてみた。
「……どなたから?」
「姉だ。祝言が決まった日になぜ嫁に行くのかと聞いたら、恋をしたからだと教えてくれた。そのときの姉は本当に嬉しそうだった。いつも以上に優しく笑っていた。恋とはそんなふうに優しさにあふれた気持ちなのだろう。炭治郎だってそうだ。俺に好きだと言ってくれる炭治郎は、とても嬉しそうに笑う。幸せでたまらないと言うように。俺とは違う……」
「えーとですね、お姉さまにそれを聞かれたのはおいくつのときですか? それと、あの、冨岡さんご自身が恋をされたご経験は……?」
「姉に聞いたのは十三のころだ。恋は……その、初めのうちは炭治郎に対しての気持ちが恋なのかと思ったのだが……俺の気持ちは、優しく幸せなばかりじゃないことに気づいた……。だから俺はまだ、恋をしたことがないのだろう」
炭治郎はあんなにも俺を恋い慕ってくれるのに、俺は同じ気持ちを返せない。炭治郎に対して優しい気持ちばかりにはなれない。炭治郎が誰かに笑いかけるたびに、無理矢理にでも攫って腕のなかに閉じ込めたくなる。俺以外を見るなと叱りたくなる。
炭治郎が俺の隣で眠らない夜などは、今誰といるのかと心配になったり、苛立ちで胸を焼かれる心地がする。炭治郎にも用があるのだとわかっていても、逢いたくて泣きたくなる。もちろん次の日にはちゃんと炭治郎は帰ってくるが、そういうときには無性に意地の悪い気持ちになることもある。
俺の背に縋って幸せだと、嬉しいと甘く泣く癖に、任務でもないのに俺と離れて過ごしたことに苛立って、いっそ孕ませてやろうかと……。
「ちょっと冨岡さん!? しっかりやることやってるんじゃないですかっ!!」
作品名:残念ながら重症です、お幸せに 作家名:オバ/OBA