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影遊び

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 それでも、今日はようやく一歩前進だ。ともに食事に行くだけだが、その前に三度ほど断られていることを思えば、大いなる一歩である。
 断られるたび煉獄は、いろいろと考えた。最初は、恋人になったのだから初めて行く場所はそれなりに良い店のほうがよかろうかと、甘露寺から聞いた評判の洋食屋に誘ってみた。答えは「行かない」の一言だった。
 洋食というのが悪かったのだろうかと、次は料亭に誘ってみたが、答えは同じこと。三度目には、ならば食事ではなくミルクホール辺りで少し茶を喫するだけでもと言ったのだけれど、それでも答えは同じだった。
 そして今日だ。今度も断られるかもしれない。そうしたら、ならば食事ではなく散歩をしようと煉獄は言うつもりだった。ただ並んで歩くだけならば、冨岡だって断らずにいてくれることのほうが多い。
 あわよくばと思いはするが、冨岡はもともと人慣れしていないように見える。告白を受け入れてくれただけでもこの上ない僥倖であるのに違いはないのだ。
 ただ並んで歩くだけでも、煉獄にとっては至福の時間であるのに違いはない。ゆっくり進展していけばよいとの決意にも変わりはなかった。
 ところが、今日にかぎって冨岡は「時間があるようだったら一緒に飯を食わないか」との煉獄の誘いに、こくりとうなずいてくれた。なにが冨岡の気を変えさせたのかはわからないが、この好機を逃すわけにはいかない。
 喜び勇んで煉獄が冨岡と連れだって来たのは、とくに気負った店ではない。どこにでもある一膳飯屋だ。
 あまり格式ばった店を冨岡は好かないようだし、ミルクホールでは腹の足しにはならない。ならば友人とふらりと入るような店のほうが、冨岡の気に入るかもしれないと選んだ店だ。
 なのに。

「あまり食が進んでいないようだが、もしかして迷惑だっただろうか」

 冨岡は黙りこくったまま、煉獄が話しかけても小さくうなずくか首を振るかするだけだった。冨岡とともにいられるうれしさに舞い上がっていた煉獄とて、ぎこちなくすらある冨岡の様子には不安になる。
 もとより話しかけるのは常に煉獄からだし、冨岡は口数が多いほうじゃない。けれどもここまでだんまりを貫かれるのは初めてのことだ。相槌すら打ってくれなかったことなど、一度もなかったというのに、食事を始めてからというもの、煉獄は冨岡の声をまったく聞いていないのだ。
 冨岡と一緒だとなにもかもがたまらなく美味に感じて、いつも以上に食が進む煉獄に比べ、冨岡の前に置かれた料理はいくらも減っていない。黙って食べてばかりだというのに、だ。
 たまのことではあるが、柱合会議の後でお館様が柱たちを慰労する宴を開いてくださった折などには、さすがに冨岡も出席する。その際にもほかの柱より、冨岡はゆっくりとした調子で食事していたけれども、今日の様子はまさしくぎこちないとしか言いようがない。

 浮かれて話しかけすぎたんだろうか。俺の声がうるさくて、冨岡は落ち着いて食事ができないのかもしれない。

 申し訳なさに駆られて、煉獄はしゅんと肩を落とした。恋とはなんともままならぬものだ。臆病心など自分には無縁だと煉獄は思っていたが、冨岡の態度ひとつにこんなにも不安にさせられる。
 だがそんな煉獄の焦燥とは裏腹に、冨岡は驚いた顔をするなり、ブンブンと首を振った。
 もぐもぐと、いっそ必死と言っていいほどに咀嚼する様は、なんとなく小動物めいている。少し呆気にとられて見ていた煉獄の前で、ようやくゴクリと口のなかのものを飲みこんだ冨岡は、箸を置くとじっと煉獄を見つめ返してきた。
「食べながら話せないだけだ」
「なるほど! それで黙っていたのか。俺と食事するのは嫌なのかと思ったが、そうでないならよかった!」
 わかってみればなんのことはない。それで宴席でも黙りこくったままだったのだろう。またひとつ冨岡のことが知れたと、煉獄は顔をほころばせる。
 安堵する煉獄に、冨岡はどこかいたたまれなさげな様子で、少しうつむいた。
「……会話を楽しめない食事では、煉獄が気を悪くすると思った。断りつづけて嫌われるよりはと思ったが……返事もできぬありさまですまない」
「なんだ、そんなことで断られつづけていたのか。冨岡は気の使いどころを間違ってるな!」
 安堵のままに快活に笑った煉獄とは裏腹に、冨岡は心外と言わんばかりの顔で少しばかり拗ねているようにも見える。それはずいぶんと煉獄の胸を弾ませた。
「冨岡を嫌うなど、朝日が西から昇ろうとあり得ん! 君と一緒にいられるだけで俺はうれしい! 俺の話を聞いてくれているだけでもかまわない、これからもこうして一緒に飯を食ってくれないか?」
「……わかった」
 こくりとうなずいた冨岡は、いつもの無表情のままだ。けれどもほんの少しだけ、雰囲気がまろやかになった気がする。
「俺も……煉獄が話しかけてくれるのは、うれしい。その、会話もできず申し訳ないが、煉獄の話を聞いているのは、好きだ。また誘ってくれ」
 訥々と語る冨岡の顔は、不愛想そのものだ。けれどもやっぱり、煉獄の目にはやわらかく穏やかな空気をまとって見える。
 しかも、今冨岡は好きだと言ってくれた。告白を受けてくれたときも冨岡は無言だった。疑うわけではないが、恋仲になっても好意を示してくれたことのない冨岡からの、初めての『好き』だ。舞い上がらずにはいられなかった。
「うむ! もちろんだ!」
 弾んだ声で答えれば、冨岡は少しうれしそうに目元をゆるませ、また箸をとった。
 ぎこちなさがとれた冨岡の箸づかいはきれいだ。というよりも、冨岡の所作は万事美しいと煉獄は思っている。
 だが、口が小さいからだろうか。食べるのはずいぶんと下手だ。
「口の端に飯粒がついてるぞ」
 今よりも幼いころの千寿郎のようで、微笑ましく思いながら指でつまみとってやれば、冨岡はわずかにうつむいた。視線をさまよわせるその目尻は、ほのかに赤い。冨岡はやっぱり恥ずかしがり屋だ。

 あぁ、なんて愛おしいんだろう。

 幸せに、煉獄の顔は自然と笑んでしまう。
 煉獄の心を占める冨岡への想いは、千寿郎に対する無条件の慈しみと似ているが、あきらかな違いもある。冨岡へと抱く想いは、熾火のような欲を孕んでいる。チリチリと身を焼く、情欲の火だ。
 冨岡に対する恋心は、子供のように純粋で無垢なばかりではない。煉獄とて年ごろの男なのだ。恋しい人をこの手に抱き、白い肌身を余すところなく堪能したいと思うのは、当然のことだった。
 とはいえ、ゆっくりとと宣言した以上、小ぶりなその唇に触れるその日を待ちわびているのだと、冨岡に告げるわけにはいかない。それでも、触れたいと思うこともまた、まぎれもない煉獄の本心ではあった。



 飯屋を出て、さて帰るかと、夕暮れが近づく街を並んで歩く。離れがたくはあるが、夜は鬼の時間だ。ゆっくりと逢瀬を楽しむような暇はない。
 いまだ手を繋ぐこともなく、冨岡と煉獄の間は少しばかり離れている。話しかけるのはやはり煉獄ばかりだ。冨岡は食事中でなくともあまり返事を返してはくれない。
 だが、煉獄は気にしなかった。だってもう気づいているのだ。
作品名:影遊び 作家名:オバ/OBA