二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

青い炎

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

 日付が変わって間もない深夜、藤の家紋が描かれた門扉をドンドンと叩いて訪いを入れた煉獄に、やはり家人は、文句どころか問いただすことさえせず、即座に部屋を用意してくれた。
「湯殿の支度をしておりますが、少々時間がかかるかもしれません。ひとまず濡れた隊服をお着替えください」
 火鉢やら着替えやらが慌ただしく持ち込まれる。煉獄は快活に礼を言い、水がしたたる隊服を躊躇なく脱ぎ捨てていったが、彼はぼんやりと佇んだままだ。せめて座ればいいものをとちらりと思った瞬間に、畳に残る己の足跡やら小さな水たまりに気づき、煉獄はふたたび彼に手を伸ばしていた。
 座り込み畳を濡らしては申し訳ない。きっと彼はそう考えた。不思議と煉獄はそれを疑わなかった。
「ホラ、脱がないと体が温まらないぞ。こちらの人も困っている」
 羽織を脱がせにかかる煉獄の手に拒否の姿勢を見せたものの、彼は『困っている』の一言に抵抗をとめた。彼は、自分のことはないがしろにできても、他人に対しては些細なことにも気を遣ってしまうのだろう。そんな気がした。
「……自分で脱ぐ」
「うむ! このままでは畳までびしょ濡れにしてしまうからな! 急ごう!」
 言えばどこか幼い仕草でコクリとうなずく。思ったとおりだと、少しだけ煉獄は愉快な気持ちになった。
 熱はいよいよ上がっているのだろう。彼の手はひどく緩慢だった。ようやく脱いだぐしょ濡れの羽織を彼の手から取り上げうなずいてみせれば、ハァッと疲労の色濃い息をつく。
 彼が着替え終えるのに、五分ほどかかったろうか。濡れた隊服やら体を拭いた手ぬぐいを入れた盥を持って、家人が立ち去ると、彼はやっと腰を下ろした。
 いや、それは座ったというよりも、むしろへたり込んだというべきかもしれない。いよいよ膝が萎えて立っていられなくなったのだろう。
「大丈夫か? もっと火鉢の近くへ」
 パチパチと炭が小さく爆ぜる陶器の鉢を、ズイッと彼の前に押し出したが、彼はやはり答えない。手を火にかざすことすらせず、血の気の失せた顔をゆっくりと室内に巡らせた彼に、煉獄はキョトンと小首をかしげた。
「どうした? なにか気になることでも?」
「……手ぬぐい」
 ポツリとつぶやく声はひどく億劫そうだ。視線の先をたどれば、着替えとともに持ち込まれた手ぬぐいの残りが見えた。
「そのままで。俺が取ろう」
 立ち上がろうとするのを止め、煉獄が手ぬぐいを取り彼に手渡すと、彼はそのまま煉獄の頭に手ぬぐいをかぶせてきた。
「風邪を引く」
 寸時言葉を失って、ポカンとなすがままになっていた煉獄は、髪を拭ってくれる気だるげな手つきに我に返ると、あわてて彼の手から手ぬぐいを取り上げた。
「君は熱があるんだぞ! まずは君が先だ!」
 手ぬぐいはもう、ぐっしょりと濡れていた。改めて見れば、彼の髪だってまだしずくが落ちている。
「ちゃんと火に当たっていてくれ!」
 あたふたと言いおき、残りの手ぬぐいを引っ掴んで戻ると、煉獄は、ぼうっと座り込んだままの彼の髪をワシャワシャと拭った。
 嫌がるかと思ったが、彼は抵抗しない。指先がかすめた彼の首や耳は、やっぱりかなり熱かった。
「……おまえも、ちゃんと拭け」
「なに、俺は丈夫だからな! 心配無用だ! それに、今は君の体調のほうが問題だ」
 つらいのは自分のほうなのに、彼は煉獄を案じてくる。無性にうれしくもあり、彼自身への無頓着さが気がかりでもあり、煉獄は落ち着かない心持ちになった。
 彼は誰にでもこんな具合なのだろうか。自分のことよりも人を案じる者は、隊士には多いが、それでも彼は少しばかり度が過ぎている。
「もしや君は、救援に向かう前から体調が悪かったんじゃないのか? 無茶はしないほうがいいぞ。……ん?」

 誰か、自身を顧みない彼の代わりに、彼を案じてやる者がいればいいのだが。
 もしも、誰もいないのなら……。ぼんやりと脳裏に霞のように立ち上った言葉が形を取る前に、煉獄の手が止まる。 

 ひたいに落ちる髪をかきあげなければ、きっと気づかなかったそれ。まだ色が抜けたままのひたいのこめかみから、髪の生え際に沿う形でくっきりと大きな傷跡があった。
 知らず煉獄の眉が傷ましげにひそめられた。古傷のようだが、おそらく相当な重症だったろう。出血も多かっただろうし、一週間ほどは意識が混濁していてもおかしくない傷だ。
「……ひどいな。鬼にやられたのか?」
 そっと傷痕を指先でたどった煉獄の手が、音高く払われた。

「さわるな……っ!」

 閉てられた雨戸の外、いまだ暴風雨は吹き荒れている。戸板を叩く雨音はザンザンと騒がしい。そのくせ、落ちた沈黙のなか、パチパチと小さく爆ぜる炭の音がやけにはっきりと聞こえた。強風で電線が揺れるのだろう。ジジッと音を立てて、白い電灯の明かりが明滅した。

 嵐の今宵、彼が初めてあらわにした感情は、静かな怒りだった。

 押し殺した声音には、隠しきれない憤怒が滲みだしている。濡れた髪に遮られることなく、煉獄を真っ向から見据える瞳にも、怒りの焔が燃えていた。
 最も高温の炎は、青いのだとどこかで聞いた。息を呑んだ煉獄は、なぜだか不意にそんなことを思い出した。
 怒りに燃える彼の瞳は、灼熱の青い炎のようだった。

「……すまなかった。その傷は、君にとって触れられたくないものだったんだな。浅慮な振る舞い、申し訳ない!」
 居住まいを正し、深く頭を下げた煉獄に、彼はしばし沈黙していた。やがてフゥッと小さなため息が聞こえ、「もういい」とのつぶやきが煉獄の耳に落ちた。
 ゆっくりと姿勢を戻した煉獄の目に映った彼の瞳は、もう怒りの熱は引き、夜空のような深い青をしている。きっと彼の瞳は、この深みのある青が通常の色合いなのだろう。
 白く色の抜けきった彼の肌は、だんだんと赤く染まりつつあった。怒りになけなしの気力も使い果たし、ついに体力が底をついたのかもしれない。悪いことをしてしまった。煉獄はふたたび立ち上がった。
「熱が上がってきているようだな。風呂はやめておいたほうがいい。布団を敷いてもらおう。待っていてくれ」
 うなずくことすら苦なのだろう。彼は目を閉じうなだれている。もはや座っているだけでさえつらいに違いない。

 部屋を飛び出してすぐに、家人がやってきて幸いだ。真夜中に人を探してまわるのは、いかに火急のこととはいえ、少々気が引ける。
 彼の様子を伝えると、隣の部屋にすでに布団が敷いてあるとのことだった。
「さらに熱が上がるやもしれません。同室では貴方さまも落ち着かれないことでしょう。湯をお使いのあいだに、もう一部屋ご用意いたしましょう」
「いや、それには及びません! 病のときは、心細くなるものだ。せっかく湯の支度してくれたのに申し訳ないが、彼についていてやりたい。彼の救援で助かったのですから、今度は俺が看病するのが筋でしょう!」
 藤の家の者は、少しばかりキョトンと目をしばたかせたが、やがて静かにうなずき微笑んだ。
「それでは、あの方は貴方さまにお任せいたします。ひたいを冷やす手ぬぐいなどを用意いたしましょう。なにかございましたら、何時でもかまいませんのでお呼びください」
作品名:青い炎 作家名:オバ/OBA