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いのちみじかし 前編

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 十だった。はぐれぬようにと言われ手をつなぎはしたが、十歳にもなれば人前で幼子扱いされるのは恥ずかしい。歳の離れた姉から見ればまだまだ幼くとも、高等小学校にだって上がっていたのだ。そんなに自分は危なっかしいのだろうかと、ちょっぴり不満でもあった。大人ぶろうとしていた自分の幼さは、今となっては赤面ものだ。
 活人形にビクついて、姉の足にしがみついたときもそうだ。怖いならもう出ようかと心配げに言う姉に、きっと自分は、今の煉獄のような顔をした。
 恥ずかしくて、ちょっと自分に苛立って、でもどこかうれしくもある、複雑な気持ち。子供扱いを不満がっていた自分と、今の煉獄が同じだとは思わないが、この反応はよく似ている気がした。

 そういえば、錆兎にもこんな態度を取ったことがあったな。

 次々に思い起こされる記憶は、義勇の胸をさざめかせる。
 初めて得た親友がうれしくて、どうしても追いつけないのが少し悔しくて。頼りにされたいと張り切っては失敗を重ね、羞恥と不安に顔を赤らめたあのころ。厭わず笑って手を差し出してくれた錆兎は、もういない。
 義勇はこっそりと煉獄の様子をうかがい見た。
 もしかしたら煉獄は、あのころの自分と同じ気持ちを抱いているのだろうか。親友だと思ってくれているのだとしたら、うれしい。あんなにも友情をはぐくめる相手には、もう二度とめぐり会えないだろうと思っていたけれど、錆兎と同じように自分を好きになってくれる人がいるなんて。しかも相手は煉獄だ。
 ありえないと思いながらも、義勇の鼓動は早まっていく。早馬の足音のようにドキドキと高鳴る胸が、甘苦しい。
 親近感と歓喜は面映ゆく、逃げ出したいよないたたまれなさを感じもする。なんだか妙に恥ずかしい。子供のころとはそこはかとなく異なる羞恥が、義勇の頬にも熱を集めていった。
「桃源郷は、ない」
 照れ隠しを多分に含んだぶっきらぼうな口調に、ほぞを噛む。また責めているように思われるかもしれない。迷惑になる大声をたしなめるだけでよかったのに、よけいなことを言ってしまった。
 馬鹿にしたわけでも、嫌がっているわけでもないのだ。ただ恥ずかしいだけ。けれど、それをうまく伝える術など義勇にはない。
 周章狼狽しつつもさほど表情が変わらぬ義勇よりも、煉獄の反応はよっぽど顕著だった。
 含羞に淡く染まっていた頬は、すっかり熱を帯び、いまや林檎の如くに真っ赤だ。耳や首筋までもが赤い。
 全集中常中を保ちつづける柱は、そうそう冷や汗などかくことはない。汗で刀が滑るなど論外なのだから、自然と汗を抑制するのが習慣づけられている。だというのに、赤面する煉獄の額には汗が光っていた。
「そ、その……今のは」
 こんなふうに口ごもり、煉獄が言葉を探しあぐねる様も、義勇は一度として見たことがなかった。
 やっぱり、自分はしくじったのだ。ズンと落ち込みかけた義勇を浮上させたのもまた、煉獄だ。
 キリッと顔つきを改めた煉獄は、赤く染まった頬もそのままにまっすぐ義勇を見つめ、強い声で言った。
「浮ついて聞こえたのなら、すまない。だが紛れもなく本心からの言葉だというのは、信じてくれ。冨岡、俺は、君といると楽しい」
 生真面目な声音と眼差しには、誇張や嘘などいささかも感じられなかった。煉獄は紛うことなく本音で義勇に接しているのだ。信じられるからこそ、義勇の頬も赤みを増していく。

 館内はすっかり客が減った。先の煉獄の声で集まった不躾な視線も、もうほとんど感じられない。人形を片付けている劇団員だけが、チラチラとこちらをうかがい続けている。
「俺も……煉獄といるのは、楽しい」
 義勇がようやく口にできたのは、そんな一言だ。端的過ぎる文言は、義勇自身物足りなさを感じた。だが、胸のうちにさんざめく感情の数々を、言語化するのはむずかしい。
 喜びがあるのは確かだけれど、それは姉や錆兎から寄せられる親愛に対して抱いたものとは、どこか違っている。うれしいのになぜか切なくて、煉獄のまっすぐな熱い眼差しを見つめ返せば心浮き立つのに、どうしてだか涙が出そうにもなった。けれど悲しくはない。ただただ胸がざわざわと揺れまどい、まるで心臓がゴム毬のようにポンポンと弾んでいる気がする。
 これはいったいなんだろう。自分になにが起こっているのだろうか。こんなの知らない。錆兎にだって感じたことのないなにかが、胸のうちで息づいている。つかめそうでつかめない己の感情がもどかしかった。

 大の男が二人して、赤く染まった顔を見合わせて立ち尽くしているなど、糸操りの芝居以上に滑稽だ。思っても体は動いてくれそうになかった。
 そろそろ出ようと自分から言えばいい。理性が、劇は終わったのだから早く出なければ迷惑だと促す。けれども義勇の心の片隅には、このままでいたいと主張する幼い自分もいる。一歩でも動いたら、切なく苦しい、けれどもひそやかに甘くやわらかいなにかが、散り散りに消えていってしまいそうで、動けない。言語化されない感情に揺り動かされる困惑は、依然としてある。だがそんな困惑さえもが、なんだか心地よいのだ。
 動け。もう少しこのままで。相反する意思が天秤のように揺れる。逡巡はそれでもたいした時間ではなかったろう。煉獄の赤らんだ顔が不意にやわらかく微笑んだ。
 いかにも幸せそうな、とろけんばかりの笑みは、キラキラとした金の髪も相まって、上等なはちみつのようだ。義勇の胸がさらに高鳴る。
 さっぱりとして男らしい性格の煉獄を蜜に例えるなど、人に知られれば呆れられるかもしれない。煉獄にも困惑されそうだ。それでもやはり義勇の目には、煉獄の笑みはどうしようもなく甘く感じられた。
「ありがとう、冨岡」
 ついぞ聞いたことのない甘やかな声音で言われてしまえば、義勇の頬はますます熱くなった。
 やさしい仕草で手を引かれた。そろそろ行こうと微笑む煉獄に、コクリとうなずく。このままでと願っていたはずなのに、残念だとはちっとも思わなかった。
 不可解に甘く切ない空気は消え失せることなく、それどころか濃度を増したようにすら感じられる。本当にはちみつみたいだ。とろとろと甘くて、少し喉が焼ける、あの感じ。似たような甘さでも、水飴とは違って、煉獄がもたらす甘さはやっぱりはちみつに似ている。
 煉獄という蜜に溺れそうだなんて、またもや詩歌(しいか)めいた感慨が心の隅に浮かんで、義勇は少しうつむいた。まわりくどい隠喩など苦手とするところだ。歯に衣着せられぬのは世知にうとい証拠かもしれない。
 なのにどうしてだか、煉獄のことを考えるたび、言葉が勝手に浮ついてきらびやかな色をまとう。煉獄にだけだ。煉獄に対してだけ、なぜだか自分は詩人めくらしい。
 摩訶不思議な現象だと義勇はつい首をひねりたくなったが、羞恥はあれど、声に出さねばなんということもない。煉獄に呆れられなければ、それでいい。
「冨岡?」
 知らず笑いそうになって、さらにうつむき顔を隠した義勇に、煉獄がキョトンとした視線を向けてくる。前髪の隙間からそれを盗み見て、義勇はほんの少しだけ弾んだ声で、なんでもないとささやいた。
作品名:いのちみじかし 前編 作家名:オバ/OBA