転変
+++
(猗窩座視点)
少しすると道がひらけ、砂利が目立つ河原に出た。
満月に照らされて水面はきらきらと輝きを放ち、穏やかに流れている。
「さてと、」
草がまばらに生える砂利に適当にしゃがみ込み、煉獄は西瓜を地面に置く。
そのままこちらを振り仰いで半身になり、場所をあけた。
「さあ、ひと思いに頼むぞ」
「よし。任せろ杏寿郎……とでも俺が言うと思うか!」
ついご丁寧に腕まくりをする仕草すらしつつノリツッコミを披露してしまったが、猗窩座は思いきり相手の腰を指差した。
「ちょうどいい刃物を持っているだろうが!」
「これは鬼を斬るためのものだ。食べ物に向けてはまずいだろう」
「俺の拳とてそうだ」
「そうか…。では、気は進まないが仕方ない」
煉獄は西瓜を両手に持つと、その場で立ち上がり頭上に掲げる。
嫌な予感がするとばかりに猗窩座の目元が引き攣った。
「…何をするつもりだ」
「無論、落としてかち割る」
「正気か杏寿郎!最悪粉々だぞ…!」
「む…、ではどうしろと言うのだ」
打つ手なしと眉を潜める煉獄の手から西瓜を取り上げると、猗窩座は嘆息しながらそれを地面に置いて手刀を落とした。
次いで綺麗に半円となったその片方を両手で持ち、立ち上がって弧を描く皮面に膝を下から打ち付ける。
ぱっくり割れた西瓜を煉獄に差し出した猗窩座は、相手の顔を見るなり固まった。
「……楽し、そう…だな、杏寿郎」
楽しそうという表現が果たして正しいのか、猗窩座にはわからなかった。
煉獄は別段にこにこしているわけでもない。ただ、これまで見たどの表情よりも穏やかで、温かな微笑を浮かべているのだ。
ざわざわと、胸が騒ぐ。
どくどくと、血が巡る。
砂利に胡座をかいた煉獄が、受け取った西瓜にかぶりつく。
瞬間、大きな隻眼をかっと見開いた。
「うまい!!」
「…近所迷惑だろう」
「ここには俺と君の二人だけだ。問題ない!」
二人だけ。
その言葉に、猗窩座の心臓が強く脈打つ。
それと同時に色濃く香る、甘い匂い。
「…美味そうだな」
「うむ、君も食べるといい」
思考が、何か熱いものに塗り潰されていく。
自身の心音が耳元で鳴っているようで煩わしい。
咀嚼する煉獄の唇を、西瓜の水分が濡らす。
視線がそこから剥がせない。
気づけば、片手で煉獄の顎を掴んで上を向かせ、腰を屈めて覆い被さるように唇を重ねていた。
「っ…!」
煉獄の赤い瞳が大きく見開かれる。
熱い。
相手の口腔内を、貪るようにくまなく弄る。
舌を絡め取り、唾液を吸い上げ、零れる吐息を飲み込んだ。
「はあっ、杏寿郎…ッ」
「ぅ、っんん…!」
自制が利かない。
杏寿郎が苦しそうだ。
息継ぎの隙を与えなくては。
ーーだが、止まらない。
まるで獣だ。理性が飛んでいく。
無理な体勢が祟ったか、煉獄の上体は徐々に仰向けに沈んでしまう。
彼の手から、食べかけの西瓜が転がっていった。
空いていた手で、隊服の詰襟をひらいて釦をぞんざいに外す。
普段は禁欲的に閉じられた隊服が乱れ、下のシャツが覗くだけで猗窩座の腹の底では抑えきれない欲の塊が渦巻いていく。
シャツをたくし上げ、中に手を滑り込ませると火傷しそうなほど熱い肌が手のひらに吸いついた。
「杏寿郎…っ、ダメだ、食ってしまう…!」
顔を僅かに離して、切迫した想いのまま相手にぶつける。
互いの口唇を銀色の糸が妖しく繋ぐさまにすら、剥がれかけた理性がまた崩れていく。
煉獄は漸く得た酸素に荒い呼吸を何度か繰り返すと、腹や胸を撫でまわすこちらの手を力強く掴んだ。
「少し落ち着け…!自分が何をしているかわかっているのか!」
気付のような大声も、赤面した相手の表情に思考のすべてを持っていかれて届かない。
猗窩座のもう一方の手が、煉獄のベルトを無造作に取り外す。
「くっ……!や、め…ッ」
必死の抵抗に、加減が効かなくなる。
顕になった腹部に今すぐ牙を突き立てたくて仕方がなかった。
しかし、それだけは駄目だと、頭のどこかで警鐘が鳴る。
何故駄目なのかを考える余地はなく、ひたすら傷つけないようにと強迫観念に駆られる。
衝動のまま、べろ、と舌をその腹に這わせた。