転変
「うわっ、待っ…!」
「っはぁ……杏寿郎、うまい…うまいぞ」
びくりと相手の身体が大仰に跳ねる。
手の戒めが僅かに弱くなったその瞬間を見逃さず、寛がせた下衣に手を潜らせて下穿きの上から雄を揉み込んだ。
兆しかけたその感触に、それを直に見たいという欲求が高まり顔を上げた刹那ーー
「いい加減に…、」
これまで後方で煉獄の上体を支えていた腕が、こちらの大腿部を抱き込んで着衣の腰元を掴み、反対の腕が首と肩関節をがっしと固定する。
ふっ、と鋭く紡がれる呼吸。
「目をッ!覚まさんかッ!!」
金色の美しい頭部が、猗窩座の鳩尾を突き破らんばかりの勢いで叩き込まれた。
「ぐっ…」
己の身体の内側で、ごき、と鈍い音が聞こえ、足が地面から浮き上がる。
尻をついたままだというのに尋常ではない破壊力。
既に骨の再生は始まっているが、脱力した一瞬を突いて煉獄は素早く立ち上がる。
腰を低く落とし、間髪入れずにこちらの体幹を両手で捉えるなり「どっせい!」と野太い掛け声とともに、あろうことか投げ飛ばしてくれた。
+++
(煉獄視点)
完全に油断していたのか、猗窩座は背中から落ちて仰向けで伸びていた。
深く息を吐いて呼吸を整え、火照った身体を鎮めるよう意識を傾けながら衣服を正す。
暴れる心拍数はなかなか正常には戻らず、一歩間違えれば流されかねない状況だったことを突き付けられた。
彼から向けられる執着は、個人というより強者という存在を対象にしているものとばかり思っていたが、違ったのだろうか。
確かに思い当たる節はある。
他の者に笑顔を見せるな等と、独占欲や嫉妬心が垣間見えたこともあった。
…しかし、ここまでの情欲を抱かれているとなると些か決まりが悪い。
彼は鬼で、男なのだ。
そしてこちらも少なからず相手を想っているわけだが、言うなれば友情に近い感覚だと思っていた。それが逸物まで触れられて不快感を感じなかったのだから始末に追えない。
ふと、足元に転がった食べかけの西瓜が目についた。
…そう。俺はきっと、他愛のない話をしながら並んで西瓜を食べるような、友のような関係を彼に求めたのかもしれない。
猗窩座が割った四等分のうちの、無事なひとつの西瓜を片手に拾い上げる。
「…いつまで寝ているんだ」
投げられたくらいでは大した痛快にはならないだろうに、猗窩座は未だに起き上がらない。
怪訝に思い、仰向けになったままの相手に近づいていくと、ばっと片腕を勢いよく上げて彼は唐突に顔を隠した。
「大丈夫か…?」
「…わからない。この熱いものはなんだ……どうしたらいいのかわからない」
「……」
言わない方が、いいのだろう。
君が俺に欲情したのだ、などと告げたものなら自棄を起こして何をしでかすか見当もつかない。
声をかけあぐねていると、猗窩座はぶつぶつと呟く。
「…杏寿郎をもっとぐちゃぐちゃにしたい」
「……、」
「あの力強くしなやかな肌を舐めまわしたい」
「…そ、そういうことを声に出さないでもらえないか」
「俺の手で。服を剥いで。もっと乱して。興奮させて。泣かせるほどもっと余裕を奪っ」
「ッ、ちょっと黙れ!!」
「んぶっ!?」
羞恥に耐えきれず大声で遮り、彼の手を顔から引っ剥がすとその口に西瓜を突っ込んだ。
不意打ちで口の中に物を入れられるとは思っていなかったようで、上弦の鬼は思いきり咳き込みむせ返っていた。