本日はお日柄も良く、絶好のお葬式日和で
「炭治郎、無理してないかな」
「大丈夫よ。お兄ちゃん、本当に笑ってる。きっと義勇さんも喜んでると思う」
「そっか……うん、そうだよね。冨岡さんが安心して逝けるのが一番だもんね」
ようやく穏やかに微笑んだ善逸を見つめ、うん、と禰豆子もうなずいた。
本当にやさしい人だと思う。欠点はいっぱいあるけれど、このやさしい人が兄の友達で良かったと、禰豆子は笑った。
笑っているのは、禰豆子たちだけではない。酒を酌み交わし、義勇の思い出を語る人々の顔は、みな笑顔だ。ただの付き添いだという顔をくずさぬ不死川だけが、一人静かに盃をかたむけているが、不機嫌さは感じられない。
戦いが終わっても義勇と不死川はことさら仲良く交流していたわけではないが、思うところはほかの隊士たちよりも深いのかもしれない。もう一月もすれば、不死川は二十五になる。
禰豆子だけでなく誰もがそれを知っている。けれど誰もそれを口にはしない。ときおり輝利哉や妹たちに話しかけられ、言葉を返す不死川の顔は、至極穏やかだった。
葬儀が始まって間もなく、腹を空かせて起きた双子の泣き声が屋敷に響いても、誰も顔をしかめはしなかった。それどころか誰もが相好を崩し、元気な声だとうれしげに笑ってくれる。
丈夫に育てよ。いっぱい母ちゃんのお乳もらって大きくなれよ。あちらこちらで上がる声はどこまでもやさしく明るいひびきをしていた。小さな命が懸命に生きている証を、不快に思うような者は誰一人としていない。
あぁ、あの人もあんなふうに笑っていたなと、赤子に乳を含ませながら、禰豆子はひっそりと思う。
生まれたばかりの子を抱いてもらったときのぎこちない手付きと、見たこともない緊張しきった顔を、今でもはっきりと覚えている。そして、その後の泣き笑いの顔も。
善逸と二人でつけた双子の名を告げたときも、義勇と炭治郎はそろっておおいに泣いた。それはもう、禰豆子と善逸のほうが困惑してしまうぐらいに。二人の名をもらうことに、夫婦ともになんのためらいもなかったが、あれほどまでに泣かれるとは思わなかった。
勇治郎に乳を飲ませながら、くすりと思い出し笑いをもらした禰豆子に、先に乳をもらった炭義をあやしている善逸が「どうしたの?」と問うてくる。最初は義勇と似たり寄ったりだった赤ん坊を抱く手付きも、もう堂にいったものだ。お父さんの顔をした善逸に、禰豆子はますます目を細めた。
「勇治郎も炭義も、きっと元気で丈夫ないい子になるだろうなぁって思って」
「絶対になるよ! だってこんなに力いっぱい生きてるぞーって泣けるんだからさぁ。……炭治郎と冨岡さんの名前に恥じない、いい子になるよ」
顔を見あわせ微笑みあったそのとき、葬儀会場となった庭からひときわ大きな声が響いてきた。
明らかに号泣するその声に、眠りかけていた炭義が泣きだす。片割れが泣けば、乳を飲み終えた勇治郎までつられて泣きだしてしまい、どうにも手がつけられない。
二人をあやしつつ慌てて庭に戻れば、あちらこちらで泣き声が上がっている。きっと酒がまわって感情を抑えきれなくなったのだろう。一人が泣き出したとたん、伝播するように号泣が広がったのは、想像にかたくない。
禰豆子と善逸の目にも涙がじわりと浮かんだが、轟き渡った一喝に、その涙は零れ落ちるのをこらえられた。
「ギャーギャー泣いてんじゃねェ! あの野郎が……柱が、んなもん喜ぶと思ってんのかァ! 泣く顔なんざ見飽きるほど見てんだァ! 笑っとけ!」
「不死川さん……」
炭治郎の感極まった声に、チッと舌打ちする不死川の顔には笑みはない。代わりにとでもいうように、輝利哉たちが静かに頬をゆるめていた。泣き出しそうに瞳を潤ませながらも、鬼殺隊の父の顔で、輝利哉は笑っている。
「うん。実弥の言うとおりだよ。みんな、義勇を笑って送り出してやっておくれ」
「おら! お館様が仰ってんだ、派手に笑えやお前ら!」
宇髄の声にぐっと息を詰まらせた面々のなかから、聞こえてきた大きな声は誰のものだったろう。禰豆子の知らない誰かかもしれない。
「水柱様ぁ! あなたが駆けつけてくださったおかげで、俺、今も生きてます! ありがとうございましたぁ!!」
その声は、青く広がる空に吸い込まれるようにひびきわたり、やがて口々に大きな声が天に向かってあげられた。
水柱様に助けていただいた妹が、先月嫁にいきました。弟の敵を討ってくれて、ありがとうございました。柱稽古きつかったです。鴉追いかけてるの見かけて笑っちゃいました、ごめんなさい! あのとき助けていただいた母が先日亡くなりました、大往生でした。俺の同期に、今日子どもが生まれます。あいつからの伝言です、冨岡様に助けていただかなければ嫁に出逢うこともなく死んでた、今ある俺の幸せは全部あなたのおかげですって、あいつ笑ってました! 俺があいつと仲良くなれたのも、あなたがあいつを助けてくれたからです。ありがとうございましたぁ!
「冨岡ぁ! てめぇこの野郎! 結局俺の鮭大根絶賛する前に死んじまいやがって、馬鹿野郎! 見てろよ、絶対におまえが食えなくて悔しがるような鮭大根作れるようになってやるからな!」
「手合わせ全部断りやがって、勝ち逃げなんかズリィぞ半半羽織!!」
「そちらではしのぶ姉さんをあんまり困らせないでください!」
「そうですよ! しのぶ様、いつもあなたの問診のあと疲労困憊してらしたんですからね!」
「あんまりお話できませんでしたが、いつも兄上が冨岡さんの剣技を褒めてらっしゃいました! あちらで兄上に逢ったら、ぜひ手合わせして差し上げてください!」
「父上と母上たちに逢ったら、笑ってあげておくれ! 僕たちだけが義勇の笑顔を知ってるなんて、父上に申し訳ないからね!」
「あとのことは派手にまかせとけや! 炭治郎に悪い虫がつかねぇよう見張っといてやるからよ!」
「オイ、ジイサン! 義勇ヲチャント道案内シロヨ! 二人シテ迷子ニナルンジャネェゾ!」
「錆兎に逢ったら、山ほど自慢してやるがいい。きっと錆兎も喜ぶだろう」
抜けるような青空に、大きな声がいくつも吸い込まれていく。こらえきれずに鼻をすする音や、嗚咽をこらえる声が漏れ聞こえるが、それでもみんな笑っていた。
だから禰豆子も、泣く勇治郎をぐっと天に向かって抱え上げ、笑いながら大きな声で言った。とうとう零れた涙はそのまま頬を伝い落ちたが、これぐらいは許してほしい。
「あのとき義勇さんが私を見逃してくれたから、この子たちが生まれました! 私とお兄ちゃんを信じてくれてありがとう……お義兄さん!」
元気な赤子の泣き声よ、天に届けと、禰豆子は願う。隣で同じように炭義を抱えた善逸も、少しだけ泣き出しそうな顔で声を張り上げた。
「あんたら柱の音って怖いんだよ! なに考えてるかわかんなくてさぁ! けど、冨岡さんの音はすっげぇ静かなのにやさしかった! 静かすぎて俺でさえ聞き取りにくいぐらいだったけどっ、でもっ、炭治郎と同じくらいやさしかったよ! 禰豆子ちゃんを生かしてくれてありがとう! 俺に、家族をくれてありがとうございました、お義兄さん!」
作品名:本日はお日柄も良く、絶好のお葬式日和で 作家名:オバ/OBA