二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

本日はお日柄も良く、絶好のお葬式日和で

INDEX|5ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

2 輝利哉視点


 吹き抜ける風が、幾重にもつらなる藤をゆらす。広い庭をおとずれる小鳥も今日はいない。静けさに満ちた座敷で一人、ひっそりとゆれる藤の花をながめていた輝利哉は、かけられた声に首(こうべ)をめぐらせ振り返った。
「輝利哉様、炭治郎が着きました。不死川様へのご挨拶を済ませましたら、こちらにお通ししてもよろしいですか?」
「うん。炭治郎は昼餉(ひるげ)は食べたのかな。もしまだだったら炭治郎のぶんも用意してやっておくれ」
 はいと穏やかな声で答えた女性が立ち去れば、また静寂が満ちる。
 広すぎる座敷にぽつりと座っていると、父の姿をまざまざと思い出す。生まれ親しんだ屋敷ではないのに、ここにこうして父も座っていたような気がして、少しだけ落ち着かない気分になった。
「輝利哉くん、久し振りだね」
 明るい声がして、輝利哉はぱちりとまばたきすると、今度は体ごと向き直り、笑ってうなずいた。
「先月ぶりだね、炭治郎。実弥に挨拶はしたかい?」
「あぁ。穏やかな顔をしてたよ」
「だろう? 本当に、安らかないい顔をしていると僕も思ったよ」
 前回顔を合わせたのは、十月の晴れた日。冨岡義勇の葬儀の日だった。
 あのときは夏の残滓が色濃く残る暑さで、みな汗ばんでいたというのに、十一月末の今日はすっかり冬めいている。あまりにも駆け足で過ぎた短い秋を惜しむ暇もなく、木枯らしが庭に吹いていた。
 座敷の入り口に座ってニコニコと笑う炭治郎に、輝利哉は少しだけ目を細めた。炭治郎の笑顔のまぶしさは、昔からずっと変わらない。
 初めて炭治郎に逢ったのは、炭治郎が十五、輝利哉が八歳のころだった。十九となった炭治郎はもうすっかり大人の顔立ちをしているし、輝利哉も女児の格好などはしない。それでも笑みの温かさやまぶしさには、なんの変わりもないことがうれしかった。

 招きに応じて輝利哉のもとへ進み出た炭治郎は、すぐに明るく話しだした。座る距離の近さに、ほかの者にはない親しみを感じるけれど、炭治郎自身はとくになにも考えてはいないだろう。見ようによっては傍若無人と受け取られそうな炭治郎の距離感は、輝利哉にとっては不快なものではない。
「急に寒くなったね。禰豆子のところではもう火鉢を出してたよ」
「赤子がいるからね、暖かくしないといけないもの。勇治郎と炭義は元気にしているかい?」
「うん! すっかり首もすわって、二人そろってこのあいだ寝返りをうったって!」
「七月の十八日生まれだから、今四カ月半か……赤ん坊の成長は早いね」
 輝利哉が言うと、炭治郎はくふんと笑って小さく首をすくめた。きょとりと首をかしげた輝利哉に、炭治郎は大人びた顔で、輝利哉くんの成長も俺らよりずっと早いよと、労わるような微笑みを浮かべている。
 なんとはなし気恥ずかしく、けれどもそれを表に出すことなく輝利哉は、そうか、それもそうだねと笑い返した。
 幼いながらに重責を背負い、先祖代々の宿願を果たした輝利哉を、誰もが誉めそやす。功績を称え、謝辞を伝えてくれる。誇らしくありがたいことだけれども、少しばかり腰の据わりが悪いのも事実だ。
 お館様、輝利哉様と、鬼殺隊を解散したあともたかが八つの子供な自分に、元鬼殺隊士たちや隠たちは、父へ向けるのと変わらぬ尊敬と敬愛の態度で接してくれた。もう自分自身の新たな道を好きに進んでいいというのに、おそばにいたいのですと、そば仕えをつづけてくれる者も少なくはない。
 全員一丸となって必死に戦ったあの激闘の一夜から四年の月日が経った今でも、産屋敷家には、以前と変わらず多くの者が仕えてくれている。輝利哉や妹たちに対する態度も相変わらず恭しく、今もって輝利哉をお館様と呼ぶ者は多かった。それに苦笑して、もうそんなふうに呼ばなくてもいいんだよと答えたのは、最初のうちだけ。
 鬼殺隊がなくなろうとも、輝利哉様こそが我らが敬愛する父、お館様であることに変わりはありません。そう口をそろえて言うものを、かたくなに拒むのははばかられた。
 もうお館様と呼ばないでいいよとの言を聞き入れ、ただの子供に対するようにしか輝利哉を呼ばなくなったのは、炭治郎だけだった。一番そばにずっといてくれた実弥は、ただ一度をのぞき、常に輝利哉様。
 炭治郎は生来の馬鹿正直なまでに素直な気質がそうさせたのだろうが、さて、実弥はどういった心持ちで輝利哉様と呼んでくれていたのだろう。もうその答えを問うことはできない。
 
 十一月二十九日、満二十五歳を迎えたその日に、実弥は彼岸へと旅立った。昨夜のことだ。
 
 鬼殺隊が解散してのちもずっと輝利哉たち兄妹のそばに仕え、風貌に似つかない細やかさで心配りしてくれた実弥の――鬼殺隊の柱最後の一人であった実弥の終焉は、穏やかなものだった。
「葬儀はどうするの?」
「うん……それなんだけれどね、葬儀は執り行わないことにしたよ」
 驚く炭治郎に輝利哉は笑った。
「想像どおりの顔をしているね」
 ころころと子供らしい顔で笑う輝利哉に炭治郎は、しばしぽかんとしていたが、やがて、そっかぁと笑い返しうなずいた。
「不死川さんの意向なのかな」
「うん、俺の葬儀はしないでくださいって言われていてね。みんなそれぞれ忙しいんだから、俺の葬儀なんかするよりしっかり暮らしていけばいい。通達も不要です、って言っていたよ」
「不死川さんらしいと言えばらしいなぁ。本音はみんなに感謝の言葉を言われるのが恥ずかしかったのかも」
 クスクスと笑う炭治郎に、輝利哉もアハハと声をあげて笑った。
「そうかもしれないね。実弥はとても照れ屋だったから」
「素直じゃない人だなぁ……不死川さん、笑ってた?」
 微笑み聞く炭治郎にうなずき、輝利哉はついっと視線を庭に投げた。
 藤の花がゆれている。木枯らしは不思議と座敷には吹きこんではこない。しんと冷えた座敷は、それでもやさしい空気に満ちていた。
「……誕生日の前夜に、僕や妹たちの目の前で倒れてね。それでも日付が変わるまで、苦しみながらも笑ってくれていたよ」
 ふふっと笑って、輝利哉は少し悪戯っぽい顔で炭治郎を見た。
「実弥からの伝言があるんだ」
「俺に?」
「うん。あの野郎より長生きしたぞ、ざまぁみろ……だって」
 笑いをこらえつつ言えば、炭治郎は目を丸く見開き、そうしてぷぅっと頬をふくらませた。
「なんって負けず嫌いなんだ! とんでもない不死川さんだ!」
 ぷんぷんと怒る炭治郎の子供っぽい怒り顔に、輝利哉は思わず吹き出した。
「そうだね。でも実弥らしい」
「……うん、そうかも。あっちで義勇さんと喧嘩してなきゃいいけど」
「それは大丈夫じゃないかな」
 義勇の葬儀のときに、実弥が小さく口にした言葉を思い起こし、輝利哉はひっそりと微笑んだ。ん? と首をかしげる炭治郎に首を振る。教えてやったところで実弥は怒りはしないだろうが、秘密のままというのも悪くはないだろう。輝利哉たちと実弥だけの秘密だ。
 炭治郎は追求してこなかった。代わりに苦笑し、不死川さんそれ言うために誕生日までねばったのかもと、さほどあきれたふうでもなく言う。輝利哉もふわりと破顔した。