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本日はお日柄も良く、絶好のお葬式日和で

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 痣が発現した者は、二十五を迎えることなく死を迎える。愈史郎の札と鴉の献身により、それを超えた者がいたことを輝利哉は知っているが、実弥もそのわずかな例外となったのだ。
 二十五を超えても生きた者がいることは、もう輝利哉と妹たちしか知らない。三人で話しあい、炭治郎と義勇に告げるのはやめたから。今後も誰かに告げることはないだろう。
 生き残れる条件は今もわからないままだ。幾人生き残れたのかもわからない。おそらく鬼殺隊を追われたという始まりの呼吸の剣士その人が、ただ一人生き延びたのではないかと思っている。
 それでも、期待は心にあった。もしかしたら義勇は、実弥は、炭治郎は、生き延びてくれるのではないかと。それを期待し、望まずにはいられなかった。
 事実を聞けば、炭治郎たちにも希望が生まれるだろう。期待するだろう。だからこそ言えなかった。海のものとも山のものともつかぬ願望に一喜一憂するのは、心穏やかに暮らすことを決意した者たちには、不要なものだと思った。
 それに、口にしたなら微かな期待は木っ端みじんに砕け散るかもしれないと、兄妹そろっておびえてもいた。裏を返せば、胸に秘めて口にせずにいたのなら、もしかしたらずっと変わらずともにあることができるのではないかと、心のどこかで思ってもいたのだろう。

 けれど望みは儚い夢のまま、義勇の訃報は届けられ、そして昨日、実弥も逝った。

 残る痣者は、炭治郎ただ一人。
 二人口をつぐめば、風の音がする。藤がただゆれている庭を、沈黙のまま二人で静かにながめた。
「……逝く寸前にね、実弥が言ったんだ」

 くいな、かなた……輝利哉。俺に、兄貴の気持ちを味あわせてくれて、ありがとうな。

 たった一度きりの呼びかけは、やさしい兄の顔でつづられた。
 知っていた。どんなに輝利哉様とかたくなに呼ぼうと、実弥が兄妹を見る瞳は、兄のやさしさに満ちていたことなんて、わかっていた。ふところに抱え込み、どんな苦難からも守ってやると、言葉にせぬまま庇護してくれていたことなんて、全部、知っていたのだ。
 甘えてやればよかっただろうか。お兄ちゃんと呼べば、うれしげに笑ってくれただろうか。
 もうただの子供なのだからと言いながら、鬼殺隊の父という自覚は、深く輝利哉のなかに根差している。そのせいか、年相応のあどけなさで鬼殺隊の面々に接することに対するためらいは、いまだにあるのだ。実弥への態度をくずせなかったのは、輝利哉のほうだったかもしれない。
 実弥のやさしさに触れるたび、玄弥の顔が脳裏をよぎることもまた、子供らしい態度を実弥に取れなかった一因かもしれなかった。
 どれだけ慕っても、実弥の弟は玄弥だけだ。命をかけて実弥を守ったのは、玄弥なのだ。自分らがその立場に陣取っていいものか、輝利哉にもくいなたちにもわからなかった。
 少しうつむいて、そんなことをぽつりぽつりと話した輝利哉に、炭治郎の顔に苦笑が浮かんだ。
「玄弥はきっと喜んでると思うよ」
「そう、だろうか」
「うん! 不死川さんが慕われるのを喜ばないやつじゃないもの。輝利哉くんたちが不死川さんのことを兄ちゃんみたいに思ってくれてたって知ったら、俺の兄ちゃんやさしいだろう? いい兄ちゃんだろう? って、うれしそうにするんじゃないかなぁ」
「そうだね……玄弥はそう言うかもしれない」
 けれどももう遅い。実弥は玄弥たちの元へと旅立った。一度も、実弥兄ちゃんと呼んではやれないままに。
「遅くないよ。これからずっと、実弥兄ちゃんって呼びかけてやるといい。不死川さんだって絶対にうれしがるはずだよ!」
 そう言って炭治郎は、よしよしと輝利哉の頭をなでた。
 ぱちりと大きな目をまばたたかせた輝利哉に、炭治郎ははたと手を止め、あわてた様子でその手を引っこめた。
「ごめん、つい癖でなでちゃった」
「いや。もっと……ううん、なんでもない」
 炭治郎も目をしばたたかせると、ふんわりと花開くように顔をほころばせた。
「輝利哉くんはいい子だなぁ」
 頭をなでる炭治郎の手はやさしい。いつか父や母がそうしてくれた手と同じように。ときおり実弥がそうしてくれたのと同じ、やさしい家族の手だ。慈しみをこめた、温かい手だった。

 うつむいたまま、輝利哉はぐっと目を閉じると、浮かび上がる涙を抑えこんだ。
 涙はもうたくさん流した。実弥の亡骸を前に、妹たちとともに、屋敷に残ってくれたみなとともに、夜通し泣いたのだから、もう笑ってやらねばならない。
 泣き顔なんて見飽きている。実弥は義勇の葬儀でそう言っていた。柱は、鬼殺隊の面々は、何度も何度も、人々が悲しみに暮れる顔を見てきたのだ。旅立ちのときには、笑顔で見送ってやりたい。見飽きるほどに見てきた涙ではなく、安心させる笑みで送ってやらねば、申し訳ないというものだ。
「炭治郎、昼餉を食べたら実弥を埋葬するんだ。炭治郎もきてくれるかい?」
「もちろん! なんでも手伝うからこき使ってくれ!」
 快活な声に憂いはない。悲しくないわけではないだろう。実弥の死を悼む心は深いに違いない。義勇という片翼を、炭治郎も亡くしたばかりだ。そのときも、炭治郎は笑っていた。
 みなの笑顔のために。それこそが鬼殺隊の、柱たちの願いだと、炭治郎はちゃんと理解しているのだろう。そして、いつかくる果てない未来で、ふたたび出逢えることを疑わない。
 だから、炭治郎は笑うのだ。また出逢うその日まで。
 そのまぶしい笑みを見つめながら、輝利哉もやわらかく笑った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 迎えに来てくれた後藤の運転する車で墓所へと向かったのは、日も高くなってからだった。
 産屋敷が所有する広大な敷地のなかに、その墓所はある。
 家族を失い入隊した鬼殺隊士たちには、弔ってくれる縁者など一人もいない者も少なくない。
 実弥の意向で、玄弥もそこで眠っている。遺骸は塵一つ残らなかったから、墓石の下にはなにもない。実弥の想い出としての玄弥が眠るだけである。
 義勇もまた、同じ地で眠っている。懐かしい狭霧山や、生家のあった野方に墓をかまえることもできたが、義勇自身が隊士たちとともにここに眠ることを望んでいたと、炭治郎から聞いた。
 師のそばにはきっと友がいてくれるだろう。彼岸でその友には逢えるはず。野方には、姉や父母の眠る冨岡家の墓があるにはある。けれども、もう死んだものとされているであろう自分がいきなり遺骨となって現れても、弔いをしてくれる者は近くにおらぬのだから、いい迷惑というものだろう。
 義勇はそんなことを言い、みなと同じ場所で眠ることを望んでいたと、炭治郎は笑っていた。
「炭治郎さんは水屋敷に残るのでしょう? 墓参りにきてくれやすい場所のほうがいいと、冨岡様は思ったのかもしれません」
 くいなとかなたがクスクス笑いながら言うと、照れながら相好をくずし、やっぱりそうかなぁ、義勇さんけっこう寂しがり屋さんだからねと、嬉々として炭治郎は笑う。
 そんなことを言う炭治郎自身、ついこの間も義勇の墓をおとずれているらしい。月命日には必ずくるつもりらしいですと、後藤が苦笑とともに教えてくれた。