本日はお日柄も良く、絶好のお葬式日和で
死が二人を分かつまでと耶蘇教では婚姻の際に誓うそうだが、炭治郎と義勇は、死によって分かたれようとも想いあう心はなに一つ変わらぬようだ。
「禰豆子にも、言われたんだ。雲取山の家は勇治郎達がもう少し大きくなったら自分たちが移り住むから、お兄ちゃんは心配しないで義勇さんの思い出が詰まった屋敷を守ってよって。お兄ちゃんが逢いに行きづらくなったら、義勇さん拗ねちゃうかもしれないでしょだってさ」
双子の意思を確認してからだけれど、どちらかに竈門の名を継がせるつもりもあると言われたのは、ちょっとばかり悩むところだけれども。
そう語った炭治郎は少し眉を下げた困り顔だったが、それでもどことはなしうれしそうだ。
「水屋敷はもう炭治郎のものだからね、好きなようにしていいよ。義勇の親戚には、連絡は取ったのかい?」
「うん。義勇さんを看取ってくれてありがとうってお礼の手紙が届いたよ。あちらでも子供が生まれたばかりらしくて、すぐには墓参りには来られないけど、落ち着いたら挨拶にくるって書いてあった。輝利哉くん、教えてくれてありがとう」
「法はどうあれ、炭治郎は義勇の伴侶だからね。義勇を看取ったのも炭治郎なんだから、炭治郎から告げるのが一番いいと思ったんだよ」
義勇が子供のころに入院させられるはずだった病院は、冨岡家の分家らしく、いなくなった義勇を探していたことは、父から義勇には伝えてあった。義勇自身は一度も連絡を取らなかったようだったが、義勇の安否は父がたびたび伝えてきたのを、輝利哉は知っている。
その任は輝利哉が引き継ぎ、訃報を伝えるのは連れ合いである炭治郎にまかせた。
遺産だの男同士云々を言い出さぬ親族であったのは幸いだ。もちろん、それを知っていたからこそ、炭治郎に親族の件を話はしたのだが、やはり、心ない言葉で炭治郎が傷つけられるのは忍びない。
義勇の血を残すことができない炭治郎にとって、義勇の親族によって冨岡の姓と血筋が継がれてゆくことは、幾ばくかの安心をもたらしたようだった。義勇さんに似てるかな、逢うのが楽しみだと、炭治郎はずっとうれしげにしていた。
竈門の姓も、禰豆子の子らによって受け継がれる可能性はある。言葉にしたことはなくとも、竈門の家を断ち切らせてしまうことには義勇にも罪悪感はあっただろうから、義勇も草葉の陰で禰豆子たちの言を喜んでいることだろう。
実弥の亡骸を乗せて走る車中は、笑い声が満ちていて、おしゃべり好きな炭治郎がいるからというだけでもなく、話題がつきることはない。そんな一行に、実弥も喜んでくれているんじゃないだろうか。実弥が小さく笑う顔を思い浮かべながら、輝利哉も楽しげな笑い声がひびくなか、ずっと微笑んでいた。
輝利哉たちが墓所に着いたとき、不死川玄弥と刻まれた墓石には、すでに実弥の名も並んでいた。荼毘にふされた実弥の遺骨を埋葬し、手を合わせたのは、輝利哉たち兄妹のほかには炭治郎と、ここで墓守を務める後藤だけである。
ゆっくりと水入らずで語らいたいこともあるでしょうと、泣きすぎて腫れぼったいまぶたをした家人たちは、それでも笑いながら一行と実弥の亡骸を送り出してくれた。
もしかしたら、また泣いてしまうかもしれないという不安もあったのだろうか。笑って見送らねばと思っても、勝手に涙はあふれてしまうようだったから。
実弥は風屋敷を引き払い輝利哉たちと寝食を共にしてくれていたので、そば仕えの者たちにとっては、ほかの柱たちよりもずっと心安い存在になっていたのだろう。
義勇のとき同様に、感謝の言葉を伝えたいと願った者は多かろうが、実弥の意向を優先することに異議を唱えるものはなかった。
実弥を弔ったあとで、手分けしてみなの墓に花を供えた。墓石の一基一基に刻まれた名を、その顔を、輝利哉は覚えている。父がそうであったように、鬼殺隊士たちはずっと年上であろうとも、輝利哉にとっては我が子だと思っている。そうあらねばならなかった。そしてその気持ちは今も変わらない。
今、輝利哉は立場上はただの子供だ。鬼殺隊はすでになく、隊士たちはそれぞれの道を力強く歩んでいる。たった一つの宿願は果たされ、それぞれが心に抱いている夢や希望は、今では一人ひとり異なることだろう。輝利哉もまた、自分自身の夢や希望に向かい進まねばならない。
「お館様、くいな様とかなた様も、学校はどうですか? なんか困ったことはないですか?」
ようやく花を供え終えて、ほっと一息ついた後藤に問われた輝利哉が浮かべた笑みは、我ながら少しは子供らしいものだったかもしれなかった。
「大丈夫、なにも問題はないよ。中学校にも無事上がれそうだ」
「そりゃあよかった。輝利哉様たちは優秀でらっしゃるから、勉学のほうはなんにも心配してなかったですけどね。それでもちゃんと評価してもらってるってわかって、安心しました」
以前は隠の常としておおっていた素顔をさらして、後藤は穏やかに笑う。
墓守に志願した者はそれなりにいたが、後藤はとくに熱望したクチだ。
なんでまたと問うた者は何人かいたようだ。しかし後藤は、口をにごしてはぐらかすばかりだと聞いていた。
それでも、意思確認のためにたずねた輝利哉には、後藤はひっそりと笑いながら答えてくれた。そのときの言葉が、脳裏にふと思い起こされる。その言葉にうながされるように、義勇の墓に向かってニコニコと話しかけている炭治郎へと、輝利哉は視線を向けた。
俺は呼吸もうまく使えなくて、鬼を前にしたらきっと戦うことなんてできずにブルっちまうくらい弱いから、隊士にはなれませんでした。そんでもね、せめて鬼舞辻を斃してくれるはずのみんなの役に立ちたかった。まぁ、隠はみんなそうなんですけど。
炭治郎がね、大怪我負って動けないときに、なんでだか知らんけど俺が運ぶことが多かったんですよ。縁なんですかね。水さんのことはよく知らんけど、でも、炭治郎と一緒にいるのをたまに見かけました。二人ともすげえ穏やかな顔してて、あぁいいなぁって、こういうのが好きだなぁって思ったんですよね。いつか鬼舞辻を斃したら、炭治郎や水さんたち柱にも、笑って穏やかに過ごしてほしいなぁって、思ってたんです。
でも、痣が出たお人は長生きできないって聞いたから……そしたら、いつかほかの柱と同じように、水さんたちもここで眠るんかな、柱や隊士たちが安らかに眠るのを守るぐらいなら、俺にだってできるよなって、そう思ったんですよね。
そんぐらいの恩返しは、戦えなかった俺がしなくちゃなぁって、そう思ったんです。
後藤は照れくさそうにそんなことを言って苦笑していた。
戦えなかっただなんて……そんなことはないのにと、輝利哉は少し泣きたくなったものだ。
鬼舞辻に立ち向かっていったのは、後藤たち隠だって同様だ。死を恐れるなと励ましあって鬼舞辻に向かうみなの姿を、自身の不甲斐なさへの自戒も含め、輝利哉は死ぬまで忘れられないだろう。
幸せそうに義勇の墓に向かって語りかける炭治郎を、後藤もやわらかい眼差しで見つめている。
作品名:本日はお日柄も良く、絶好のお葬式日和で 作家名:オバ/OBA