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自分らしく
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彼方から 第四部 第五話

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 国の民を想い、現況を憂い、先を見据え、心に『光』を持ち続ける人たち。
 そんな人たちが、この『光の聖地』エンナマルナに集っている。
 だからなのだろう……
「あなた方のような人物が国を追われ、無能な連中がとってかわり……争いと腐敗に流れ出したこの、世の中――」
 ゼーナの口から、そのような言葉が零れ出たのは……
 現今の世の有様に、想いを馳せる。
 深く、静かに息を吐き、眼前の鏡を見据え――
「わたしが今、感じている『これ』は……そのすべての元凶のような気がしてなりません」
 ゼーナは言葉を紡いでいた。

 背に伝わる、皆の気配。
 次の言葉を待つその気配に、組んでいた両の指を解きながら、
「判然とはしないが、歴然とそこに存在する『意志』……」
 傍らに座すジーナを見やる。
 不安げな表情を浮かべ、見上げてくる幼き占者。
 その小さな膝に手を添え、
「……その『意志』が、動き出したのを感じます」
 ゼーナは占いの結果を、口にしていた。
 
 ……一息の間――静寂が訪れる。
 灯明の揺れる光が、皆の影を震わせている……
 互いに顔を見合わせ、
「……判然としないが、確かに存在する『意志』――」
「それが、動き出した…………」
 耳朶が捉えた言の葉を反芻し、その『意味』を考え、息を呑む……
 判然としない『意志』とは――
 その、正体とは――――
 占者であるゼーナでさえ、今は占ることのできないものをつい……推測してしまう。

 ……『鏡の間』に、顰めた声音が波紋のように静かに、広がる。
 交わし合う、重臣方の意に耳を傾けていると、ふと……エイジュの言葉とあの『微笑み』が、脳裏に浮かんでくる。
「あのね、お父さん」
「ん?」
 娘の呼び掛けに、思案を止める。
 守り石を手に、眉を顰めた顔を向ける娘、ジーナ。
「とってもやな感じなの、暗〜いとこでもごもごって、動き出してきてね……」
 拙い言葉ながらも端的に、己も感じ取ったその『意志』とやらを、表してくる。
「ジーナにも分かるのか?」
 娘が、優秀な占者であることは良く分かっている。
 だがまだ幼く、経験に於いてもその能力の練度に於いても、ゼーナと並んでいるとまでは思っていない。
 故に、ジーナが『意志』の存在とその動きを『占た』ことに、父アゴルは少し、驚いていた。

「そうだね――」
 アゴルの言葉に頷き、
「およそ、占者という占者なら、感じ取っているだろうね」
 ジーナの感じ取った『それ』は、間違いのないことだと是正するゼーナ。
 座したまま、体を皆の方へと向け、
「……これから、『何かが起ころうとしている』ってことが、ね……」
 更に、不吉な言葉を続けた。
「すべての元凶……」
「……何かが、起ころうとしている……」
 漠然とした言葉を反芻しながら、互いに視線を交わし合う左大公方の脳裏に、エイジュとアゴルの会話が蘇ってくる。
 数ヶ月前、グゼナの兵を退けた後の、二人の会話が――――


 
≪今は、『世界全体』を覆い尽くすかのように、『邪気』が溢れ出てきている……そしてその『邪気』は、何かを『望み欲する想い』に強く反応し集まり、そういう想いを持つ人間に、強く影響を与えるのだろう?≫
 
≪何故、溢れ出てきている? 自然に、浄化されるはずのものが≫

≪何故だと、思うのかしら……?≫
 
≪誰かが……≫
 
≪意図的に増やしているのだろう? 理不尽に命を奪われる人々を……この世界に未練を残し、強い思いを、負の感情を抱えて亡くなってゆく人々を増やすことで……『戦争』に因って――≫
 
≪その『誰か』は、どうしてそんなことをする必要があると、思うのかしら?≫
 
≪自分にとって、都合の良い『世界』へと、変える為だ……『邪気』の影響を受けた政治家や人々、怪物や化物が蔓延することに因って、この世界を、自分の望み通りに変える為に……≫
 


 ……エイジュのあの、『いつもの微笑み』が浮かぶ――――

 すべての『元凶』である『意志』。
 その『意志』はとても『いやな感じ』であり、そして、『暗いところ』でもごもごと、動き始めた……
 この二つの言葉は『邪気』を、『闇の世界』を容易に連想させる。
 あの時の会話の中に出てきた『誰か』は、ゼーナが占った『意志』と関係するのだろうか……
 いや……
 もしくは――
 だとするならばその『誰か』とは…………

「……立場が違えば、この結果に喜んでいる者もいるだろう」

 続けられた言葉に、再び皆の意識がゼーナへと集まる。
 彼女の言う『立場の違う者』とは今、現在……各国の政治の中枢に蔓延っている者たち――
 その者たちのことを、指しているのであろうことは、容易に想像がつく。
 ざわざわと、鏡の間に声音が満ちる。
 風に吹かれた枝葉が擦れ合うような声音が……

「それに……」

 皆が交わし合う声に紛れるように、呟くゼーナ……
 鏡の間に、静けさが戻る。
「これ程の強い予感なら……」
 ゆっくりと天井を仰ぎ、何処か、遠くを見やるような瞳を向け――
「それなりの能力のある者ならすべて……何かを感じ取っているはずだよ」
 彼女は確信をもって、そう、言葉を続けていた。


 …………時を同じくして――――


 あらゆる国で、あらゆる町で、あらゆる場所で――占いの結果を告げ知らせる占者たち……
 告げられた内容に、ある者たちは喜び、ある者たちは憂い――
 そして、ある者たちは『それ』を感じ取り、眉を顰める。
 ゼーナの言う、『それなりの能力』を持つ者たちが……

 ……白霧の森。
 朝湯気の樹の精霊、イルクツーレもまた、『それ』を感じ取っていた。
 満天の星が瞬く中、朝湯気の樹の樹上に淡き光を纏って浮かび、感じ取った『それ』の方向を見定めるかのように瞳を見開き、見やる……
 ほんの僅かな、気の揺らぎ。
 樹上から、樹の根元で眠るエイジュを見やる。
 微かに顰められた眉が物語っている……眠りの中、彼女もまた『それ』を、感じ取っていることを―― 


          **********


 朝の気配がする……
 ふっ……と、瞼を開けば、薄明るい部屋の少し豪華な天井が、視界に入ってくる。
 昨日、祭で賑わった花の町――その町長の屋敷。
 祭神の身代わりとしてその役目を果たしたイザークとノリコは、『客人』として、広い客間を宛がわれていた。

 カーテン越しに射す、朝の光。
 新しい一日の始まりを告げる、小鳥の囀を耳にしながら、イザークはそっとベッドから足を下した。
 二つ並び置かれた寝台。
 隣のベッドで、未だ眠りの中にいるノリコを起こさぬよう、静かに寝所を出る。
 そのまま、続きの間に設えられている大きな姿見の前まで来ると、彼は何故か上衣を脱ぎ、その身を鏡に映し込んでいた。
 鏡に背を向け、徐に髪を除ける。
 露になった背を肩越しに見やり……

 ――……やはり……

 イザークは確信していたかのように、鏡に映る己の背を、見詰めていた。
 眼に入ってきたのは背の上部の真ん中――ちょうど肩甲骨の間に当たる場所。
 そこに出来ている、『鱗』のような罅割れ…………

 ――背中にまた