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やきもちとヒーローがいっぱい

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4 ◇天元◇



「つきあわせてわりぃな、煉獄」
「気にするな! 今日はとくに予定もなかったしな!」
 朗らかに笑うクラスメートの煉獄の隣で、手にしたカメラの画面を確認した宇髄は、むぅと顔をしかめた。
「やっぱりもうちょい木が多いほうが絵になりそうだな」
「ならばもっと奥に行くか。広場の奥が林のようになっていたはずだ!」
 そうするかと了承して、宇髄は軽く伸びをした。
「しかし、おまえも物好きだなぁ。せっかくの休みだってのによ」
 派手に遊べばよかろうにと、自分が頼んだのを棚に上げ宇髄は肩をすくめる。
「なに、自主映画のロケハンなどなかなか経験できないからな! 休日の過ごし方としては上々だろう!」
 快活に言って笑う級友は、たいへんいい奴だと思う。思うが、如何せんうるさい。
「声がでけぇよ。派手に耳がイカレそうだわ」
「おお、それはスマン!」
「だからそれがウルセェって言ってんだよ!」
 わいわいと言いながら歩いていると、おや、と煉獄が立ち止まった。

「あれは冨岡じゃないか?」
「冨岡ぁ? ああ、保健室登校のあいつか」

 言われて宇髄も、広場のほうへと視線を向けた。なるほど。遠目にではあるが、訳ありなクラスメイトが子供たちに囲まれているのが見えた。犬の散歩中だろうか、大きな犬もいる。

 中二の終わりというなんとも半端な時期に転校してきたクラスメイトだ。会話したことは一度もない。担任曰くいろいろと事情があり、しばらくは保健室登校するという話だった。
 どういう事情があるのだか、転校生は、登校してもあまり長くはいられないようだった。短時間で帰宅しているらしく、二年のうちにはろくに姿を見かけることもなかった級友である。話題に上ったのも最初の数日だけで、春休みに入るころには、クラスの誰もがそんな転入生がいたことすら忘れかけていた。
 中等部は、二年から三年にかけてのクラス替えはない。必然的に、謎に包まれたクラスメイトもふたたび同じクラスだ。とはいえ、だからどうしたとしか宇髄には言いようがない。
 今年から少しずつその転入生が一緒に授業を受けることになると聞いたときにも、宇髄はとくに関心を持たなかった。男に興味などないし、他人の事情を詮索するような趣味もない。
 初めて教室に姿を現した冨岡義勇という少年に、興味津々に色めきだったのは主に女子だ。

 癖の強い長髪を一つに結び、まだ幼さの残る細い体躯を学ランで包んだ冨岡は、所謂美少年にカテゴライズされる顔立ちをしていた。俺さまには及ばねぇけどというのが、宇髄の感想だったけれども。

 切れ長で大きな目は瑠璃色。それを縁取るのは、女子の羨望を集めそうな長く厚みのあるまつ毛だ。白い肌と小さめの唇は、線の細さも相まって少女めいて見えた。たしかに、宇髄の審美眼からしてもあっぱれなほどの美少年っぷりではある。

 だが、その整った顔立ちも、愛想のなさで印象はマイナスだ。
 冨岡は紹介されたときにも一切口を開くことはなく、表情も動かなかった。派手好みな宇髄としては仲良くなれそうにないタイプだ。むしろ、なんだかトラウマを掻き立てられて、苛立ちすら感じるやつだった。
 さすがにそれは自分の勝手な感傷でしかないのは自覚しているが、関わり合いになるのはゴメンだなと思い定める程度には、宇髄の義勇に対する第一印象はよろしくない。
 しかし、女子の印象は違ったらしい。冨岡をちらちらと盗み見ていた女子たちは、冨岡が保健室に戻った途端キャアキャアと姦しく騒ぎ出したものだ。

 曰く、クールビューティー、ミステリアス、儚げな深窓の美少年、物憂げな横顔が素敵…………阿保か。地味にボーッとしてただけだろ?

 呆れる宇髄とは裏腹に、商魂たくましい女史と徒名されるクラスメートなどは
「宇髄くんと煉獄くんに加えて冨岡くんまで……勝てる! 学園一の美少女と名高い胡蝶もいるし、来年の文化祭はうちのクラスがいただきよ!」
 顔面偏差値限界突端クラス万歳と高笑いして、委員長の胡蝶カナエを苦笑させていた。
 宇髄としては、派手なこと面白いことは大好きだが、他人にいいように使われるのは勘弁願いたい。
 やれやれ、当分やかましくなりそうだとげんなりしたのだが、そんな騒々しさは長くは続かなかった。
 なにせ冨岡自身にまったくクラスに馴染む気がない。誰が話しかけようと一度も口を利かないのだ。教室に来ても、冨岡はどこを見ているのかわからない目をして、ぼんやりと座っているだけだった。
 そんな冨岡を薄気味悪く思う者は、少なくなかったんだろう。クラスのほとんどのやつらは次第に遠巻きになり、今では、馬鹿にしきって陰口をたたくやつまでいる始末だ。
 そんなやつらを尻目に、煉獄や委員長の胡蝶などは、いまだ積極的に話しかけている。けれどそんな彼らにも、冨岡は一切の反応を示さなかった。

 まったくもって、くだらねぇ。面白くねぇ。

 どういう事情なのか知らないが、冨岡が保健室登校なのにはそれなりの理由があるのだろう。だが、それにしたって少しぐらいは人の好意を受けとりゃいいのにと、宇髄は思う。まぁ、それすらも他人事ではあるが。
 冨岡以上に宇髄を苛つかせるのは、冨岡のことを勝手な憶測で悪く言ってはニヤニヤと笑っているやつらのほうだ。
 宇髄がキメツ学園に入ったのは、そんな馬鹿馬鹿しい人の噂や世間体に囚われて生きるのが、嫌だったからだ。なのにこれから少なくとも一年は、見たくもない光景を見、聞きたくもない話を耳にしなければならないとは。本当に胸糞悪い。

 わかりあえない家族との生活に、小学生のころ、宇髄はどうしようもない鬱屈を抱えていた。そんな宇髄を救ってくれたのが、キメツ学園理事長の産屋敷だ。

『高等部を卒業するまでの期限付きではあるけれど、自由に生きる場所が君には必要だと思うよ。そして私はその場所を君に提供できる立場にある。どうだい、天元。私の学園に来るかい?』

 その先のことは自分次第だ。未来は自身で掴み取らなければならない。だがそれでも、一時とはいえ親から離れられたのはラッキーだった。親に自分の行動すべてを決められるような生活から逃れられたことは、たしかに宇髄の心を楽にしてくれた。
 キメツ学園は問題児揃いだ。宇髄もそれに属している自覚はある。産屋敷に言わせればそんな問題児たちは、君と同じく個性的ということだよ、となるらしい。
 実際、中一からずっと同じクラスの煉獄杏寿郎をはじめ、キメツ学園には個性溢れる生徒が多い。だからこそ宇髄は、呼吸が楽になったような気がしていた。
 だがそんなこの学園にも、憶測で人を馬鹿にしたり、勝手な妄想で他人を決めつけ気味悪がるやつらがいる。

 ったく、理事長先生には悪いが、どこにでもくだらねぇやつは湧くもんだな。

 理事長の穏やかな笑みを思い出し、宇髄は、少々気の毒に思った。恩人でもある理事長が望む学園のあり方と、こんなガキの苛めめいた状況は相容れないだろう。
 まったくもって、面白くないことこの上ない。
 冨岡の自業自得だと思う気持ちもあるので、庇うようなことは一切していないし、する気もないのだが。

 ――その冨岡が、子供に囲まれている。あの無愛想の権化みたいな冨岡が、だ。