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やきもちとヒーローがいっぱい

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2 ◇真菰◇



 炭治郎ってわかりやすいなぁ。

 義勇の隣でにこにこと笑っている炭治郎をこっそりと見て、真菰は小さく忍び笑った。
 ハチのリードを握る義勇は、ちょっと緊張してるみたいだ。わかりにくいけどちょっぴりへっぴり腰になってる。炭治郎の前だからがんばっちゃってるんだよね。思えば微笑ましく、真菰にはちょっとおかしい。
 俺がリードを持ちます! そう炭治郎が言い張ったのは、義勇が本当は犬が苦手だと知ったからだろう。だけれども、あいにくとハチは大きな秋田犬だ。小学二年生の炭治郎では、当然力負けして引きずられてしまう。錆兎や真菰でも同じことだ。義勇がリードを持つしかないのは当然なのに、炭治郎は、申し訳なさそうにしつつも尊敬に目をキラキラさせていた。
 炭治郎は、全身で義勇さんは凄い、義勇さん大好きと訴えかけているように見える。義勇もそんな炭治郎に辟易するどころか照れくさそうだ。
 そんな二人を見ていると、真菰はうれしくてたまらないのと同時に、ちょっぴりごめんねという気持ちにもなる。

 きっと炭治郎は、義勇と二人だけで逢いたかったんだろうな。

 気持ちはわかる。けれども、炭治郎には悪いが真菰も錆兎もどうしたって不安になってしまうのだ。自分たちを見てくれない義勇の暗い瞳を知っているから。
 目を離したら、またあんなふうに義勇の心が遠くに行ってしまうような気がして、どうしようもなく怖くなる。
 きっと錆兎も同じだ。もしかしたら錆兎のほうが、真菰よりずっと怯えてるかもしれない。
 初めて義勇に逢ったそのときから、錆兎は義勇のお兄ちゃんだ。それは今でもちっとも変わらない。

 たしかに鱗滝の道場で稽古をつけてもらいだしたのは、錆兎や真菰のほうが早かった。けれど、中学生の義勇に向かって、幼稚園児の錆兎が「義勇は弟弟子だから俺が兄ちゃんだ」なんて言い出すとは、真菰だって思いもしなかった。注意した鱗滝もちょっと戸惑っているみたいに感じたのは、気のせいじゃないだろう。錆兎はむやみやたらにいばる子じゃない。だから真菰だってめずらしいなぁと思ったし、ビックリしたのを覚えている。
 中学生なのに幼稚園児に弟扱いされるなんて、この人、怒っちゃうんじゃないのかな。真菰はちょっぴりドキドキしたけれど、義勇は、錆兎の宣言にも怒ったり馬鹿にしたりなんかしなかった。
 それどころか、たしかにその通りだと素直にうなずいたのだ。しかも言葉通りに、幼稚園児の錆兎から、竹刀の握り方や面の付け方なんかを真面目に教わりもした。だから真菰もとてもうれしくなって、すぐに義勇のことが大好きになった。
 義勇は真菰のことだって、ちゃんと姉弟子として見てくれる。もちろん、まだ小さい真菰たちを注意することだって多かった。年の差を考えればそれはしょうがない。当然だと真菰も思う。
 それでも義勇は錆兎と真菰に対し、小さい子だからと適当にあしらうような真似は、一度だってしなかった。

 正義感が強くて真正直な錆兎とは、年齢差はあっても気があうんだろう。すぐに義勇と錆兎は、本当の兄弟みたいに仲良くなった。真菰とだって同じことだ。義勇は錆兎と真菰をきちんと兄姉弟子として扱ってくれつつ、同時に、弟妹のようにやさしく思いやってくれる。
 素直でかわいい弟分でもあるし、やさしくて頼りになるお兄ちゃんでもある義勇。
 そんな義勇が、真菰も錆兎も、とってもとっても大好きだ。

 ずっとそんなふうに、仲良く過ごしていくのだと思っていた。真菰と錆兎と義勇の三人でずっと、守って守られて、いつまでも笑っていられると思ってたのに。

 お姉さんが亡くなったと鱗滝が義勇に伝えたとき、真菰も錆兎も、その意味がよくわかっていなかった。いつも逢っていた人にいきなり逢えなくなるなんてこと、真菰や錆兎は一度も経験したことがなかったから。
 義勇の姉の蔦子お姉ちゃんは、義勇と同じようにやさしくて、いつもふんわりといい匂いがしていた。真菰はきれいな大人のお姉ちゃんに逢うとき、いつだってちょっぴりドキドキしたものだ。
 錆兎には内緒だよ? そう前置きして、大人になったら私も蔦子お姉ちゃんみたいになれるかなぁと、義勇にこっそり聞いてみたことがある。義勇はやさしく笑って、真菰はとてもかわいいしやさしいから絶対になれるよと、お兄ちゃんな顔で言ってくれた。

 強くなって姉さんを守れるようになりたいんだ。そう言うときの義勇はいつだって、弟なのに少し大人っぽい男の人の顔になった。あのころの義勇は、きれいだったりかわいかったり、格好良かったり、お兄ちゃんぽいかと思ったら甘えん坊な弟の顔もしていたっけ。

 昼下がりの遊歩道を歩く義勇の顔をそっとうかがい見て、真菰は、ツキンと胸を刺した痛みをどうにかいなした。
 笑って話しかけてくる禰豆子に言葉と笑みを返しながらも、頭を占めるのは笑っていたころの義勇の顔だ。あのころ義勇の顔は、ころころとよく表情が変わっていた。

 なによりもきれいだったのは、澄んだ瑠璃色の瞳だ。いつだってキラキラとして、あったかくって、義勇の瞳はやさしかった。真菰はそんな義勇が大好きで、錆兎だってきっと同じだったろう。
 蔦子が結婚することになったときも、義勇は甘えん坊な弟の顔をしていた。ちょっとだけしょんぼりとした空気をまとって、たまに拗ねてむくれたりもする。そんな自分を持て余しているようでもあった。
 それでもちゃんと、お義兄さんになる人と仲良くなろうとしていたのを、真菰は知っている。結婚祝いに旅行をプレゼントするんだと少し照れくさそうに言った義勇に、真菰も錆兎も大賛成したから、ちゃんと知っているのだ。
 義勇の貯金で行ける場所で、蔦子お姉ちゃんたちが喜んでくれそうなところ。できれば新婚旅行っぽいとなおよし。そんな旅行先を探すのを、真菰と錆兎も手伝った。もしかしたら、いや確実に、役には立っていなかっただろう。けれど義勇はちゃんとお礼を言ってくれたし、あそこはどうかなここもいいよねと、三人で笑って相談するのは本当に楽しかった。

 なのに、義勇がチケットを買った新幹線に、蔦子たちは乗れなかった。蔦子たちが代わりに乗ったのは救急車で、それきり、もう戻って来てはくれなかった。

 義勇はあれからずっと、前みたいに笑ってくれない。笑えなくなってしまった。ころころと変わった表情は消え失せて、いつだってなにも感じてないような無表情だ。
 真菰はあの事故のとき、義勇が泣くと思っていた。自分や錆兎のように、悲しくて悲しくてとても悲しくて、真菰たち以上に泣いてしまうのだろうと思っていた。
 でも、義勇は泣くこともできなかった。いつもキラキラやさしく光っていた瑠璃色の目は、ずっと乾いたまま。光ることを忘れたみたいに暗く開かれているだけで、なんにも映していない。

 そう、真菰や錆兎のことさえ、見てはくれなかったのだ。

 お葬式のときも、倒れて病院のベッドにずっと横になっていたときも、義勇は真菰たちと目をあわせてはくれなかった。
 ちゃんと開かれているのに、義勇の目は、もう真菰たちを見てくれない。
 それが怖くて、悲しくて。ぽろぽろと涙を流しながら、同じように泣く錆兎と約束した。