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転変 3

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+++

「…こ、……ゆき、さ…」

自分の声で目を覚まし、ぼんやりと岩の天井を見つめる。


……今、なんて言った?


心臓が強く脈打つ。
痛いほど、それは大きく激しくなっていく。


こゆき……恋雪。


朧げだったものが、確かな輪郭を持つ。
いつの間にか仰向けに横になっていた身体をがばりと起こし、荒くなる息遣いを鎮めようと胸に右手の五指を突き立てた。
どくりと血が溢れるが、そんなものは構わない。

何故今まで忘れていたのか、信じられない。
温かな笑顔で、恥じらいながら己を呼ぶ優しい声ーー


『…狛治さんが、いいんです』


それは、守りたかった人の声。
失いたくなかった、守らなくてはならなかった人の声。

「ッ……?」

唐突に、ぐらりと意思に反して身体が前のめりに倒れた。
咄嗟に手を突こうとするが力が入らず、肩から岩肌の地面に突っ伏す形になる。

「ぐ、っ…」

こんなこと、鬼になってから初めてだ。
思う様に動けないまま視線だけで胸元を確認するが、自分でつけた傷は塞がっていた。

外傷が原因ではない……なんだ、これは。

脳からの信号が身体に行き渡らず、完全に停止している。
まるで糸の切れた操り人形だ。
唯一機能していた視覚も徐々に効かなくなっていき、猛烈な眠気に襲われ、なす術なく意識を手放した。


+++


どれほどの時間、眠っていたのだろう。

重たい瞼をゆっくりと押し上げると、周囲は闇に包まれていた。
どうやら夜のようだが、おそらく経過したのは一晩や二晩ではない。
気を失う前は季節でいえば夏。
あれだけ轟々と唸っていたはずの滝の幅が、今や著しく細くなっていた。
ここは冬になると、上流の水が凍り水量が減る。外気に暑さや寒さは特に感じないが、沈殿する冷気と併せて考えるに今は冬だ。

鬼は睡眠を必要とはしない。
気まぐれ程度に目を閉じることはあれども、まとまった睡眠などとったことがないというのに半年もの間眠っていたらしい。


「……」


何か、自身の身体に変化が生じたことは間違いない。
意識を向けてみれば、多少頭がすっきりしているようにも感じるが、これは睡眠による効果ともとれる為断言はできまい。

凡そ半年間ぶりの意識回復にも、無惨様や喜んで口を挟んできそうな童磨からの視覚の共有や連絡はない。


むくりと起き上がり、猗窩座は胡座をかいたまま手のひらを握ったり開いたりしてみる。
力が入らないといった奇妙な症状も、今はないようだった。

とにかく身体を動かしたい。
ぐっと伸びをして洞窟から出ると、冬の澄んだ星空に迎えられた。

…やはり、なんだか憑き物が落ちたような、頭が晴れたような妙な感覚だ。気分がいい。

猗窩座は軽く頭を捻り、全身の関節をぐっと伸ばしてほぐしていく。
ひと通り身体を起こすと、目を閉じて神経を集中させる。


ーー素流。
俺の技の、根幹だ。
懐の深い師である恩人から授けられた、己の肉体だけを頼みとする技。

その型をなぞる。
丁寧に、力強く。指先まで、乱れてはならない。


…なんだか、ひどく久しぶりな気がする。
人を傷つけるためではなく、守るために身体を扱うことが。
大切なものが、この体術には詰まっている。
それを抱えながらこうして型を繰り出すのは、当たり前であるはずだったのに。

そうだ。
俺は、守るために、強くなろうとした。
誰よりも強く。


ふと、既知の気配を察して動きを止める。
面倒なのが来た、とげんなりしつつ逃げてやろうかと逡巡するが、簡潔に眠っていたことだけ伝えておくかと思いなおした。


「やあやあ猗窩座殿。連絡もとれずに心配したぜ。一体どうしたんだい?」


癖の強い、銀の長い髪を揺らしてのんびり現れたのは、上弦の弍と刻まれた虹色の瞳を持つ長身の男。
心配していたという割に、やはり口元にはあの気に入らない薄ら笑いを張り付けている。


「…貴様がわざわざ足を運ぶとはな。お得意の思念はどうした」

「それが出来たらこんなところまで来ないんだけど…。無惨様が気にしていてね、もしかしたら支配を抜けたんじゃないかって」

「支配…?なんの話だ。少し寝すぎただけだ」


鉄扇で優美に口元を隠し、童磨は双眸を細める。


「……未だに視覚も思考も共有できない。猗窩座殿、何をしたんだい?」

「……」

「猗窩座殿は皆のお気に入りだ。大抵のことはご容赦くださるだろうが……ことと次第によっては、消されるかもしれないぜ?」


脅しなどではなく、事実を言っているのだろう。
猗窩座は嘆息し、高い位置にある相手の瞳をすいと見上げる。


「それがどうした。そろそろ嫌気が差していたところだ。今更いつ死のうがどうでもいい」


大切な技で、どれだけ多くの無辜の命を奪ったか。
己の自己満足の為だけに力を求め、救うべき存在をおざなりにして。
取り返しがつかない愚かな行為をしてしまった。
彼女にも、彼女の父親にも、合わせる顔がない。

感情の波が凪いでいるこちらをどう思ったのか、童磨がもの言いたげな様子で見つめてくる。
鉄扇をぱちんと閉じ、現れた表情は胡散臭い笑顔ではなかった。
初めて見るそれは切なそうなもので、一瞬そんな顔もできるのかと呆気に取られる。


「…あまり悲しいことを言わないでおくれ。俺は猗窩座殿には生きていて欲しいと思っているよ。」

「ふん、都合のいい玩具が減るだけだろう。いい気味だ」

「そうではない。……そうではないんだよ、猗窩座殿」


小さくかぶりを振る童磨に、猗窩座は訝しげな視線を向ける。

作品名:転変 3 作家名:緋鴉