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自分らしく
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彼方から 第四部 第六話

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          ***

「さて、これで……全員揃いましたね」

 静かな声音が、皆の耳に届く。
 椅子に腰かけ足を組むラチェフに、集まった全員の視線が注がれる。
 ケイモスやタザシーナよりも先に、この部屋に来ていたのであろう。
 他、数名の傭兵たちの姿も共にある。
「ラ……ラチェフ様」
 腰を上げ、歩み寄ってくる屋敷の主。
 その名を呼ぶドロスの声音に、動揺が滲み出ている。
 端正な顔立ちに宿る、冷たい微笑み。
 いつもと変わらぬ、柔らかな口調……
 そう――『いつもと変わらない』からこそ、妙な胸騒ぎがしてならない。
 
 そうだ……
 ずっと胸騒ぎがしていた。
 ケイモスやタザシーナよりも先に、傭兵たちを連れ飼育部屋に来たラチェフの姿を見た時から――
 ざわざわと波立つ『精神(こころ)』が恐らく、チモたちにまで伝わってしまっているのだろう。
 だから、いくら宥めようとも落ち着かず、鳴き止まないのだ……

 部屋に集った皆を、見回す。
「これは、な……何事だ?」
 言い知れぬ不安に、声が震える。
「普段、めっ、滅多に人も来ねぇ、ここに……なして、こんなに人が急に……おらのチ……チモの飼育部屋に――」
 そう……
 ここはラチェフの屋敷の一画に設けられた、『チモの飼育部屋』――
 チモに用がある時以外は、ほとんど人など寄り付かない部屋。
 そんな部屋に、これだけの人が急に集まる理由を、ドロスは聞かされていない。
 自分に向けられた皆の視線に、不安以上の『恐れ』を感じる。
 チモの鳴き声が、収まらない。
 『何か異常』を感じ取っているかのようなその鳴き声が、更に不安を掻き立てる。

「なして、こんなに人が集まったんだ!!?」

 皆が集まった理由を、今感じている焦燥や不安の理由の説明を求めて、ドロスは声を張り上げていた。


          **********


 ――嫌な予感がする


 一度……――
 心臓が大きく強く、脈を打った…………
 宛がわれていた客室で旅の支度を整え、靴の紐を結んでいたイザークは、これまで感じたことのない己の鼓動に、その動きを止めていた。
 
 ――なんだ、これは……

 『感覚』が教えてくれる。

 ――何かが
 ――おれ達に向かって迫ってきている
 ――巨大な……
 ――得体の知れない黒い影が……

 身の危険が間近いことを。
 それが、『何』であるのかを。
 
 ――この
 ――締め付けられるような不安感は
 ――何だ?

 身に備わった『能力』が、『警告』を発しているのが分かる……

     パタパタパタパタ……

 廊下を走る、足音。
 誰のものだか、すぐに分かる。
「イザーク!」
 名を呼ぶ声と同時に開かれるドア。
「あのね、今あたし――書誌を売ってるお店を尋ねに下に行ったらね、丁度帰って来た町長さん達に会ったの」
 部屋に入りながら、そう言ってくるノリコの表情に、不安の色が滲んでいる……
「夕べ町舎で、徹夜の会議してたんだって。町の占者が異様な占いをしてね、それを、みんなに知らせるべきかどうかとか……」
 二、三歩……
 こちらに歩み寄りながら、聞いた話をなるべく正確に伝えようとしてくれるノリコ。

 ――……異様な、占い……

 先ほど感じた『嫌な予感』が、己の『能力』が発した『警告』が――
 否が応でも、現実味を帯びてくる……
 
「……何という占いだ?」

 ノリコに訊ねる。
 確かめねばならない。
 鼓動を激しく脈打たせた、『嫌な予感』の『正体』を。
 あの強い予感が、『杞憂』などではないと分かる以上……
 占者の占いを、確かめねば、ならない――

「よく、分からないんだけど――『【元凶】が動き出した』とか……」

 臓腑が締め付けられる。

「それで、何が起こるか分からないから、あなた達も旅の出発を遅らせたらって言われて…………」

 押し寄せる『不安感』が、重さを増してゆく……


     ――   まさか   ――


「ここを出るぞノリコ! 一刻も早く……!!」
 大きく椅子を鳴らし、立ち上がる。
 剣を手に、険しい表情を浮かべるイザーク……

「う……うん――」

 セレナグゼナを出てから、約三ヶ月の間。
 こんなに強張った顔を、彼は見せたことがない。
 追われているかもしれないことは、分かっている。
 運命を変える為に、二人で始めた逃避行だということも……
 けれども、一緒に居られることが嬉しくて――
 それがとても、とても幸せで――
 頭の片隅の何処かに『現実』を半分、追いやっていたような気がする…………


     ――   まさか   ――


 一瞬で、血の気が引いてゆく。
 自分たちが置かれた現状を、これまでの幸福の対価を今、突きつけられているのだと、そう感じた。
 
 『運命』を変える方法など――――
 その手掛かりすら掴めぬ逃避行の中。
 祭の奇跡に浮かれていた『心』が、引き摺り下ろされていく。
 …………二人の、『現実』へと――――


          **********


「や……やめてくれっ!!」

 悲痛に満ちた、ドロスの声音……
 彼の声音に呼応するように、激しいチモの鳴き声が、飼育部屋を満たしている。
「お……おらのチモを、どっどっ――どうする気だ!?」
 ドロスの瞳に映ったものは、これまで可愛がり大切に育て、増やしてきたチモたちの哀れな姿……
 何十匹ものチモが乱雑に、二つの網に押し込まれるように捕らえられ、牙を剥き出し鳴く、姿――――
 胸が痛む。
 目頭が熱くなる。
 苦しみ、嫌がっているチモの心が伝わってくるようで……
 まるでそれが、『自分のこと』のように思えて――
「お……おらのとこに飛んで来い! チモ達っ!!」
 思わず叫んでいた。
「出来るはずだ! いっ、いつものテレッ、テレポートだど!」
 必死に呼び掛けていた。
「なしてそっ、そんなに簡単に、捕まっちまうんだ――――!!」
 ラチェフと共に来た傭兵二人に体を抑えられ、行く手を阻まれながら、ドロスは困惑と共にチモに問い叫んでいた。
 
「チモの空間因子は人の思念に反応する」
 冷たく、静かな声音……
「おまえより、わたしの思念の方が数倍勝っているということだ」
 然も、当たり前のように……
 『そんなことも分からないのか』と……
 チモがテレポートを出来ない理由が、蔑みの込められた言葉が、背後から聞こえる。
「ラ、ラチェフ様」
 自由を奪われたまま、肩越しに見やる。
「勘違いが甚だしいぞ、ドロス」
 そう、冷たく言い放つラチェフの瞳に宿る、冷徹な光に…………
「ぅ…………」
 ドロスは思わず、言葉に詰まらせていた。

「すでに絶滅したチモの種を蘇らせ、今のように改良したのは、わたしだ。おまえには、その飼育と繁殖の仕事を与えてやった」
 動きの止まったドロスを見据え、ただ『それだけのことだ』とでも言うように、言葉を吐くラチェフ。
 誰が主人であるのか、誰がチモの持ち主であるのか――
 その『事実』のみを端的に、ラチェフはただ、口にする。

「そうとも」
「 あ 」

 いきなり――