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幾星霜の夜明けをゆく(1)

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ただの酔いが痺れるような甘美に置き換わる興奮の縁で、なんとか踏みとどまっていた二人は、息継ぎでリズムが乱れたのを合間にどちらともなく身を離した。互いの恍惚としか言いようのない顔を目の当たりにし、途端に気まずさが襲ってくる。リュウから目を逸らして、ラオは今なら針と糸で自分の口を縫い付けるくらいのことは出来そうだと思った。

お題『しゃらっぷ、きすみー!』 二〇二一年十二月一日

(十三)
修行僧の朝はとても早い。毎朝四時半に起き、身の回りを整え終わるとすぐに武術の修練が始まる。
一年のうち秋も半ばを迎えれば、起床を知らせる鐘の音は朝日が顔を出すより前の暗闇に響きわたる。まだ若い僧たちは、真夜中に廁へ行く時以外、鐘より早く起きてはならない決まりになっていたが、ラオはどうしても合図の前に目が覚めてしまうことがあった。
寝静まる大部屋を、少年僧たちそれぞれの呼吸音だけが満たすなか、たったひとりその場で身を起こし、息を殺してあたりを見回していると、まるで世界の生死が逆転したような気分に襲われる。自分だけが夜の闇に捕われたように思えてきて、恐ろしさが音もなくラオを包んだ。
しかし幸いラオの隣にはリュウがいた。少々寝相の悪い彼は、手足を好きな方向に投げ出してよく眠っていた。毎日厳しい訓練で体力を使い果たしているはずなのに、寝床の上でも武術の型を復習うかのようなリュウの寝姿は、よくよく見ると妙な面白さがあった。それに気付いて、ラオは今まで感じていた闇への恐怖がふっと薄れるのを感じ、口もとには安堵の笑みが浮かんだ。

ところで今、夜中のうち大体何時ごろだろうか。ラオは天井近くの明かりとりの窓へ目を向けたが、あいにく自分の寝床からは月が何処にあるかが分からず、かといって部屋の外まで確かめに行ってしまってはそのまま朝まで眠れなくなりそうで、やはりこのまま横になった方がよいと思われた。
部屋の外をうろついて、見張りの大人にこっぴどく叱られるのも御免だし、なにより体力を回復させるのも修行のうちであるならば、与えられた時間は正しく使うべきだろう。ラオは小さくため息をついて、なるべく大きな音を立てないよう自分の寝床へ再び横になり、左を下にしてリュウの姿を眺めた。
敷き布の端からは彼の右手がこてんとはみ出して、手のひらが上を向いている。軽く折り曲げられた指先を見て、ラオはどうしても彼の手に触れたくなり、右腕を伸ばしてリュウの指を包むようにそっと自分の手を重ねた。
眠るリュウの手はラオの手よりもほんの少し温かく、重ねたところからじわじわと温かさが行き来を始め、だんだんどちらの温かさなのかが曖昧になり始める。
あたたかいということは、つまり自分もリュウも生きているということだ。

暗闇はラオから一歩、また一歩遠ざかる。ラオはゆるやかに身体が眠りへ戻ろうとする気配を感じながら、自分と違いリュウは眠りが深いので、手を重ねたくらいでは絶対に起きないだろうと思っていた。しかし今日に限って彼はなんと、目覚めたのである。
月明かりの室内でも、彼のしなやかな睫毛がゆっくりと上向くさまが見え、ラオは慌てふためき声を上げそうになるのを必死でこらえた。心臓が飛び上がらんばかりに跳ね、まるで寺の広場を端から端まで全力疾走したような騒ぎが身体中を駆けめぐる。ラオのことなど知らないリュウは、寝ぼけた声で彼の名を呼び、ぼんやりした薄目をラオの方に向けた。
「そうだ。リュウ、まだ夜だから、静かに」
ラオは囁きよりもさらに小さな事でリュウに返事をし、リュウの右手から自分の手を離した。
「さっき、らおがよんでた」
「え?」
「なまえ、よばれて、らおに」
リュウはどうやら夢で自分に呼ばれたと言っているようだ。
「……多分私がリュウの手を握ったからだ」
ラオがそう言うと、リュウはふうっと小さな息をつき、さっきまでラオの手が置かれていた右手を見つめた。さらにリュウはぱたぱたと右手を動かし、ラオの左手を探し当てると、自分の手をラオに握らせ、それから顔をラオとは反対側に向けてすぐに寝息を立て始める。
暗闇を怖がる心はどこに行ったのだろうか、リュウとゆるく手を繋いだまま横になり静かに考えを巡らすうちに、ラオもまた眠りに落ちた。

お題『生存確認』 二〇二一年十二月五日

(十四)
神域では不思議なことが多々おこる。午前の終わりに使い終わった修練場の砂地をならし清め、午後再び使おうとすると誰かが型を復習った跡があった。
今は自分の他に使う者は無いはずだが……足跡に近付くと空を切り鋼のような風が頬を掠めゆく。気配に振りむけど——追うなとでも言いたげに足跡も消えた。
 
お題『消えた足跡』 二〇二一年十二月五日

(十五)
冬の訪れは、学院裏庭の巨木に成る橙色にあらわれる。
 
橙色の丸い果実を初めて目にしたリュウは、私が手にしたそれを興味に満ちた表情で見つめている。皮を剥くところから房を口に運ぶまでを見せたがあまりに真剣な顔をしているので、私は「特別だ」と前置きをしてリュウの口に一房ねじ込んでやった。
枝から自分で果実を取れる背丈になり、誰の手を借りずとも果実を上手に食べられるようになっても、彼と私の間には特別である約束があった。
分け与えらるものであれば、その一部を渡すこと。特別の意味を知らないリュウに、果実の房にとどまらず、そうするのは私がお前の師兄だからだと説明し、私の言葉に彼は納得した。何を甘やかしているのかと、呆れた視線を周囲から投げかけられたのは一度や二度ではないが、彼からの信頼を得るには、私と彼との間の約束と約束を破らないことが何より肝要で、そうした細かい手順を無視して彼をいいように扱おうとする者の言葉など聞くに値しないのだと私は早くから知っていた。
寺院の裏庭にも、学院の裏庭にあった巨木と同じものが植えられており、毎年冬になるとたくさんの橙色があたりを輝かせる。木の下に並んで座り、めいめいが枝から捥いだばかりの果実の皮を剥く。彼に初めて果実を見せたあの時から、何ひとつ変わらない冬の香りに鼻の奥をくすぐられ、自然と頬が緩んだ。
一房目は自分の口に、二房目はリュウの口に。
「……あれ、今日のは自分が取った方が甘いかも。ほら食べてみてラオ」
彼の手が私の口元まで伸びてきて、二房目が私の口に押し込まれた。
「うん……なるほど。お前は美味いのを当てたよ。私のは少し水っぽいな」
「半分交換する?」
「いや、それはいい。欲しければまた新しいのを取る」
「ラオがいいならいいよ、それで。でも何だか」
リュウはくすりと笑って、自分の果実からもう一房取り、私に口を開けるよう身振りで示した。私は顔をしかめて「要らない」と返したが、そんなことで引き下がる彼ではなく、リュウの二房目は私の口に収まった。
「負けず嫌いが滲み出てる」
「——人の顔を読みすぎだ」

お題『甘えることを教えたのは、貴方だから』 二〇二一年十二月九日

(十六)
「私を選ぶということは、家と血は捨てると?」
もう何も知らない子供ではない。私を組み敷く彼の体に両足を巻き付けた。
「その通り。お前に、片棒を担がせた」