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幾星霜の夜明けをゆく(1)

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絞り出すようなラオの声と奥底を弄られ爆ぜる快感があわさり意識が飛びそうになる。共犯と罵られようが自分もまた彼を選んだ。後悔などない。
 
お題『共犯者』 二〇二一年十二月十日

(十七)
朝練の集合時間に遅刻してやってきたコールは見るからに青ざめた顔をしていた。部屋から真っ直ぐ駆けてきたらしい彼は息を弾ませ、修練場の入口でリュウの姿を目にするなり急に顔を真っ赤にして「本当に申し訳ない! 寝惚けてた、寝惚けてたんだ!」と叫び顔を両手で覆った。
彼のあまりの狼狽ぶりを哀れに思ったリュウは、小さなため息をつくと彼に向かって「分かった。コール、あと十五分やろう。ラオがたった今この男を気絶させたところだから、どのみち訓練は中断している。向こうで顔を洗って冷たい水でも飲んで、落ち着いたらまたここへ来い」と言った。
リュウが今説明したとおり、ラオの足元で当たりどころが悪かったらしいカノウが地面に仰向けの大の字になって倒れており、ラオが手慣れた様子で彼の脈を確認しているところだった。コールは泣きそうな顔で頷き、すぐに踵を返して寺院の奥へと消えていった。

彼の後ろ姿が見えなくなると、リュウは天を仰いでもうひとつため息をついた。
「どうしたんだ? コールはお前に謝っていたようだが何か……」
「大したことじゃない。疲れて夢半分のところを起こしにいったら、人違いされただけ」
「は?」
「彼は女性の名を呼んでいたな。恐らく奥方のだろう」
「ちょっと待てリュウ。その、何があったんだ」
立ち上がったラオはリュウに一歩近づきさらに説明を迫る。
「単なる人違いだよ。コールに悪気はなかった。私を妻と勘違いして抱きついてきたんだ。さっきの彼を見れば、腕の中にいるのが自分の愛する人ではないと気づいた彼がどれだけ驚いたか分かるだろう?」
ラオは口をはくはくさせながら、なんとかリュウの言葉を最後まで聞いた。
「状況は分かった。だが、間違えただけであんなに取り乱すものか_?!_」
「さあ。コールが特別清い心の持ち主というだけでは?」
リュウは首をかしげた。しかしラオは彼の考えに全く納得がいかないようだった。
「……リュウ、奴を庇うのはお前の自由だが、私は感心しないな。何があったか全部話せ。まさか私には言えないようなことでもあるまい」
ラオは言葉の端々に怒気を滲ませ、険しい顔つきでリュウを見下ろした。リュウはそんなラオの強い態度に気圧されることなく彼の目を真っ直ぐ見つめ、コールには首筋に彼らでいうところの「挨拶」をされただけだと話した。
「文化と習慣の違いを責められやしないだろ。それに私を狙うのは燃え殻になりたい余程の命知らずだけだよ。彼にはそんな意図はなかった」
ラオはリュウの説明にショックを隠しきれない表情になり、全身から悄然とした雰囲気を漂わせた。
「今回の件は間違いだ。私だって何かを受け入れたつもりは一切ない。気恥ずかしさしか残っていないよ。それでも」
リュウはラオの胸の真ん中に軽く握った左の拳をトンと当てて、挑発的な笑みを浮かべると頭を傾けてラオに首筋を見せつける。
「気になるなら取り返してくれれば」
「この——」
 
黙っていても打ち明けても結局こうなったかもしれないとリュウは目を閉じて思う。ラオの心を乱したことに対して少しの罪悪感と、彼が間違いなく自分を追いかけてくるだろう期待とを感じながら、廊下の奥からこちらに近づくコールの足音を数えていた。

お題『寝惚けてた、寝惚けてたんです!』 二〇二一年十二月十二日

(十八)
「手合わせがあって、足合わせが無いのは、どうして」
「わからん」
床に座り足裏を合わせて手を繋ぎ、舟を漕ぐように互いを押したり引いたりする運動をしながらリュウはラオに訊いた。
「合掌なら挨拶になっても、足は無理だな」
「うん。足なら…足癖が悪いとは言う」
「それなら手癖が悪い、のもある」
ラオの言葉を聞いたリュウは何か閃いた顔になり、ラオが前屈するタイミングでそれまでよりも強めに手を引っ張った。
「いたたた!」
「……これは手癖が悪い例?」
「正解と言いたいところ、だが違う。その前に! 調子を乱すな、リュウ・カン」
「はい師兄」
辛抱強く時に頑固な師兄について、リュウは自分よりも彼は少しだけ身体がかたいのを知っている(が、ラオには黙っていた)
先ほどの悪戯にはリュウが知る師兄の秘密をいけないと思いつつ面白がる気持ちがこめられていた。幸いなことに今回はラオを怒らせる域には達していなかったが、恐らく後で今朝のあれはなんだとか蒸し返されるだろう。
準備運動が終われば、あとはひたすら自分の身体に正しい動きを叩き込むための長い時間になる。孤独な時間の手前には、自分でも気づかない緊張があるもので、手合わせのための手合わせと呼べなくもない始まりの時間は彼らにとって無くてはならないものである。

二〇二一年十二月十六日

(十九)
昼間のこと。同級の誰かがリュウに、彼の気に触ることをしたようで、すぐに一対複数の酷い喧嘩になり、その後もとても訓練どころではなくなる騒ぎが起きた。
大騒ぎが学院中に伝わる頃には、リュウは集団から引き離され、落ち着きを取り戻すまで監視も兼ねて彼は一晩学長の部屋に置かれることになった。

夜もふけたころ弟弟子を心配したラオは、学長の部屋を訪ね、彼の様子を見せてほしいと頼んだ。
「良かろう。こちらへ来なさい」
ラオが見上げるほどの背丈をした学長は愛想の良さこそ少ない人間だったが、年若い者を必要以上に萎縮させない不思議な柔らかさを持っていた。学長は部屋の奥の小さな寝台までラオを連れてゆき、リュウは癇癪をしずめる薬を飲んで眠っていると説明した。
「わしでさえ喧嘩の理由を訊くどころでは無かった……お前は何か知っておるか? クン・ラオよ」
「いいえ、本人からは聞いておりません。それに周りの者も怖がってしまって、私には何も」
「そうか。ならば明日だな。まったくここまで手を焼く生徒は久々よ……」
「私がついていながら申し訳ありません師父」
「まあ兄弟子ひとりの目には限界があろう。あまり気に病むでないぞ。しかしリュウ・カンの大事にしておる癇癪虫は、虫というよりちょっとした火龍——いかに振り回されず己を律するか、他の者にはない課題よの」
学長は苦笑いを浮かべつつ右に立つラオの肩に手を軽く置き、彼を労うようにぽんぽんと叩いた。
「やれ先ほどまでの雷雨はどこへ消えたか、可愛らしい顔をしてからに」
学長の言うとおり、リュウの寝顔は穏やかそのもので、年相応の幼くまるい顔つきは遊び疲れて眠りをむさぼる子猫のようだった。ラオはリュウの顔をしばらく眺めたのち枕元にしゃがんで彼の額をそうっと撫でてやり、深い眠りが彼に落ち着きをもたらしているのが分かってほっとした。
「リュウ・カンは朝まで目を覚まさんだろう。お前ももう自分の寝床へゆきなさい。そうそう、途中誰かに声をかけられたら、学長に呼ばれたと返事をするように」
「はい」
今日は今日、明日は明日のことにしようと微笑む学長に、ラオは一礼して部屋を出た。

お題『ね、可愛いでしょう?』 二〇二一年十二月十七日

(二十)