籠の中の鳥
「見て、ヒバリさん!このお菓子すごくおいしそう!」
地元では見かけないスーパーだってだけで、ものめずらしさにツナはなんだか気分が高揚していた。さっき泣いていたのが嘘みたいにはしゃぐ。
実際、面倒だったのでコンビニ弁当だっただけで、ヒバリは料理は一通りできるのだ。でもツナが作ってくれるというのだから、それ以上にうれしいことはない。新鮮な野菜はどれか、真剣に悩んでいるツナを黙ってみつめていたら、こちらを振り返った。
「ヒバリさん、ちゃんと野菜食べてますか?」
「え、まぁ少しは」
「だめですよ、ちゃんと食べなくちゃ。ヒバリさん身体弱いんだから」
そう言って、サラダにでもするつもりだろう、レタス、プチトマト、パプリカなどをカゴに入れていく。予算が限られているのだが、ツナはそんなことをすっかり忘れて買い物を楽しんでいた。そもそも一緒に買い物に来た時点で、ヒバリは自分がお金を出すつもりでいたので心配はないが。
家について、喜々として調理にとりかかったツナを、ヒバリはうれしそうにみつめていた。手伝おうとすると、リビングにおいやられる。
「待っててくださいね、すぐできますから」
仕方なくソファーに腰掛けると、キッチンからは、がちゃん、ごとん、と料理に不似合いな音が聞こえてきて不安に思った。気になって腰を浮かすと、ツナがキッチンから顔をだして「大丈夫ですから、待っててください」と念を押す。ツナが料理上手だとは思えない。ハンバーグが作れるとは言っても、調理実習でやったとか、その程度のものだろう。ヒバリは思って、料理の出来ではなく、包丁での怪我が心配になった。
実際ツナは調理実習、あとは母親と一緒に作ったことが2、3回あるだけだった。なのでなかなか苦戦して、やっとハンバーグらしい見栄えのものができたと思ったら、味が微妙としか言えないものになっていた。ジューシー感もなくぱさぱさしている。
「ヒバリさん…」
涙目でキッチンをでてきたツナをみれば、ヒバリはすぐにその原因に気づく。
「どうしたの?」
「ハンバーグ、おいしくないんです」
せっかくおいしいものを食べさせてあげようと思ったのに。ツナは情けなく、落胆して悲しくなった。
「……君は泣き虫だね」
まったくその通りなので、何も言わずに俯く。ヒバリと出会う前は、こんなに人前で泣くほど泣き虫ではなかった。ヒバリに関することだと、感情の起伏が激しいのだと思う。うれしいときは本当にうれしくて、悲しいときは本当に悲しい。
「ヒバリさん」
「おいで、一緒に食べよう」
ヒバリはてきぱきと綺麗に盛りつけた。見た目は本当においしそうだった。サラダもヒバリに手伝ってもらって、真ん中に置く。
「いただきます」
ヒバリは静かに言って食べ始めた。ツナはおそるおそる、ヒバリの様子を見る。一口食べ、しっかり噛み、嚥下する。間隔を空けずにもう一口。
文句なんか言わない。苦みに顔を顰める事もない。
「とてもおいしいよ」
「うそ」
「嘘じゃない」
そんなのはお世辞にきまってるだろうが、ツナの心はとても軽くなった。
うれしい。もっともっと、ヒバリといろんなことがしたい。ヒバリといると、自分の心が喜ぶから。
ツナにはもう、自分がここにいることの違和感など何もなかった。
最初の約束通り、ツナが一人で外に出ることは許されなかった。けれどたまに買い物がてら散歩に連れて行ってくれる。ツナはそれだけで十分満足だった。
おはようからおやすみなさいまで。さよならのない毎日がこんなに安心出来るなんて、知らなかった。
この生活がこの後三日間続いて、その頃にはもう、日にちの感覚すら曖昧なものになっていた。