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白いからす

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羊朗さんは、あの時草太さんが刺した黒い要石の前で片膝をつき、懐かしむような穏やかな目で石を見つめていた。
羊朗さんはここで何をしようとしているのか? さっきみたいに祈りを捧げたいのか? いや、きっと違う。今の羊朗さんの纏う空気が今までと変わっている。
「ありがとう。鈴芽さん。それでは、次は白い方に案内してくれるかな?」
私は、羊朗さんが立つのを手伝い、私があの時刺した要石へと一緒に歩を進めていく。あの時の感触は今でも手に残っている。
「お祖父様。ダイジンとサダイジンって何なのですか?」
その質問は以前に草太さんにもしたことがある。草太さんは一瞬表情を固まらせて、自分の中で何か答えを持っていた筈なのに、きっと私のことを思って。俺もよく分からないんだ。と答えた。羊朗さんは一度私の顔を見つめてから再び前を見て、ぽつりぽつりと話してくれた。
「あなたの前ではたぶん大きな黒猫の姿で現れたサダイジン様は、私の師にあたる方だった。」
「それって…」
「そう、元々は人間だった。」
やっぱりそうだったのだ。私は足元から力が抜けていくのを感じる。
「大きく成長したミミズを封じるためにその身に神を宿し、獣に姿を変えてから、更に要石へと変化して、仲間の閉じ師によってミミズの体に突き立てられたのだ。」
草太さんと同じだ。草太さんは、お母さんの形見であるあの椅子になり、そして、要石になった。その過程を見ていたので、ダイジンとサダイジンは人間だったのではという考えがずっと頭にあった。
「ダイジンが人間だった頃に会ったことがあるのですか? どんな人だったのですか?」
もしダイジンの無邪気さや奔放さが猫に由来するものでないとしたら。
「ああ。まだ幼い子供だった。」
羊朗さんを支えなければいけないのに、胸が締め付けられ、呼吸が巧く出来なくなり、座り込みそうになってしまう。私は幼い子供であるダイジンにまた要石の役目を負わせてしまったのだ。
「鈴芽さん。大丈夫か? ゆっくり呼吸して。そう。その調子だ。」
羊朗さんは一緒にその場に腰を下ろし、体を支えてくれた。
「あの時は仕方なかった。あなたは草太のために必死に頑張ってくれた。ダイジン、いや、ウダイジン様も納得して役目に戻られた筈だ。それに業を背負うべきは、自分達より力があるというもっともらしい理由をつけて、自分より年が下の幼かったウダイジン様を選んだ私や当時の閉じ師達だ。」
「でも…」
「大丈夫だ。そのために今日私はここに来たのだ。だから、私を信じて、もう少しだけ力を貸してくれ。」
私に泣く権利などないのに、涙を抑えられなくなっていた。
「さあ、進もう。」
羊朗さんはずっとこの気持ちを抱えてきたのだろう。それでもダイジンのところに行くという羊朗さんを信じるしかない。

「ダイジン…」
私が刺した要石の姿のままダイジンはそこにいた。私はあの時草太さんのことしか見えてなくて、ダイジンのことを全く考えようとしてなかった。なんて愚かだったのだろう。私は数メートル手前で足を止めてしまう。
「鈴芽さんはここで待っていなさい。」
ダイジンのところへは僅かに傾斜があり、羊朗さんは登りやすいところを選んでゆっくり近づいていき、白い要石の前で跪き、そっと触れる。草太さんが扉を閉じる時に言う祝詞のようなものを羊朗さんが囁くと、石が白く光り、その光りが丸くなって石から離れ、更に光りは四つ足の動物に形を変えていき、そして、長い尻尾を伸ばしながら私に駆け寄り、体を登って首のところで一周してから胸の前に出した手の平に乗った。
「すーずめ またあえて うれしい」
光りは白猫の形になっていて、片方が黒く縁取られた黄色い大きな目で私を見つめている。
「ダ、イ、ジン」
私は涙で言葉を詰らせながらその名を呼んだ。光りは実体がなく重さはなかったが温もりは感じられた。
「私、あなたにずっと謝りたかった。本当にごめんなさい。あなたのこと知ろうとも見ようともしてなかった。あなたに沢山酷いことを言った。それなのに、あなたは私達のために…うっうう」
私はダイジンを両方の手の平に乗せたまま崩れるように膝を突き、頭を下げた。
「すずめ? なかないで すずめのせいじゃない それがダイジンのやくめだったの すずめがかなしいかおしていると ダイジンもかなしい だから あのときもすずめのなみだをとめたかったの」
上げられない私の顔にダイジンは頭を入れて、私の涙を舐めてくれた。今のダイジンには実体がないため涙はそのまま頬に残っていたが、その優しさに胸が締め付けられる。
「それより ダイジン すずめにだきしめてほしい」
私達のやりとりを見ていた羊朗さんが穏やかに頷く。
「もちろんよ。ダイジン、本当にごめんなさい。」
私はダイジンの光りを大事に抱きしめる。
「だから あやまなくて だいじょうぶだって すずめ わらって?」
私の涙が少し落ち着き、下手くそな笑い顔を作れるようになると、ダイジンは羊朗さんに顔を向ける。
「だしてくれて ありがとう」
「それは私どもが言う言葉です。長い間この国のために本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げる羊朗さんの足元で地面が動き始めるのに3人が気付く。ダイジンが出たことで要石の力が弱まったのだ。
「もう動き始めたか。ウダイジン様。私の力不足で申し訳ございませんが、お体を拝領致します。」
「うん たのむね」
石に触れたまま厳かに祝詞を述べる羊朗さんに体を白く光っていく。ダイジンの代わりになろうとしているのだ。それはこの世界から出ることはおろか動くことさえ出来ない石になることであった。
「だめ! お祖父様そんなことしたら!」
「いいんだ。鈴芽さん。私はもう充分過ぎる程生きた。」
「何か他に方法が…」
そんな都合の良いことがないのは分かっている。でも、願い探してしまう。
「今度こそ私の番なのだ。いや、草太や他のことを言い訳にずっと逃げてきた。遅いくらいだよ。今は草太にはあなたがいる。安心してこの大役を引き受けられる。」
光りになった羊朗さんの体がどんどん石に吸い込まれていく。私にはもう何も出来ない。また見殺しにするのか。
「お祖父様! 嫌ぁ! こんなの! お祖父様!」
「鈴芽さん。泣かないでくれ。私は今誇らしいのだ。そう、やっと… 草太とその子を宜しく頼むよ。」
優しく微笑む羊朗さんの顔が消えていく。
「いやあああああ!」
私とダイジンに看取られながら羊朗さんは要石となり、私はずっと肩を震わせて泣き続けた。

作品名:白いからす 作家名:aoi